拝啓、いつまでも変わらない君へ。
虚光 螢火
第1話 いつまでも、一緒に。
その日は良く冷えた風が心地よい夜だった。今日は少し肌寒い、俺は少し早足で部屋からジャンパーを取り出し彼女の肩に掛ける。冷たいその指はまるで人形のように繊細だ。
一目惚れ。なんとも不純な動機だったが彼女はそれすら笑って受け入れてくれた。このような高層マンションからは空が一段と綺麗に見える。空気が澄んでいるのか、いやそれ以上に美しく妖艶な彼女がいるからか、今日の星空良く見えた。
出会いの時に着ていた制服は彼女に似合っていたのに今はもう着ていない。勿体ないと思ったが彼女は代わりに俺に誕生日のプレゼントをくれたんだったか。
そう、確か小さいスノードームだ。手に3つほど乗るぐらいの小さながらも彼女らしい主張ある可愛らしくも愛らしいドームだ。
少し寒くなってきましたね、そろそろ中に入りませんか?そう云う彼女に笑顔で返信し、彼女を抱き上げる。ポッと顔が朱く染まる彼女は、腕を顔の前に出して照れている様子だ。
暖房の効いた部屋に入り彼女をゆっくりと椅子に下ろす。それは自分でもできます!と云うが、彼女に貰った恩を返したいというこれまた身勝手な要求を彼女は受け入れてくれるのだ。
テレビをつけ彼女の前にリモコンを置いてから、台所に立ちいつも通り調理を始める。今日は……そうだな、肉じゃがにでもするか。
テレビはいつも通り彼女の気に入っているニュース番組だった、最近は殺人やら誘拐やらのニュースでもちきりだった。全く政府は何をしているんだろうか。
「夜ご飯は今日もいらないのか?」
余っていた芋と肉、そして適当な野菜を入れて醤油やら何やらを入れて混ぜる。これもすべて彼女から教わったものだ。
彼女はやはり要らないです、すいません。と謝ってきた、何度もこれを作ってくると段々と慣れてくるものだ、かつての自分では考えられない手際で味の確認まで済ませる。彼女の待つテーブルまで食事を運び対面する形で席に着く。どうやら彼女はテレビをずっと見ているようだ。
「……やっぱり、その。ダメそうか?虚心症の方は」
彼女は少し俯いて、はい、あまり良くはなってないようで。そう答える彼女の顔は自分まで心を突かれる。
「そうか、やっぱり食べないか?一口でも」
彼女は少し顔を火照らせてコクリと頷いた。俺はお皿を持ち、彼女の前まで持っていき、俺はスプーンを口元まで運び、彼女はそれを受け入れた。
虚心症、それは症例の少ない病気だ。
彼女は頭が良いからそれも分かっているのだろう。彼女は暗い顔をしても絶対に泣かないし弱音を吐かない。それが健気で本当に辛いのだ。
それから少しして、もう夜も更けてきた。そろそろ寝よう。と彼女と共に寝室へと向かう。いつからか彼女がベットに潜り込んできた頃からずっとこの調子だ。
そして仰向けになりおやすみ、と言って明かりを消した。
カフェの窓際、制服姿の彼女が笑っている。
私、高校辞めちゃった
俺の創作活動を応援したい、そう言って彼女は紅茶を啜る。
「は?何言ってんだ、お前――」
思わず声が荒くなる。周囲の視線が刺さる。
「俺のせいで、お前の将来を……!」
大丈夫だよ。だって――
その先が、いつも聞こえない。
怒鳴ったのは、彼女を止めるためだったのか、自分を守るためだったのか。
今となっては分からない。
翌日、突如の不快感に飛び起きた。まただ、またあの夢だ。少し前のあの頃の。思わず拳を血が滲むほど固く握り早くこの不快感を紛らわせようとした。
大丈夫ですか?その聲にはっとした、そうだ、彼女が居たのだ。まただ、またやってしまった。本当にこの臆病は嫌いだ。
「あ、あぁすまない。起こしてしまったようだね」彼女はこちらを寝たまま真剣に見ていた。体を起こそうとする彼女を補助して俺と共にリビングへと向かう。
あまり気分がいいとは言えない、テレビをつける。やはりあのニュースだ、と思っても場所が違う。本当に治安がひどいのか、それとも平和ボケしていたのか。
ニュースキャスターが今日もハキハキと台本を読み上げる。今度は中年の夫婦が襲われたそうだ、犯人は逃走中らしい。
はぁとため息を吐き捨てていつも通り濃いめの珈琲を注ぐ。フィルターに豆を入れて沸騰させたお湯をかけてドリップをする。珈琲の独特な匂いが安心感と期待感をはらませる。
そうだデリバリーをしよう。最近はインターネットの普及とネットサービスの多様化によりこの高価な板一枚でほとんどの事ができる。2人分を頼んだ、彼女の好みは良く喋る彼女からいつも教わっていた。
少ししてインターホンが鳴る。
彼女は少しだけ肩を揺らして、また申し訳なさそうな顔をした。
私、出なくていいですよね。そう答える彼女に期待されていたであろう言葉を返す。
「ああ、寒いしな」
玄関を開けると、若い配達員が紙袋を差し出した。
「ありがとうございます。こちら、二点入ってます」
なれない手つきで袋を受け取る。
「なんですか、あれ」
驚愕の声をあげた配達員の指す先には彼女が居た。だがその質問に応えようとは思えなかった、それに配達員は今、あれと言ったのだ、彼女を。それだけで敵視するには十分だった。
