【ホラー】過去に手を切られる

花田(ハナダ)

第1話 右手の見えない神様

 土曜日。休日の1日目の午後、私はひとり絶望していた。

 職場の先輩へ不満を実名のまま投稿してしまった。


ーーブスで貧素でキモくて時代遅れ


ーー常に偉そうなババア


ーー嫌われてることに気づけよ


 悪口はメール作成で打ち込みまくり、未送信boxに溜め込んでいた。完全に自分だけが見られる状態で、職場で強く当たられることへの腹立たしさを言葉にするのは、単なるストレス解消だった。

 それなのに、その文章を誰でも見られる形でネットに晒してしまった。

 丁寧に写真もあげている。

 先輩も、自分も、バッチリ顔が写ってしまっている。


(何故こんなことしてしまったんだ)

  

 こんなもの投稿した記憶はない。

 きっと誰かにはめられたんだ、と一瞬は思った。

 しかし、酒に酔って気づいたら朝ということは度々あったから完全に否定もできない。 

 晒して、誰かに共感してほしい気持ちもあったから。 

 慌てて投稿を消した時にはもう遅かった。スクショを撮られて知人に拡散されているらしい。 

 お節介なパート職員が私にお気持ちを知らせてきた。


「この投稿、どういうこと? はっきり言って大問題だから。上司に知らせるから」


 と、メッセージを送ってきた。

 着信履歴には上司の電話番号が並んでいる。


「ああ……」 


 声にもならない情けない溜息が漏れ出る。


(今すぐ過去を消したい。いや、過去に戻ってやり直したい)  


 そんなことを思ってもどうにもならない。何も手につかないまま夕方になっていた。こうなったら酒でも飲んで忘れてやろうと、近所のコンビニに向かった。



 コンビニへ入ると、何かのコラボ商品のお知らせが流れていた。アイドルか、アニメか、私の知らないキャラクターがしゃべっている。わざとらしいほど明るく呑気な声はこちらの気持ちを逆なでしてくる。

 私はイライラしながら陳列棚の前に立っていた、その時だった。


「あの」


 不意に話しかけられた。それは二十代くらいであろう女性だった。きっとサロンで整えているであろうきれいな髪と、無難で上品で、それでいて清楚すぎず、堅苦しすぎない丁度いいワンピースを着ていた。

 思わず見入ってしまったのは、彼女には右手がなかったから。いや、ないというより右手に靄がかかって見えなかったからだ。  

 目を凝らしても、そこだけがぼんやりとしている。明らかに異様なのに、店員も、ほかの客も、女性を気にもしていない。

 

「こんにちは」


 そう言って微笑む女性の顔をまじまじと見つめたけれど、私の記憶にはなかった。

 チラリと右手を見てみる。

 何より右手が見えない人間なんて会ったことなどない。

 戸惑う私を見透かすように、女性は優しい声色で囁いた。


「あなたを助けてさしあげましょうか?」


「えっ、なんですか?」


「だから。助けてさしあげましょうか?」


(何言ってんだコイツ)


 からかわれているのかもしれない。

 いや、もしかしたら忘れているだけで知り合いなのかもしれない。

 もしくは、あの投稿を見て私を軽蔑しにのかもしれない。

 そんな不信感で女性から半歩後ずさっていた。


「警戒するのは仕方ないです」


 女性は陳列棚を眺めながら話を続けた。


「頼まれたんです。あなたを陥れてほしいって」


「陥れる?」


「ええ。仕事ができないくせに態度だけ大きくて挨拶は小さい、ミスはちゃんと謝れない、被害者意識の高いあなたに鉄槌を下したかったそうですよ」


「鉄槌って、まさか」


「あなたを、社会的に抹殺することです。依頼主はーー」


 女性は私に近づくと、耳元である名前を囁いた。

 それは、私が罵詈雑言をネットに写真付きで吐き出した相手、先輩の名前だった。


「だから、非難されるような投稿、だけどあなたの本音をネットでするように仕掛けました」


「そんなこと……」


 そんなことできてたまるか。

 そういいかけた時、


「できますよ。私、神様なんで」


 女性は躊躇なく言った。


「神様?」


 笑わずにはいられなかった。同時に怒りも湧いてきた。これは私をからかっている。

 でも、怒鳴り散らすわけにもいかなかった。ここはコンビニの店内だ。

 

(無視だ)


 私はビールと缶チューハイを幾つかカゴにいれると女性を無視してレジへと向かった。

 しかし、女性は私についてきた。

 レジの順番を待つ私の背後で、しゃべり続ける。


「彼女の願いを叶えたけど思ったんです。これはフェアじゃない」


 後ろについた彼女は囁いた。


「やり直したくありませんか?」


 私の背中に一面に鳥肌が立った。


(やり直す?)


 今、一番願っていたことだった。


「あの投稿をする前に戻って、やり直したくありませんか?」


(ふざけるな)


 人が弱っているところに付け込んで、馬鹿にして、楽しんでいるんだ。 


(やめろ!)


 睨みつけるために振り返ると、女性は全てわかったかのように、聖女のような慈悲深い佇まいで、にっこりと笑っていた。


「さっきのお酒売り場の前で待ってますね」


 それと同時に前の人の会計が終わり、私は足早にレジへと向かった。女性の濁りのない目が怖かった。


(なんだよ、待ってるって)


 コンビニの店員が慣れた手付きで商品を読み取っていく。


(やり直せるものなら、やり直したいよ)


 会計を済ませた私は後ろを見ないのようにうつむいまま、出口へ向かう。もうあの女性に絡まれたくない。

 逃げるように店の外へ出た、はずだった。


(あれ?)


 自動ドアが開いて、肌に感じるはずの外気の冷たさがない。代わりに生温い空気に再び包まれる。

 

(なんで?)


 私は何故か店内に戻っていた。

 扉の向こうに出たはずなのに。

 店員が「いらっしゃいませ」といい、コンビニは何の変哲もない、平凡な日常の風景でしかない。

 店内放送が流れ、知らない何かとのコラボ商品についての明るいナレーションが始まる。

 何もかも、さっきと同じだった。

 異質な私は再び店内へとふらふらと進むことしかできなかった。


ーーさっきのお酒売り場の前で待ってますね


 その言葉のまま陳列棚へ向かうと、女性は立っていた。 


「あの」


 私に気づいた女性は微笑む。


「こんにちは」


 さっき見たばかりの笑顔だった。

 私は何も言えずに立ち尽くす。


(本当に時間が戻ったというのか?)


「これで信じましたか?」 


 女性はカゴにお酒を入れた。ビールと缶チューハイ。私がさっき選んだのと同じ種類と、同じ本数だ。


「やり直したいですか?」


 カゴを差し出され、私は思わず受け取った。


「投稿する前に戻りますか?」


 戻れるのなら、戻りたい。

 やり直したい。

 なかったことにしたい。

 

(そんなの当たり前だろ?)


 気づくと、私はしっかりとうなずいていた。


「承知しました。それじゃ、また夜に」


 女性はそういうと、煙のように消えてしまった。


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