手相占い

石田空

休みの日に占い師に手を診てもらった。

 その日は休みで、ショッピングモールで買い物をしていた。

 ショッピングモールの端っこのスーパーマーケットで食料品を買い、ショッピングモールに散らばっている輸入食料品店で追加の調味料を買う。

 そこそこ重くなった手提げバッグを肩に引っ掛けて歩いていたら、普段あまり診ないブースができていることに気付いた。


【手相鑑定します】

【的中率100%】


 金持ちが占いを利用するのは、占いという名のカウンセリングをするかららしい。実際に本物の占い師というのは全体の1%いればいいほうで、そのほとんどはカウンセラーの役割をしているという。更にその数%は詐欺を働き、御守りやら壺やらを売りつけるのが本職らしいが。

 ショッピングモールで詐欺を働くような占い師がブースなんか出せるのかな。テナント料はかなり馬鹿にならないらしいし。

 興味本位で鑑定料を眺めると、思っているよりも高くない。私はそこに足を踏み入れてみることにした。


「こんにちは」

「こんにちは」

「本日は休みですか?」

「はい。今日が休みなんで」


 この占い師は本物なのかな。私はぼんやりとそう思いながら、鑑定してくれる人を見ていた。最近は本物の占い師と呼ばれるような人たちはネットを中心に活動していて、店舗でやっている人をそこまで知らない。

 中肉中背で化粧が濃い。目元も口元もばっちりの化粧は、三十年前の流行りのものだ。服も最近見るシンプルなものや北欧柄みたいな温かみのある柄ではなく、いったいどこで売っているのかわからない翼を広げたクジャクのような模様のセーターで、スラックスで包む脚もそこまで長いとはお世辞にも言えない。

 その人は私の手を取ると、虫眼鏡を通してじっくりと眺めはじめた。本当に手相占いは虫眼鏡を使うんだなあとぼんやりと思う。


「最近転職……あるいは大きな仕事を終わらせましたか? 天命に関する線が急に切れているんですが」

「あれ……そうなんですか? 私が小説家なせいですかねえ」


 私は大嘘をつきながら、占い師がしゃべるがままに身を任せた。


「はい、仕事が伸びる人の場合は、この線が長く伸びるはずなんですが、それがここでブチンと切れていますから。あと恋愛に関する線も切れていますね」

「あれえ……恋愛小説を書き終えたせいでしょうかね?」

「ご職業は小説家ですか?」

「はい、全然増刷かからない零細小説家ですが、年イチで本を出していますよ」

「それはそれは。そのせいでしょうかね。仕事を終えられたあなたは、しばらく大人しくしていたほうがいいですよ?」

「なにか悪いことが起こるんですか?」

「はい。詳しく読むことはできませんでしたが、あなたが終えた仕事のことで、ひと悶着ありそうなんです。本当にお気を付けて」

「ありがとうございます」


 私が鑑定料を支払うと、占い師さんは小さく私にコソッと言った。


「おそらくあなたは、大きな仕事を終える前に、警察か弁護士事務所に行ったほうがよかったかと思いますよ」

「ありがとうございます」


 私はそれだけ言って、手相占いから離れていった。

 あの人、私が小説家じゃないことわかっていたな。どうやらあの人は、1%の本物だったらしいと、なぜか私は足が軽やかになるのを思いながら、今にもスキップを決めたい気分で帰っていった。


****


 私は小説家ではない。

 私は大病院の清掃員だ。シフトで病院内を掃除し、ゴミを回収する仕事。とにかく医療ゴミはデリケートな上、ひとつ間違えれば院内で流行病が感染するから、清掃は重要な仕事であった。

 先代の院長はそのことをよくわかっている人だったのだけれど、跡継ぎの院長はおつむの弱い人だった。そりゃもう、清掃員を自分の引き立て役かその他大勢だと思って、人手が足りないから増やしてくれと陳情しても、すぐに人材を増やしてくれない。

 おかげで汚い仕事でも給料だけはよかったものの、シフトがぐちゃぐちゃな中、サービス残業が増え、給料も上がらなくなっていった。

 おまけにその院長。女癖が悪かった。でも女医にそんなのを向けたらマスコミに情報を売られてしまう、看護師に向けたら辞められてしまう、その矛先がいてもいなくても同じだと思っている清掃員に向けられるようになったのだ。

 おかげでどんどん人が辞めていく。病院に訴えても清掃員がなんか言ってるくらいに取られて誰も助けてくれない。シフトはカツカツで人手を増やして欲しいと訴えても無視してくる。最悪な悪循環が続くようになったのだ。

 気付けばそこで働き、チーフになっていた私は、我慢ならなくなってきたから辞めようかと考えていたところで、よりによって院長は私にまで手を出そうとしてきたのだ。下半身で物事を考えている人間は、年齢も顔もどうでもよく、穴さえあれば本当に誰でもいいらしい。こいつの下半身腐って落ちてくれないかな。

 私は抵抗しようとして、手持ちのゴミ袋を被せて、上から必死でゴミ捨て用のトングで殴り続けた。普通こんなもので人は死なない。でも私はそのとき、必死過ぎて我を忘れて殴り続けたせいか、窒息したのか、とうとう院長は死んでしまった。人間、必死になったら本当に人を殺せるらしい。

 袋を被せて殴り続けたから、よくも悪くも証拠が出なかった。おまけに院長は女を襲う場所はだいたいカメラに証拠が残らない場所で事に及ぶ。

 私は仕方なく、その院長を黒い袋に詰め、医療ゴミ袋を被せて、転がしておくことにした。どこかで証拠が見つかるかもしれないし、どこかで私が犯人だとわかるかもしれないけれど、このアホな院長が死んで困るのかなと考えてしまった。先代の院長には娘がいるし、ここで女医として働いている。もうこの人が継いでしまえば問題ないのでは。

 カメラに映ってないことをいいことに、そのまま普通に仕事を終え、そのまま普通に休みを取っている。

 転職するかなとも考えたけれど、どう考えても悪いのはあちらだし。大人しくしていればいいという占いに乗ろうか。

 私はそう思いながら家路に着いた。


<了>

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手相占い 石田空 @soraisida

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