召喚聖女様はお犬様でした

恵ノ島すず

召喚聖女様はお犬様でした

『この度の聖女様は、いったいどんな方でしょうね?』


 そんな侍女の問いかけは、ほんの雑談のつもりだったのだろう。

 けれど聖女という存在に思うところのあった私は、それはもう淑女らしからぬ勢いでまくしたてずにはいられなかったのだ。


『それはもう当然、心優しく美しく聡明な方でしょう。……でもそれだけじゃ足りないわ。血統だって確かでないと。五代くらいはしっかりと遡れるような生まれでなくてはあの方には相応しくないわ』


 だって、私を差し置いてあのお方の隣に立つのだから。


『年齢だってできるだけ若くて……といっても若すぎても困るわね。一年か二年も待てば結婚できるような年頃がちょうど良いかしら。ああでも、親が恋しいと泣くような方ではいけないわ! 若くともしっかりと自立していなきゃ』


 それは私と同じようにという意味だったのだけれども、こんな迂遠な表現をしなければ良かったと、今は後悔している。

 神様やそういった超常の存在がそれを聞いて叶えてしまうという可能性を考慮し、私は言葉には気を付けるべきだったのだ。


『そうそう、いつだかに継ぐはずだった家に帰せと騒いだ方がいたはずよ。だから、上に優秀なきょうだいが多くて後継者にはなり得ないような方が良いのでしょうね。あちらの世界への未練やその元が少なく、この世界に早くになじみ、そうしてあの方をしっかり支えていただかなくては』


 つまりは私よりも悪い条件が一つでもあるならば、そこを攻撃してやろう。

 そんな私の隠した本音を察した侍女は、あきれたようにため息を吐く。


『お嬢様、それは要するに、聖女様がどんな方だろうと気に食わないという事ですね? どこかしらに文句をつけていびってやろうとしておられますね?』


 私はその問いかけに、否定を返せたのだったかどうだったか。

 その会話を交わしてからちょうど一週間の後、聖女召喚の儀式の場にて。

 私は侍女とのやりとりと今の疑問に思いをはせていた。


 低い可能性ではあるが聖女様が男性であった場合にはその世話役となる者という立場で、私はこの場に立ち会っている。

 王家にはちょうど良い年頃条件の女性がおらず、公爵令嬢である私にその役目が回ってきた形だ。

 異なる世界から呼び出された青少年を懐柔するには……、違ったわ。『孤独をお慰めしその心に寄り添い支える』には、異性が適任だろうというのが国の考えらしい。


 しかし、この場合の世話役というのは私とあのお方……、王太子殿下のどちらがふさわしいのだろうか?


 聖女様は確かに美しく、心優しく聡明かどうかはわからないが、いかにも善良そうで中々賢そうな顔立ちをされている。人に寄り添いともに暮らすことが、きっとすごく得意だろうなと思う。

