第七章 存在を認識するということ

 この宇宙では、さまざまな自然現象があちこちで発生しているが、それはただ共鳴による自然現象がある一定に繰り返されているだけなのだろうか。


 感覚的に、それだけではどうしても腑に落ちないのである。


 人間は、なぜ自分が人間だと認識しているのだろうか。

 自分一人だけの存在であれば、もはや存在しているということさえ認識することはないだろう。


 何か他の存在を認識したとき、初めて「存在している」ということを認識できるのである。

 誰か他の存在がいて、初めて「自分を認識する」ことができるのである。


 それは人間同士が互いに認識すること、されること、と考えれば当然だが、それでもどこかしっくりこない。

 となると、人間はすでに、いわゆる「神の視点」を持っているということなのではないだろうか。


 これはただ、俯瞰で自分自身を見ている状態であるが、それが想像できること自体が、神々の潜在意識であるということだ。


 それを認識して認めるかどうかの意識によるものであり、「人間とは、人間が人間を視覚で認識することができるものであるから」ということでしかないのかもしれない。


 たとえば、成鳥が卵を産んだ場合、その成鳥が生み出したのは、卵なのか? 鳥なのか?

 それは、卵であるとも言えるし、鳥であるとも言える。

 もし、卵の中に玉子しかなければ、答えは卵である。

 もし、卵の中に小鳥がいて成長し、殻を破って独立したならば、答えは鳥なのである。


 要するに、このように考えることができる。


 人間は、この宇宙に存在する人間以外のもので構成され、維持されているのである。

 人間以外のものが集合体となり、そして人間という存在になるのだから、この宇宙も同じ原理であるという仮則がしっくりくるのである。


 つまり、宇宙は、宇宙自身が、「存在している」という認識を持っている可能性が非常に高い、と考えられるのではないだろうか。


 では、宇宙を構成し、維持しているものは、いったい何なのか。

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