「⚓アルシノエ四世の生涯」私こそがクレオパトラよりふさわしいエジプト女王だったのよ!

⚓フランク ✥ ロイド⚓

第一章:王宮の影

 アレクサンドリアの王宮は、地中海に突き出たファロス島と本土を結ぶヘプタスタディオン(七つのスタジアムの堤防)に隣接する、壮麗な建築群だった。紀元前48年、夕暮れの光が大理石の柱に映り、金色の輝きを放つ中、アルシノエ四世は王宮の回廊に立っていた。


 彼女の目は、港に停泊する無数の船と、遠くにそびえるファロス島の灯台を見つめていた。15歳のプトレマイオス王家の王女は、姉クレオパトラ7世と兄プトレマイオス13世の権力争いの中で、自分の運命を模索していた。彼女はプトレマイオス12世アウレテスと、おそらくクレオパトラ5世トリュファイナの娘であり、クレオパトラ7世とは異母姉妹である可能性もあったが、彼女の野心は姉に引けを取らなかった。


 アルシノエは、幼い頃から姉の影に生きてきた。クレオパトラは常に先を行き、父王の寵愛を一身に受け、ギリシャ語、ラテン語、エジプト語を自在に操り、廷臣たちを魅了した。アルシノエはそれを羨ましく思いながらも、姉の美貌と知性に圧倒される自分を憎んだ。


「なぜ姉だけが輝くのか。私だって王家の血を引いているのに」  少女の心に芽生えたのは、純粋な嫉妬ではなく、一人の女性としての、そして王位継承者としての激しい渇望だった。


 クレオパトラが男たちを誘惑し、権力を操る姿を見て、アルシノエは自分の中に似た衝動を感じていた。姉は体を武器にし、言葉で人心を掴む。アルシノエはまだ幼く、自身の美しさが開花する前だったが、鏡に映る自分の金色の髪と鋭い瞳に、将来の可能性を見出していた。


「私も女王になれる。姉のように、男たちを跪かせ、エジプトを私の手で統べる」  それは、姉への反発と、女性としての自己実現への渇望が混じり合ったものだった。


 プトレマイオス朝の女性たちは、近親婚を繰り返し、王位を争う運命にあった。アルシノエは、姉が父の死後、兄と共同統治を強いられながらも、実権を狙う姿を見て、学んでいた。クレオパトラの心理は、妹を潜在的な脅威と見なしつつ、幼さを甘く見て油断していた。


 姉は、妹の野心を「子供の遊び」と思っていたが、心の奥底では、自身の美貌が衰えれば、若い妹が台頭する可能性を恐れていた。女性同士の権力争いは、血縁の絆を越え、冷徹な計算を生む。アルシノエの心は、そんな姉の影に抗う炎で燃え始めていた。


「アルシノエ様、危険です。今は静かにしていてください」侍女の声が背後から響く。だが、アルシノエ四世の心は静かではなかった。ローマの将軍ジュリアス・シーザーがアレクサンドリアに到着したばかりだった。


 彼は内戦の敵であるグナエウス・ポンペイウスを追ってエジプトに来たが、到着直後にポンペイウスの首がプトレマイオス13世の側近、宦官ポティヌスと将軍アキラスによって送られてきた。ポンペイウスはペルシウムでガレー船から小舟に誘い出され、裏切られて殺害された。


 この卑劣な行為にシーザーは激怒し、首を受け取るのを拒否したと王宮内で噂が広がっていた。シーザーはクレオパトラ7世を支持し、プトレマイオス13世を牽制していた。アルシノエ四世は王宮の豪華な部屋に閉じ込められ、シーザーの兵士による監視の目が彼女を縛っていた。


 彼女の家庭教師であり、プトレマイオス朝の廷臣である宦官ガニュメデスが、密かに部屋に入ってきた。「殿下、時は来ました。シーザーの目は我々から離れています。今夜、王宮を脱出するのです」


 彼の声は低く、決意に満ちていた。アルシノエ四世の胸は高鳴った。彼女は姉クレオパトラ7世に負けるつもりはなかった。プトレマイオス朝の王位は、彼女にもふさわしいものだった。


 その夜、アルシノエ四世はガニュメデスと共に王宮の地下通路を抜け、ヘプタスタディオンの近くの港へ向かった。闇に紛れ、漁船に乗り込んだ彼女は、プトレマイオス13世の軍が待つアレクサンドリア郊外の陣営へと急いだ。彼女の心には、野心と恐怖が交錯していた。


「私は女王になる。エジプトは私の手で導かれるべきだ」  彼女は自分に言い聞かせた。

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