怒気の孕んだ声で受け取ってドアを閉めるまで、数秒しかかからなかった。少し口調が強かっただろうか、いや彼女の病気はあまり人様に言えるものでもない。
テーブルに袋を置くと、彼女はいつもの位置に座っていた。
だが、少し違うのは。机に倒れ込んでいた。魂の抜けた人形のように。俺は袋を落として急いで駆け寄った。大丈夫か!?何度か肩を揺さぶると彼女はようやく気づいたようにこちらを見た。
これが虚心症の怖いところだ、最悪の場合呼吸まで忘れるのだ。だから一人で外出などできなかった。
「大丈夫か?やっぱり、ご飯はいらないか?」
「はい。すいません」
昨日と、同じ言い方だった。
昼前俺達は談笑しつつテレビを見ていた。だが突然、インターホンが鳴った。今日は特に誰か用があったようには思えない。
いつも通り玄関に向かいドアを開ける。
「こんにちは、警察です。少しいいですか?」
俺は驚きのあまり飛び跳ねそうになる。感情を抑え冷静に答える「あぁ、はい。どうかしたんですか?」
「えぇ、少しお部屋を拝見させていただきたく。最近は物騒でしょう?ここの近くにもあったもので」
そういう警察官は玄関へと入ってこようとする。少しばかりのイライラを抑えて言う「すいません、リビングは彼女が居るので出来れば早めにしてくれると嬉しいです」
鍛え上げた営業スマイルで出迎える。警察官は最近の事件について軽い質問をしてそこからは談笑に移った。どうやら彼も自分と同じ苦労者のようだ。
まず寝室を見せて洗面台、物置を見せた。その頃にはもう喫煙所で会った知らない同僚並には仲を深めたいた。
だが、リビングに近づいた瞬間に警察官は立ち止まった。
「これは、一体、どう、いう」
警察官はガッチガチに固まっており視線が彼女へ向いていた。俺は慣れたように言った「あぁ、彼女です。虚心症といって常に一緒に暮らしているんです」そういい終わる前には警察官は口を抑え、玄関へと走っていった。どうやら終わったようだ。
「今日は騒がしくてすまないね」
彼女は何も喋らない。どうやら機嫌を損ねたようだ。少しして今度は多くの足音が聞こえドアを強く叩かれる。
今度はなんだ。そう思い玄関へと向かう、何度も強く叩かれるからこちらも少しばかり怒りが湧いてくる。
そしてドアを開けた瞬間、5人ほどの警察官が入ってきた。内2人は奥へ、1人は自分を外へ誘導する。でも自分はできる限り彼女から離れたくはなかった。なんとか交渉して室内で話を聞くことになった。もう2人の警察官は無線に向かって何かを忙しなく話している。
「署までご同行を、」
そう言う男の手には手錠が有った。自分は冗談じゃないと思った、彼女をおいて出かけるだなんて。
その時だった、奥から彼女が誘拐されていくのは。間違いない、そう思った。最近の誘拐事件が頭に登った、強盗殺人事件だ。
男は何か言っていたがそれを思い切り押しのけ、2人の彼女を誘拐するクソどもにタックルする。彼女が床に倒れ、男どもはテーブルの方にぶつかった。俺は止まらなかった、止まるわけにはいかなかった、彼女を守る使命を果たすため。
今度は誘拐犯を殴りつけ後ろから追ってきた共謀者にも花瓶を投げつける。そして、急いで台所へ行き。
包丁を握った。
誘拐犯どもはもうシラを切るつもりは無いらしい、完全に戦闘態勢に入っている。誘拐犯の一人が黒いなにかを取り出す。動くな!などと安っぽい言葉で脅してくるが、そんなものには動じない。雄叫びを上げて男に包丁を突き立てる。
もう一本を相手の首めがけ投げる。見事とはいかないが腕に刺さりうめき声を上げる。突き立てた包丁から血が流れ出る。それを抜き出し誘拐犯と共謀者に向ける。やつはそのまま逃げ去った。
もう一度包丁を突き立てて、引き抜いた瞬間床の色が変わった。その一部が彼女を朱く染める。
急いで彼女に駆け寄り体を立てた。
とりあえず彼女を寝室へと丁寧に移動させた。そして、誘拐犯の腰から伸びた黒いものを凝視する、拾い上げてそれがテッポウだと分かった。想像以上に敵は壮大なようだ。
それと同時に焦りの感情が出てきた、もしかすると戻ってくるかもしれない。そうすると自分はともかく、彼女も失うかもしれない。
それは、それだけは嫌だ。その瞬間、考えが一つ浮かんだ。あるじゃないか、失わずして居られる方法が。
何故もっと早く気づかなかったのだろうか。思わず笑みが溢れる。俺は手に持ったそれを眺め、寝室にはいった。
彼女はベットの上で寝転がっていた。ようやく辿り着いた、そんな気がした。これでいい。これが一番、彼女を守れる方法だ。
彼女はどこか遠くの方を見ていて顔と四肢が全て別方向を向いている。目は若干上を向いていて口は少しひらいている。
俺はベットに乗り最愛の彼女を抱き寄せて首を確認してから言った。
拝啓、いつまでも変わらない君へ、
「いただきます」
拝啓、いつまでも変わらない君へ。 虚光 螢火 @Massan_dayo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます