異世界係長 ~王様、あんまり勇者を刺激しないでください。そいつ、革命しちゃうんで~
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第1話 革命ってそんなラフでした?
目を開けた瞬間、天井がやけに高かった。
白い石造りの円形の神殿。床には光る幾何学模様。周囲に甲冑の兵士が並び、正面に王冠を被った男と、その隣に王女らしき少女。杖を持った白髭の老人が、いかにも担当者の顔で立っている。
魔法陣の中心にいるのは四人。いかにもな高校生が三人と、スーツ姿のおじさんが一人。俺だ。
「……いや、なんで俺」
老人が胸を張る。
「召喚は成功しました。勇者様方、ようこそルメリア王国へ」
直後、空中に半透明の板が現れた。順番に、本人の前へ滑るように表示されていく。
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【名前:
【年齢:17】
【職業:勇者】
【スキル:全能(全スキル取得可能)】
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勇者、天野優河。
本人は表示を黙って見ている。表情は落ち着いているようで、単にまだ状況が追いついていないだけにも見えた。
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【名前:一ノ
【年齢:17】
【職業:大賢者】
【スキル:全知(全呪文解読可能)】
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大賢者、一ノ瀬蒼。
表示を見た直後に欠伸をした。肩の力が抜けすぎていて逆に怖い。
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【名前:
【年齢:17】
【職業:聖女】
【スキル:奇跡(対象が生きてさえいれば完全回復可能)】
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聖女、如月祈。
表示を見た瞬間に肩が跳ねた。視線が落ち着かない。呼吸が浅い。声が出る気配がない。
最後に、俺の前。
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【名前:
【年齢:30】
【職業:係長】
【スキル:中間管理職】
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「……ん?」
声が漏れた。
「ん?ん? なんか世界観に合わない字面が見えたんだけど。ファンタジー世界で係長ってあり得るの?」
神殿の空気が一瞬だけ止まった。国王が咳払いをし、王女が綺麗に目を逸らし、老人の咳払いが増えた。
この世界も係長に厳しいらしい。
老人が仕切り直すように杖を鳴らす。
「では国王陛下より、皆様へご説明がございます」
国王が立ち上がり、重々しく口を開く。
「勇者よ。我らは汝らを、魔王討伐のため召喚した。魔王は近年——」
始まった。長い。だいたい想像がつく。世界が危ない、民が苦しい、君たちが希望だ。
こういう説明は、肝心なところほどふわっとする。会社でもよくある。
俺は話の切れ目を待ち、丁寧に手を挙げた。
「恐れ入ります。確認させていただけますでしょうか。元の世界へ戻る方法はありますか。条件と手順を具体的にお願いいたします」
国王の口元が止まった。王女が目を逸らした。老人の咳払いが増えた。
嫌な沈黙だ。
「……魔王を倒せば、女神の導きが」
「導き以外でお願いします。具体的な手順は?」
「……導きが」
ああ、これ、帰れないやつだ。もしくは帰り方を用意してないやつだ。
どちらにせよ、こちらから確認しないと詰む。
その時。
「……よし」
隣で、天野が小さく頷いた。
嫌な予感がした。これは新入社員が勝手な判断で動く直前の顔だ。
「よし……革命しよう」
「ん?」
革命なんて世界史の授業と大富豪でしか使ったことないんだけど。
ここで出てくる単語じゃなくない?
