白塩(はくえん)の廃教会にて、ありのままの君と。
淡綴(あわつづり)
第一話:琥珀の中庭、凍てつく宣告
世界が白く染まろうとしていた。
琥珀色に燃える夕刻の陽光が、王宮の中庭に降り積もる淡雪をオレンジ色に焼いている。その美しすぎる静寂の中で、鉄が擦れる冷たい音だけが、ひどく場違いに響いていた。
「――リオン。貴様を、追放する」
凛とした、けれどどこか脆い声だった。
僕の目の前に立っているのは、王国聖騎士団長、シルヴィア・ヴァレンタイン。
かつて、不格好なスープを一緒に囲んだ、僕の幼馴染だ。今の彼女は、白銀の甲冑に身を包み、その腰には国宝である聖剣を帯びている。
「君は、僕を追放するんだね。シルヴィア」
僕は、自分の吐いた息が白く消えていくのを眺めながら、淡々と答えた。
怒りも、悲しみも、驚きさえも湧いてこない。
ただ、「シルヴィアが僕に追放を宣告した」という事実だけが、目の前に石ころが転がっているのと同じ純度で、僕の中に着地した。
「左様だ。今の貴様は、この聖域には相応しくない。魔力も持たず、剣も振るえず、ただ『ありのまま』などと抜かして人の心を乱すだけの無能……。そんな毒を、これ以上宮廷に置いておくわけにはいかない」
彼女の言葉は鋭かった。周囲を囲む近衛兵たちが、嘲笑を含んだ視線を僕に投げかける。
「無能」「毒」「不敬」。
彼らが僕に貼り付けたレッテルは、どれも色鮮やかで、醜い。けれど、僕にはそれらがひどく滑稽に見えた。
「……リオン、何か言い残すことはあるか」
シルヴィアが、聖剣の柄に手をかけた。彼女の美しい顔は、まるで凍りついた彫像のように無表情だった。
けれど。
僕は、一歩だけ前に出た。
「シルヴィア。君の指、すごく震えているね」
彼女の肩が、びくりと跳ねた。
「なっ、何を……!」
「指だけじゃない。君の声、さっきからずっと、泣きそうな音がしているよ」
僕はありのままを告げた。事実を、事実として。
彼女が僕を蔑む言葉を吐きながら、その内側でどれほど悲鳴を上げているか。彼女の纏う「聖騎士団長」という強固な嘘が、今にも崩れ落ちそうなほどにひび割れていることを、僕の瞳は観測していた。
「黙れ……! 黙れ、無能が! 貴様に何がわかる!」
シルヴィアの叫びが、琥珀色の中庭に木霊する。
彼女は僕を睨みつけた。その瞳には、隠しきれない激しい動揺と、そして深い絶望が混ざり合っている。
「君が僕を無能だと言うのなら、それは君にとっての事実なんだろうね。だから、僕はここを出ていくよ。君がそう望むのなら」
僕は、彼女の指先にそっと触れた。 鉄の籠手に覆われた指は、雪よりも冷たかった。
「でも、これだけは本当のことだよ。シルヴィア。君の嘘は、とても綺麗だ。僕をここから逃がそうとしてくれている、その震えが……僕は、嫌いじゃないよ」
シルヴィアの呼吸が止まった。 彼女の美しい碧眼から、一粒の涙が零れ落ち、琥珀色の雪の上に静かに沈んだ。
「……行け」
彼女は、振り絞るような声で言った。
「二度と、私の前に現れるな。……北の果て、あの『白塩の廃教会』にでも行って、そこで一人で朽ち果てるがいい」
「うん。わかった。あそこなら、昔みんなで遊んだ場所だね。スープを作る火も、まだ使えるかもしれない」
僕は彼女に背を向けた。 降り続く雪が、僕の足跡をすぐに消していく。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
王宮の高く聳える塔。その影になった窓に、一人の男が立っていた。
教皇代理、ジュリアン。
彼もまた、白銀の法衣に身を包み、完璧な「嘘」を纏っていた。
遠目でもわかる。彼の瞳は、血を流すような無機質な色で僕を見つめている。
彼がこの茶番を仕組んだ張本人であり、同時に、僕の命を誰よりも守ろうとしていることを、僕は知っている。
(ジュリアン。君は、まだそんなに高い場所に立っているんだね)
僕は彼に手を振ることはしなかった。 ただ、冷たい風を肺いっぱいに吸い込み、一歩を踏み出す。
琥珀色の中庭を抜ければ、そこには法も神も届かない、真っ白な沈黙の世界が広がっているはずだ。
「スープ……四人分は、まだ多いかな」
僕は独り言を零し、王宮の門をくぐった。
背後で、重厚な鉄の門が閉まる音がした。
それは、僕と彼女たちの「役割」が終わり、本当の物語が始まる合図のように聞こえた。
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