過剰愛中毒

夜光めん

第1話

予言が告げられたのは、世界が壊れる三日前だった。

それを聞いたとき、私は少しだけ安心した。

ああ、やっぱり――と思ったのだ。

選ばれた者は、愛される。

そしてその愛は、世界を救う。

白い神殿の奥、光に満ちた祭壇で、セフィラは静かに言葉を紡いだ。

感情を乗せない、祈りの声。

それなのに、その声は私の中だけを正確に撃ち抜いた。

「あなたが、鍵です。リィゼ」

名を呼ばれただけで、胸の奥が熱を持つ。

それは昔からだった。

セフィラが私を見るとき、世界は必ず輪郭を取り戻す。

私は膝をつき、額を床につける。

そうするのが当然だと、疑いもしなかった。

――だって、私は選ばれている。

「愛が完成したとき、破滅は回避されます」

その一文のあと、

ほんの一拍の沈黙があった。

「ただし」

その続きを、私はもう知っていた。

予言はいつも、優しさと残酷さを同時にくれる。

「そのとき、あなたの愛する者は失われるでしょう」

神殿の空気が、凍る。

息を呑む音。

遠くで、誰かが泣いた気がした。

――ああ、そうなんだ。

私は、ゆっくりと理解した。

理解してしまった。

だから、これは恋の予言なんだ、と。

「問題ありません」

自分の声が、思ったよりも穏やかで驚いた。

震えていなかった。

涙も出なかった。

だって、愛する人が失われる未来より、

愛が完成しない未来のほうが、ずっと怖い。

顔を上げると、セフィラの瞳が揺れていた。

困惑。ためらい。

それらが混じった、不完全な感情。

「……本当に、いいのですか」

その問いに、私は微笑む。

「ええ。だって、愛でしょう?」

その瞬間だった。

背後で、空気が裂けるような音がした。

荒く踏み込んでくる足音。

「……ふざけないで」

ミレアだった。

赤い髪が乱れ、瞳は怒りと恐怖で濁っている。

彼女はずっと、セフィラのそばにいた。

祈りも、旅も、戦いも――私より長く。

「どうして、あんたなの」

その問いは、刃物みたいに鋭い。

でも私は、傷つかなかった。

「選ばれたからよ」

それだけの理由で、十分だった。

ミレアの唇が歪む。

憎しみ。嫉妬。

それでも奥にあるのは、同じものだと分かる。

――愛。

「愛なら、私だって……!」

その言葉を、セフィラが遮った。

「ミレア、やめなさい」

優しい声。

世界を守るための声。

ミレアの表情が、壊れた。

その瞬間、私は確信した。

ああ、この三人はもう、戻れない。

でも、それでいい。

だって私は、もう知っている。

この予言は、呪いじゃない。

これは――

愛が完成するまでの、手順書だ。

私は胸に手を当て、静かに祈った。

早く。

早く、この愛が終わりますように。

――そして、

これでやっと、一つになれますように。

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