国王が困惑する。俺も困惑する。
「ゆ、勇者よ……革命とは……?」
「だってさ、王様、帰り方教えないじゃん」
「知らぬとは言っておらぬ!」
「じゃあ言って」
「……導きが」
天野が満足げに頷いた。
「ほら。革命だ」
ほら、までのプロセスを教えてほしい。
天野は唐突に動いた。
ガチャ。
近くの兵士の腰から剣を抜いた。兵士が「えっ」という顔で固まる。
天野が剣を構え、胸を張る。
「革命の第一歩は必殺技だ!」
えーと、革命の第一歩はたぶん人員確保とか根回しとか……いや、今それどころじゃない。
俺は即座に天野の横に行く。
「天野君? どうしたの? それ人の物だよ?」
「革命に人の物も何も——」
「あるある。あるから。返そうね。ほら、落ち着いて」
天野は剣を握ったまま、腹から声を出し始めた。
「我が魂は正義の筋肉! 天を裂き! 地を砕き! 王を——」
「ストップストップ。最後の一語がアウト。マジヤバイよ。懲戒寸前」
俺は天野の手首にそっと手を添え、剣先を下げさせた。幼稚園児のハサミを回収する時と同じ動きだ。俺は係長だが、今だけは先生だ。
「すいませんねー。この子ったら最近変なアニメにハマっちゃいましてね」
国王と老人に向けて申し訳なさそうに会釈する。
謝罪は、場を繋ぐ。繋ぎたくないが繋ぐ。
「ほら、天野君。剣取った兵士さんにごめんなさいしよう」
「えー……でも革命——」
「革命は家帰ってから。まず謝ろうね」
天野はしぶしぶ剣を兵士に返して謝罪する。
「……ごめんなさい」
「よし」
兵士は明らかに動揺しているが、国王としてはここで威厳を保ちたいらしい。咳払いをして言う。
「……話を続けよう。勇者よ」
その直後。
剣を返された兵士が、ほんの一瞬だけこちらを見た。
目が、動揺していない。
兵士の唇がわずかに動く。
「……好機」
次の瞬間、神殿の光が揺れた。
ぱちん、と乾いた音。燭台の火が一斉にぶれて、影が増える。視界の輪郭が曖昧になる。
人の数が多く見える。距離感が狂う。
「なっ……!」
兵士たちがざわめき、隊列が崩れる。老人が杖を構え、国王が叫びかけた。
その混乱のど真ん中で、例の兵士がこちらへ寄ってきた。
「勇者様」
声が違う。甲冑の中から出るには、やけに落ち着いている。
天野が低い声で言った。
「……お前、誰だ」
兵士が少しだけ息を呑み、それから嬉しそうに言った。
「革命軍です。勇者様……! まさか本当に、革命を口にされるとは……!」
……テンションが高い。
さっきまでの目つきは、いかにも王国の兵士だった。
なのに今は、完全に「勇者様!!」だ。
うちの勇者様は一味違う。革命って単語を、自分から解禁する。
「こちらへ。今なら連れ出せます」
革命軍の内通者は、俺を見た。
「あなたも。……係長殿」
「係長殿って丁寧に呼ぶな。ややこしい」
背後で、一ノ瀬が眠そうに目を細めていた。視線が空中をなぞる。
「……読める。意味も分かる。……全知って、これか」
如月は固まっている。呼吸が浅い。目が泳いでいる。
ただ、俺の袖を掴む指だけは離れない。
「如月さん、大丈夫。歩ける? 手、貸すよ」
如月は小さく頷いた。
内通者が壁際のタペストリーを剥がす。
そこに隠し扉。石の継ぎ目がほどけるように開いた。
天野が息を飲む。
「隠し通路……! 革命っぽい!」
「静かに。ここで盛り上がると、革命どころか命も終わるから」
俺が言うと、天野は一瞬だけ真顔になって頷いた。
「……確かに」
俺たちは扉の向こうへ滑り込んだ。
最後に内通者が短い詠唱を呟く。ぱん、と光が弾け、追ってきた兵士たちが一斉に目を押さえて止まった。
暗い通路を走る。湿った空気。下へ続く階段。
背後の怒号が遠ざかる。
内通者が振り返らずに言った。
「出口まで案内します。勇者様をお迎えする準備は、ずっとしていましたから」
準備していた。
つまり、こっちは最初から狙われていた。王国にも、革命軍にも。
天野が小声で言う。
「なあ田島さん。俺、革命って言ったけど、これマジのやつ?」
「マジのやつ。あと取り消す気なら、タイミング逃してる」
一ノ瀬が欠伸混じりに言った。
「……めんどい世界」
如月が小さく息を吸った。やっと声が出る。
「……さっきはありがとうございます……」
「うん。お礼はあとで落ち着いてからでいいからね」
通路の先に外気が混じる。出口だ。
内通者が低い声で釘を刺した。
「外に出たら、声を抑えてください。」
天野が頷く。
「分かった。革命は……後で」
「可能なら革命って単語一回忘れて」
そして俺の頭の片隅で、最初の表示がずっとちらついていた。
【職業:係長】
【スキル:中間管理職】
異世界に来ても、結局これか。
勇者が変なスイッチを入れ、革命軍が過剰に盛り上がり、賢者が面倒くさがり、聖女が固まっている。
その横で俺は、この状況をどう処理するか考えている。
中間管理職の仕事は、世界が変わっても変わらないらしい。
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