近未来彼女

シバカズ

近未来彼女

 近未来とは現在から近い将来であり、近い将来とは数十年先の未来を指す。

 1991年、こよみ神代かみしろ家の長女として生まれた。

 それから6年後、隣家に越してきていた家族に長男が生まれ、命名には暦の意見も取り入れられた。

 それから3年、3歳になる男の子、あらたの面倒を見るため神代家を出た暦は、その後忽然と姿を消す。

 台風や突風などで風速25メートルを超えると屋外での行動は危険であり、立っていられないらしい。

 風速35メートルとなれば地に足着かず、言葉通り体ごと飛ばされてしまう。

 また、突然地面が陥没し、地表に大穴があく現象としてシンクホールと呼ばれるものがある。

 原因は地中に浸透した酸性雨が地盤を侵食し、ある程度空洞化が進行すると一気に崩落するというもの。

 どちらも突然起こる現象で、家屋をも崩壊させる威力を持つ。

 しかし、神代家を出て隣家まで5分とかからない距離で、自然災害に巻き込まれたというには無理があった。

 警察による決死の捜索の末、神代家が村一番の資産家ということもあり、現実的に暦の失踪は何らかの事件に巻き込まれた線が濃厚となった。

 現に2000年には略取誘拐件数は300件を超えていた。

 しかし、この件に関しては何の手掛かりもないまま20年の歳月が流れた。

 新は23歳になっていた。

 そんな彼の趣味が廃墟巡り、週末にはインターネットで見つけた近場の廃墟を訪れていた。

 たまたま地元の村を検索した結果、なんとここにも知る人ぞ知る心霊スポットがあった。

 新は子どもの頃、父親に言われていたことを思い出した。

 家のすぐ裏手にある鉱山には、坑道がいくつもある。隣の神代家には前に女の子がいたのだが、坑道に入り迷い込んだのか未だに行方不明だと聞かされていた。

 この話には事実に基づいた信憑性しんぴょうせいがあり、当時の子供たちを鉱山に近づけないようにするには絶大な効果を発揮していた。

 その坑道は今、廃トンネルとして紹介されていた。

 ある週末、生憎あいにく曇天どんてんだったが、新は一人で廃トンネルを訪れた。

 山のふもとにある最も深く掘られた坑道は地下1000メートルまで続いているらしい。

 進むこと数分、懐中電灯が明滅を始めた。慌てた新は咄嗟に携帯電話のライトを使って予備の電灯を灯そうとした。

 その時起こった強烈な閃光は携帯のライトでもなく、予備の懐中電灯でもない。

 新は背後に人の気配を感じ、思い切って振り向いた。

 そこには幽霊というには妙に輪郭がはっきりした若い女性が倒れていた。

 彼女は意識が朦朧もうろうとする中、新の名前を口にした。

 新はなんとか坑道を出て、救急車を手配した。

 病院側から彼女の身元について訊かれたが、新には答えられなかった。

 彼女の意識が戻るまでに新は突拍子もない憶測を巡らせた。

 まさか彼女が20年前に行方不明となった少女ではないかと。

 過去にロビンソン・クルーソーのような体験をした男がいる。彼は鉱山の洞窟で43年間生活したという事実があった。

 彼女も洞窟内を彷徨さまよって20年もの歳月を生き延びたのだろうか。

 しかし、新がその質問をする前に彼女は病院から姿を消す。

 ——話は20年前にさかのぼる。

 神代暦は坑道の入り口で空模様を気にしていた。

 次の瞬間には少女の体がふわりと浮いた。突風により空を飛んだわけでもなく、地面の穴に吸い込まれたわけでもない。

 暦の体は霧状に分散し、その場から文字通り蒸発した。

 だが、暦は生きていた。およそ半世紀後、2045年の世界で。

 この時、暦を発見したのは48歳の新であった。

 彼は今、アインシュタインの特殊相対性理論から光速を超える粒子『タキオン』の存在を模索していた。

 超高速で移動した物体は未来へ行けることが立証されているが、過去に行くには光の速さを超える物質の存在が不可欠であった。

 その粒子が一時いっときだけ強く観測できる場所を新は知っており、妻と共にその場所に観測所を作った。

 暦の出現でタキオンを捉えた新は、この研究成果から20年後の2065年、次元転移装置を発明するが理論上は問題ない設計であっても、その装置を人間で試すことはしなかった。

 しかし、新の研究を間近で見てきた妻には絶対に成功するという確信があった。

 妻は新に気付かれないよう暦を第一被験者として過去に送り込もうと画策した。

 29歳となった暦がいなければ新の発明は成し得ないのだ。

 そして、現在2020年、新は病院にいない彼女を追って、最初に出会った廃トンネルにいた。

 そこで新は彼女が20年前に行方不明となった暦であり、20年間近未来にいたことを知った。

 未来での事柄や事情を話すのは好ましくない、というよりも厳禁だと判断した暦は新が今後何をするのか言わなかった。

 しかし、新は自分の意志で研究者となり、素粒子の発見に人生を捧げた。

 暦もかたわらで新の恋人として、妻として25年間寄り添った。

 かつての坑道——廃トンネルとして知られていた暦と新の再会場所に観測所を作り、新はその時を待った。

 強烈な閃光、あの時と同じだった。

 48歳の新の横には54歳の暦。そして、目の前にはあの時行方不明となった9歳の暦がいた。

 それから20年後、74歳の暦は過去に起こった自分の体験を29歳となった自分自身に託した。


                    完


追記、時系列。

現代

1991年 暦0歳

1997年 暦6歳 新0歳

2000年 暦9歳(近未来へ)新3歳

2020年 暦29歳 新23歳


近未来

2045年 暦9歳と暦54歳 新48歳

2065年 暦29歳(現代へ)暦74歳 新68歳


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

近未来彼女 シバカズ @shibakazu63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画