お題「手」の短編
zakuro
この手は今日も錆びる
私の朝は、鉄の匂いから始まる。港の脇の空き地に置かれたスクラップの山は、昨日と同じ形をしているようで、少しずつ違う。私は義手の指で、冷たい角を確かめる。重さはいつも同じくらいだ。軽いものも、重いものも、結局は運ぶ。
私は歩き、拾い、袋に入れる。それを何度も繰り返す。義手は擦れて鈍い音を立てる。音は嫌いじゃない。音があれば、判断をしなくて済むからだ。なぜ拾うのか、なぜ売るのか、考えない。考えなくても、時間は進む。
空き地の端に壊れた時計がある。針は止まっている。誰のものか分からない。私はそれを跨いで歩く。跨ぐことに意味はない。意味がないことは、だいたい正しい。空は高く、雲は薄い。私は雲の形を覚えない。
昼になると、私は加工場で鉄を切る。火花が散る。散るだけで、意味はない。私はそれを見る。義手は少し遅れて動く。遅れは癖のようなもので、直そうとは思わない。直したところで、何かが分かるわけでもない。
切った鉄を並べる。並べ直す。また並べる。数は数えない。数えなくても、揃っているように見えれば十分だ。汗が落ち、床に点を作る。点は増えるが、模様にはならない。
売り場の男は値段を告げる。私はうなずく。違っていても構わない。数字は乾いていて、私の生活にちょうどいい。袋は軽くなり、ポケットは少しだけ重くなる。それで一日は形を保つ。
帰り道、川の水は濁っている。私は立ち止まり、義手の継ぎ目に錆が浮いているのに気づく。拭けば落ちる。落ちるが、また出る。川を渡る風は冷たく、名前がない。
夜、義手を外して机に置く。私は自分の手を見る。見るだけだ。理解はしない。納得もしない。テレビは点いたままで、音だけが流れる。内容は聞かない。
椅子に座り、私は少し待つ。待つ理由はない。待つ時間も測らない。呼吸は一定で、義手は黙っている。沈黙は道具のように使える。
机の上の傷をなぞる。一本、二本。どれも深さは違う。違いを評価しない。私はただ指を動かす。
時計を見ない夜が続く。私はそれを選ばない。
外は暗い。それだけで十分だ。
音は遠く、考えは近い。
私は息をする。
静かだ。
私は布で錆を拭く。今日も同じ動作をする。繰り返しは静かで、眠りに似ている。窓の外で風が鳴る。明日の匂いは分からない。
錆びた手を変える日はまだ遠い。
お題「手」の短編 zakuro @zakuro_1230
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