ギルド職員シンシアさんの業務日報

真野てん

第1話 夜明けまえだよ、シンシアさん

 冒険者ギルドに勤める女性職員シンシアの朝は早い。

 近所の養鶏場からにわとりの鳴き声が聞こえ始めるまえには、もうベッドから起きている。


 前日に井戸から汲み上げておいた衛生用水は室温に馴染ませているが、さすがに冬の早朝ともなると肌を刺す。

 冷水で洗顔すると毛穴の引き締め効果があると同僚の愛読する女性誌には書かれていたが、美容と引き換えても顔は温水で洗いたいものだとシンシアは思う。


 忙しい朝の身支度。

 すぐに家を出るのに薪を焚べるのは勿体ない。しかし朝一番に白湯くらいは飲みたい。


 シンシアは仕事鞄にしている革製トランクから一枚の紙を取り出した。

 特殊な製法で麻の繊維に魔力を練り込んだものである。紙面には達者な文字でびっしりと呪文が綴られている。

 魔術構文発動法——通称「魔法」を誰にでも使えるよう簡便化した巻き物スクロールで、いわゆる魔道具の一種である。


 シンシアは広げた巻き物を敷いて、暖炉に燃え残っていた木炭と五徳、その上に飲み水の入った陶器のポットを置いた。


「『点火イグニッション』」


 トリガーとなる言葉と共にシンシアが指を弾くと、巻き物から魔法の炎が立ち上がる。

 実際に燃焼しているのは木炭なのだが、魔法により火起こしや火力調整などといったプロセスを省いているのだ。

 お湯そのものを一瞬で沸かす『加熱ヒート』の魔法もあるが、制御が難しく、水蒸気爆発や火傷などの事故が絶えないので民間ではあまり好まれていない。

 ちなみに王侯貴族の間では、大きな湯船にお湯を張るのに重宝するそうだ。


 お湯が沸騰するまで身支度の続きである。

 同僚に「眉くらいは描いてこい」と言われてから、しぶしぶ鏡のまえに座る毎日だ。

 苦痛である。

 目鼻立ちが整ってるわけでもなければ、取り立てて醜くもない。奥二重で目つきがキツイと言われることはあるが、眼鏡を掛けているからある程度は誤魔化せていると思う。

 仕上げに黒髪を後ろで適当に引っ詰めれば、どこにでもいる無個性なギルド職員の完成だ。


「ほぅ……」


 目覚ましの白湯を飲むことからシンシアの一日は始まる。

 社交界で有名な貴婦人や夜の蝶たちもみんな、朝は白湯を飲むらしい。どういった学術的根拠があるかは知らないが、これもまた同僚から聞きかじった情報である。

 我ながらミーハーだとは、シンシア自身も認めている。

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