第4話

 襲撃から数日後――。


 歴史ある神社の境内。表向きは平和そうな場所であり、参拝客を出迎える窓口の役割を果たしている。


 しかし、その奥地には俗世から隔絶され、特殊な力を持つ陰陽師しか出入りできない社殿がある。


 俺はその社殿内に正座で座り、大勢の人物たちを前に対面していた。


 彼らは俺と同じ陰陽師であり、櫛名田家と同盟を結ぶ家系『菅原家すがわらけ』の面々だ。もっとも、彼らは形だけの存在であり、俺の一族と比べると力は大きく劣る。


 妖怪や怪異などにはまともに太刀打ちできず、できることと言えば、精々人の悩みを聞いたり、御払いと称して慈善活動を行う程度である。昔はどうだったかは知らないが、今ではただ名前しか残らない腑抜けた者たちだ。


 そんな奴らに頭を下げて、助力を求めるのが気に入らない。


 何せ、俺たちが襲われていた時に何もせず、ただ静観していただけの奴らだからだ。薄情者たちとじゃれ合う気などさらさらない。


《言い過ぎよ、景明……》


《お姉ちゃん、相手は俺たちを平気で見捨てた奴らだよ。これでも優しい方だと思うんだけど。お姉ちゃんはどっちの味方なの?》


 体の中にいるニリアお姉ちゃんが、念話で語りかけてきた。

 

 善意を含んだお節介な口出しをする彼女は、この期に及んでこいつらの肩を持つ。ここに来るまでの道中、彼女も彼女でやたらとこの一族を弁解していて理解に苦しんだ。


 思わず声に出てしまいそうになったが、俺はぐっと堪えた。


 そろそろこの謁見の場で、相手側の代表――菅原家の当主である菅原義政すがわら よしまさが話を始めるからだ。


「景明君……まずは、我々が動けなかったことについて謝罪させてほしい。君に許してもらえるとは思っていないが、それでも謝らせてくれ」


 義政さんは俺に頭を下げる。

 

 だが、そんな彼の態度とは対照的に、後ろに座っている連中の中には不服そうな顔をしている奴らがいた。今すぐにでも、どちらの立場が上なのかをわからせたかった。


 けれど、他に頼れるあてもないため、俺は冷静さを保った。


「ええ、義政さん。あなたの言う通り、俺たちがこれまで与えてきた恩を仇で返すような人たちを許す気はありません。そのことを、よくわかっていらっしゃいますね」


「……それで、千代様の遺体はどうなされたのか?」


「弔いしましたよ。襲撃者たちは、俺や祖母の体に大層興味があるようですからね」


 皮肉を込めて言うと、義政さんは言葉に詰まった。彼が申し訳ない気持ちになったとしても、この場にいる全員がそうとは限らない。現に、侮辱されたことで顔を歪ませている者たちもいた。


 俺の嫌味だけで済むのだから、むしろ感謝してほしいくらいだ。いや、もっと心をえぐるような言葉をかけても構わないだろう。


「あなたも本当は、心の中で俺と姉のことを疫病神だと思っていますよね? 俺の要求を飲んだらすぐにでも出て行きますよ」


「……その要求とは、一体?」


「武器と敵に関する情報を俺にください」


「まさか、彼らと戦うつもりなのか? いくら女神様を体に宿しているとはいえ、君一人だけで戦うのは無謀が過ぎる。相手は国家規模の軍隊だぞ」


「余計なお世話ですよ。普段から何もしないあなたたちに口出しをする権利はありません。あなたはただ、俺に要望を聞き入れるだけで十分です。それ以上は望みません。最も、高望みしたところであなた方は共に戦ってくれますか? しませんよね?」


