『手』に隠された魔法とその怖さ
いのそらん
第1話 『手』に隠された魔法と怖さ
『手』という言葉は、とても一般的な言葉である。日常生活の中でも、かなり多くの場面で使う言葉だろう。
例えば、
「手を尽くす」
「手の施しようがない」
「手が足りない」
のように、『手』と単独で使用する場合もあれば、
「伝手を使う」
「手術を受ける」
など、他の漢字と組み合わせて使う場合もある。
おそらく、数えることが出来ないほどの『手』が生活の中に溢れているのだ。
ここで、私が特に注目したいのは、
「手当て」
という言葉だ。
誰しも、
「痛いっ」
と叫びながら、自分の痛みのある患部に『手』を当てたことがあるだろう。
それだけではない。
怪我をした箇所を治療することを、
「手当てする」
とも言う。「治療する」とも言うが、口語でよく使われているのは、圧倒的に「手当てする」だと思う。
実際に怪我した箇所を、消毒し、絆創膏などを貼る。まさに「手当て」である。
でも、実は人は、そんな治療めいたことをしなくても「手当て」していることがたくさんあるのだ。
それは、先にも述べたが、痛い箇所をさすったり、『手』を当てたりすることによって痛みを緩和するときに使う「手当て」である。
えっ?そんなことしたことないって?
思い出して欲しい。
お母さんに、あるいは自分のお子さんに・・・。
「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
って、してもらったこと、してあげたことありませんか?
『ありますよね?』
必ず、あるはずだ。
調べてみると、この
「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
歴史的には、そんなに古いものではなく、ここ数十年でよく言われるようになったとのこと。
発祥として、よく言われている通説としては、江戸時代の『おまじない』、
「ちちんぷいぷい」
に続く言葉として、子供に分かり易いように、この、
「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
が、後に付け加わったというものだ。
ここで、一気に怪しい匂いがしてくる。
だって、「おまじない」は漢字で書くと、「お呪い」だから。
呪術の1つであるといえるのだ。
この「ちちんぷいぷい」を発祥とする「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」だが、この考え方は、神道における「撫牛」や仏教における「身代わり地蔵」にも通じる考え方といえる。
自身の痛い場所、それどころか病気や災難までもを、牛や地蔵に押し付けるという方法だ。
自分の痛みを別のものに移すという呪術である。
実際に調べてみると、違う文化体系にも関わらず、
「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
の習慣は世界中に存在している。
英語では「pain pain go away」。
スペイン語では、「Sana, sana, colita de rana, si no sana hoy, sanará mañana.」。
タガログ語では、「Aray aray umalis Ka.」
中国語では、「痛痛飞飞」。
とりあえず、4つほど調べてみましたが、きっともっとあるはずだ。
これ、どうしてだろう?
私は、こう考えた。
人によっては、
「極論だ!」
と言うかもしれない。
私が考えた理由は、
『手』が、実際にそのような能力を持っているからだと。
だって、最初に話をした、
「手当て」
から始まり、各国での「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」という呪術に通じる伝承。
おそらく世界中にある、「身代わり地蔵」のような考え方や宗教観。
キリスト教?
何を言っているのだ?
イエス・キリストは、人類の罪の身代わりとなって十字架にかかったのではないのか?
考え方は、痛みの身代わりと意味は同じだろう?
私は、ここで宗教論を論じているわけではない。
少なくとも、自身の痛みを、どこかに飛ばしてしまおうという、
『手』
を使った、民間伝承の根拠として一例を挙げているだけである。
ただ、ここまで読んで、きっとわかってくれた人もいると思う。
『手』
は、魔法のような力を内包している可能性があるのだ。
そこで、ここまで読んだ、全ての読者に問いたい。
「あなたは、そんな『手』大切にしていますか?」
「普段、酷使し、労わっていないのではないですか?」
よーく、考えるんだ。
「痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
で、飛んで行った『痛み』は、どこに行ったのだろう?
痛みは現象である。小さいながら質量を持つ物理的な現象だ。
脳から発された電気信号は、痛いという感情を引き起こすのかもしれないが、その痛みの原因は間違いなく存在するのだ。
それが、たとえ精神的なものであってもだ。
飛んでいって、無くなったりはしない。
投げた石のように、どこかにコロリと落ちているだけだ。
もし・・・。
もしもだが・・・。
『手』が、普段のあなたの扱いに不満を持っていて、そこら転がっている『痛み』を拾い始めたらどうだろうか?
世界中のあちこちで投げられ続けている『飛んでいった痛み』は、きっと無限である。
そんなものを拾い始めたら、どうなってしまうのやら・・・。正直、怖い。
そもそも呪術は、
『呪わば穴二つ』
だ。
違う?いや、だって、
「ちちんぷいぷい、痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
って子供に唱えた後に、あなたは、
「これはね、痛いのがなくなる『おまじない(お呪い)』なんだよ」
って教えているんだよね?
今、目の前に居ない誰かに、その『痛み』を呪術を使って、飛ばしてるんだよね?
これを知っても、あなたは明日からも、この
「ちちんぷいぷい、痛いの、痛いの、飛んでけ~~」
って、使えるのだろうか?
ぜひ、反抗されないように、『手』を大切にしたほうが良いと思う。
『手』に隠された魔法とその怖さ いのそらん @inosoran
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