 見たところ一年も待てば結婚できる年頃で、親が恋しいと泣くような方ではなさそうだ。

 おそらく先に生まれたきょうだいも多く、きっと五代くらいはしっかりと遡れる血統のお生まれなのだろう。


 ただ一点私が想像もしていなかった欠点……いえこれを欠点呼ばわりするのは人間の傲慢ね。こちらの都合からすると、とても困る特徴があったのだ。

 故に、聖女様の世話係の候補筆頭であった王太子殿下も、第二候補であった私も、どちらがその任にふさわしいのかわからず、動けずにいる。

 というか、おそらくこの場の誰も彼もがどうしたら良いのかわからず何もできず何も言えずの状態となり、不自然に天井を見つめていたりする。

 それもすべて、たった一つの聖女様の特徴のためだ。


「わふ!」


 あらかわいらしいお声。

 まだ子犬らしい少し高いトーンで発されたそれは、聖女様のお口から出た物だ。


 そう、つまりは、聖女様は……犬だったのである。

 全体としては白い毛並みなのだが、大きくて垂れたお耳の先はわずかに茶色い。

 栗に似た色味の鼻はつやつやと輝き、焦げ茶色の大きな瞳はキラキラとこちらを見上げている。

 子犬のように見えるが足取りはしっかりとしているので、生まれてからそれなりには経っているのだろう。小さな種類の成犬という可能性もあるだろうか。


 そんな非常にかわいらしいお犬様だったのである。



 ――――



 この世界には、魔法という物が存在している。

 野生の獣の中にはそれを使いこなす凶悪な存在もいて、それは魔獣と呼ばれていた。

 魔獣への対抗として、あるいは生活をする上で、私たち人間も魔法を使いこなしている。

 この国では特にその力が強い一族が貴族となったりもしているが、まあそれはおいておいて。


 神様曰く、この魔法というのはただ便利なだけの力ではないのだそうだ。

 魔法が使われた後には残滓が残り、それが空気を淀ませ水を濁らせ世界の生き物が暮らしていける環境を徐々に破壊してしまうのだそうだ。


 ならば魔法の使用を制限すべきという話ではあるのだが、そうとしたところでこの世界には魔獣がいる。

 獣に法は通じない。

 人が我慢したところで、魔獣は好き勝手に魔法を使いどんどん世界を壊していくし人が殺されないためにはこちらも魔法を使わずにはいられない。


 では、どうすれば良いのか。

 それも神様は同時に教えてくれたのだそうだ。

 魔法のない世界から救世主となる聖女を呼び降ろし、この世界を浄化してもらえば良いと。


 世界の各地に神様が創られたという石碑があり、その石碑は魔法の残滓を吸収してくれているらしい。

 そしてその吸収できる限界を迎える頃には、異世界からの清らかな乙女の祈りによって石碑の力を取り戻させる必要があるのだそうだ。

 この異世界からの清らかな乙女こそが、聖女様なのである。


 聖【女】とはいうものの。

 初代は確かに少女だったのだが、何代かに一度男性、というか少年であった事もあったらしい。

 とはいえ、皆例外なく思春期かつ善良な性格の大変素直な方々であったために、いつしか各国の上層部で、聖女様への対応はマニュアル化された。


 すなわち。

 見目麗しく高貴な異性にちやほやさせておけば良かろう。と。


 そうされて悪い気分になる者はそういないだろうし、歴代の聖女様にはそれが通用してしまった。

 この世界のために大きな働きをしてくださる方で、神様より使命を与えられた尊きお方でもある。

 その血統を一族に迎えるのはやぶさかでないという高貴側の覚悟と打算もあって、すっかりこれが定着してしまったのである。


 聖女召喚はちょうど一五〇年に一度、召喚の儀式とその後の聖女様のサポートは各国が持ち回りで行う事になっている。

 この度は我が国がその番であったがために、私や王太子殿下、それといくつかの帰属家の子女は婚約者を定める事も許されず聖女様が望まれた場合には応えられるようにしていた。

 そんな風にして、何十年とは言わないが確実に十何年かはかけて準備された聖女召喚の結果が、こうであったがために。


「おいどういう事だ!」

「キャウッ!?」

「儀式に不備があったのではないか!?」

「この犬……、いいえ、このお方こそが聖女様で間違いありません! あれほどくすんでいた【石碑】が白くなっているのがその証拠です!」

「そんなバカな話があるかっ!」

「きゅーん……」

「ええい、召喚の儀式をもう一度行え!」

「儀式は二度行えるものではありません!」

「犬など認められるかっ!」

「きゅう……くぅ……きゅふーん……」

「聖女様を愚弄されるおつもりか!? このお方こそは神殿における最上位、王族よりも尊きお方であられる!」


 阿鼻叫喚だ。

『この場の誰も彼もがどうしたら良いのかわからず何もできず何も言えずの状態』から脱した場は、騒然としてしまっている。

 まあ、そうだろうな。


 諸外国はこれまで素晴らしい聖女様を迎え、世界の浄化を完遂させ、ついでに物語のようなラブロマンスも同時進行させて聖女様を自分らの血統に取り込むことに成功してきたのだ。

 それが、我が国に降り立たれた聖女様は犬であるとは、計算違いも計算違い。怒号も飛び交おうというものである。

 とはいえ。


 先ほどから、怒号の合間合間にこちらの胸を締め付けるような悲壮な声が聞こえているのだ。

 なれば、『孤独をお慰めしその心に寄り添い支える』任務を生まれた直後から背負わされ育ってきた私は、黙っているわけにはいかない。

 とはいえ、ここで私も彼ら以上の怒号を発しては、ますます鳴き声の主を怯えさせてしまうだろう。


 だから私は召喚の魔法陣の中心で縮こまり、しっぽを丸めガタガタと震えていた聖女様に駆け寄り、その前に膝をついた。

 ドレスが汚れるだろうが、かまうものか。


「聖女様、私はレティシアと申します。あなた様のお名前は……、あったかもしれませんが知る手段がございませんので、聖女様と呼ばせていただきますね。ここはいささか騒がしいので、聖女様のために用意されている部屋に移動いたしましょう。つきましては、御身を抱き上げさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 言葉が通じているかはわからない。