「……わかった。君の要望に応えよう……」


 義政さんはしぶしぶ合意する。


 敵に関する情報は一応持っているが、彼らが俺より相手のことをどれくらい知り得ているのか気になる。まあ、彼らが持っているちんけな情報など、最初からたかが知れている。


「ちょっと、景明! あなたが千代様を亡くして辛いのはわかるわ! でも、お父様に向かってその態度は何なの!? 今のあなたを千代様が見たらきっと悲しむわ!」


 俺の横暴な態度が目に余ったのか、義政さんの隣に座っている彼の娘――巫女服に身を包んだ長い黒髪の少女、菅原菖蒲すがわら あやめが声を荒げた。


 彼女とは家柄を通して幼い頃から交流があったが、相変わらず自分が年上だからと、説教じみたことを並べ立てる。


 あの惨劇があった後では、彼女が苦労をしたことがなく、如何に恵まれた環境にいるのかが伺えた。


「悲しむ……? 流石、傍観していた者の言葉の重みは違いますね、菖蒲さん。聞いているだけで、思わず笑いたくなります」


「ッ、私は同胞であるあなたのことを気に掛けているのよ!」


「同胞、ですか……知ったような口でおばあちゃんの想いを語るなよ、この偽善者が! あんたに説教される筋合いはないんだよ! 後ろに座ってる奴らの顔をよく見てみろ!」


 菖蒲さんは自分の後ろにいる者たちを一瞥した後、それ以上は何も言い返せなかった。彼女は自分の一族が、どれだけ腐敗しているのかを知っているからだ。


 分家の有力者たちがいつまでも過去の栄光と権力にすがったり、自身の保身に走っている現状を目の当たりにしてきた。


 だからこそ、彼女はぐうの音も出ない。


「これでわかったか、菅原菖蒲! あんたら温室育ちの平凡どもは何もしないし、する勇気もない! わかったら、俺の復讐に口出しをするな!」


「――ッ!」


「やめなさい、菖蒲! 無礼が過ぎるぞ!」


「お父様……申し訳ございません」


 父の声に菖蒲さんはぱっと黙り込む。


 まるで三文芝居を見せられている気分だ。


「娘が無礼を働いた。どうか、許してやってほしい」


「ええ、できれば次からはちゃんと言い聞かせてください。でないと、恥を晒しますからね」


「……そうさせると肝に銘じておこう。それよりも、本題に入らせてもよろしいか?」


「はい」


 俺はポケットから要求する武器をまとめた紙を取り出し、使用人に渡した。


 それを受け取った義政さんが目を通していく。


「武器に関しては、一通りこちらで手配しよう。しかし、敵の情報に関しては、君の方が我々より詳しいはずだが……」


「その認識で合っています。ですが、それでもあえてお聞かせ願えますか?」


「ああ。櫛名田家を襲ったのは、『異常封鎖機構いじょうふうさきこう』と呼ばれる組織だ。彼らは科学技術と軍事力を用いて、怪異などといった異常存在を排除、または収容する。無論、我々のような善側の異能者たちや女神様もその中に含まれ、社会の脅威と見なされている。それ以上のことは、残念ながらわからない……」


「なるほど、こちらの持つ情報と一致しています。奴らの拠点がどこにあるのかは把握していますか?」


「うむ。すべてとまではいかないが、おおよその場所は把握している。後ほど書面にまとめたものを君に渡そう」


「そうですか。ご協力に感謝します」


 しばらくすると、刀や呪符などの装備、それに情報が記された書類を使用人が運んでくる。俺はそれらを一つずつ確認して満足した。


 これでようやく復讐の準備が整った。後は敵の血をもってその清算を果たすだけだ。


 でも、その前にのよしみとして、せめて彼らに忠告だけでもしておこう。


「これは俺からの忠告ですが、他人事のように思っているあなた方もいつ狙われるかわかりません。平和ボケをしているようでは、いずれ足元をすくわれますよ?」


「……忠告に感謝する」


「それでは。もう二度と会うこともないでしょう」


 俺は立ち上がると、菖蒲さんたちに目もくれずに社殿を去った。


 彼らが俺の忠告を聞き入れ、実際に行動を取るのであれば良し。しなければ、今よりもっと退廃し、最悪機構によって存在が抹消されるだけだ。

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明星のネフィリム ~人でなしが、心を取り戻すための旅路~ 冬椿雪花 @dio_voynich

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