 召喚の魔法には聖女様にこちらの国の言葉を母語レベルまで覚え込ませる式も重ねてあるはずなのだが、彼女……? 彼……? ええと、この子が人の言葉を元の国だろうとどこまで理解していたのか理解できるのかは怪しいので。

 けれど膝をつき両腕を広げとしたことで、きっと意図が伝わったのだろう。

 聖女様は怯えた様子のまま慌てたようにシャカシャカと床を蹴り、よじ登るようにして私の胸に飛び込んできた。


「ああ、おかわいそうに。こんなに震えてしまって……」


 怯え切った表情、軽くて私の腕にすっぽりと収まってしまう小さな体躯、しっかりとあたたかな体温。

 その全てが可愛くて愛しくてたまらない。

 震えが少しでも静まるようそっとその背を撫でつつしっかりと聖女様を抱え込み、私は立ちあがった。


 うーん、わんちゃんのにおい。

 くさい程ではないのだが、はっきりと人間とは違うにおいがしている。

 今後も聖女様のお世話をさせていただけるなら、私もにおいのつよいような物は避けるべきだろうなぁ。

 撫でる度にふわりとかおるそれに想いを馳せながらも、私は怒号飛び交う空間からそろりそろりと歩みを進めた。


「レティシア嬢、僕も聖女様に同行させてくれ」


 チラリと私の腕の中の聖女様を見つつ、王太子殿下が私の右隣に並ぶ。


「あら王太子殿下、あちらの話し合いには参加されなくてよろしいので? 国王陛下はあちらで議論を交わされているようですが」

「あれは話し合いや議論というより、罵倒とよく言って激論だろう。あれに僕が混ざったところで建設的な結論がでるとは……。まあ、とにかく良いさ。世話係の僕らは、聖女様に寄り添う事が使命だから」


 私の指摘に、殿下はあちらに一度やった視線をあきれたように戻して前を向いた。

 私も、ふうとため息を吐かずにはいられない。


「世話係、それもどうなるのでしょうねぇ。予定では私か殿下のどちらかという話でしたが……。殿下は、犬……、失礼、こういった方の扱いには慣れておられますか?」

「母が猫派で、だから僕も、触れたことがあるのは猫だけだね。レティシア嬢の家には多いのだっけ?」

「ええ。番犬になる血統の犬を繁殖させておりまして、他家へ融通したりもしておりますわ。領地には子犬も多くおります」

「それは頼もしいな。……思うに、聖女様の正体は隠す方向で動く事になると思うのだよね。父らであれなのだから、大衆もどれほど混乱するか……」


 はああ、と、私の先ほどのそれよりも重く長い溜息を、殿下は吐き出した。

 ぴこん、とひらめいた私は、内心の動揺を精一杯隠しながら提案をする。


「では、聖女様の影武者のような人物を立てるべきでしょう。影武者役は聖女様がお力を行使するサポートを……、ちょうど私が今しているように聖女様を抱える形で行うのがよろしいかと。そのお役目、私に任せてはいただけませんか?」

「レティシア嬢はそういった方の扱いに慣れていて、事情を把握している。聖女様も今の様子を見るに、君の腕の中で落ち着いているようだ。確かに、君が適任かもしてないな。歴代の聖女は女性がほとんどであったし。ただそうなると、表向きの世話係という栄誉は、僕の物になってしまうだろうけれど」

「かまいませんわ。聖女様に選ばれなかった私は神殿の奥に詰めて祈っているとでもしておけば良いでしょう。……私は、聖女様とともにいられて、お役に立てるのであれば、それで」


 そう言って聖女様を撫でれば、腕の中のこの子は嬉し気に目を細め、私の指先をぺろりと舐め上げた。王太子殿下からも、関心したような「ほう」という吐息が聞こえた。

 今言ったのは嘘なので、罪悪感が刺激される。

 少しもそんな風には思っていないというような完全な嘘だというわけではないが、それだけではないという意味で嘘だ。


『ともにいられて、お役に立てるのであれば』これは聖女様はもちろんの事、王太子殿下にもかかっている。

 聖女様が人間の女性であれば殿下と結婚をし、人間の男性であれば私と結婚した可能性が高い。

 というか、そうなれるようにと私たちは育てられてきた。

 けれど、実際出現された聖女様が、これほど愛らしいお方であったのだ。

 であるからには、絶望の中で殺した殿下への恋心が息を吹き返すのは、当然の事で。

 愛する殿下に表向きの世話係となってもらって、私は影の世話係兼影武者となって、そうして二人で聖女様をお支えし、共に旅をし、……もしかしたら殿下と親しくなれるかも、なんて、夢を見たい。


『神様やそういった超常の存在がそれを聞いて叶えてしまうという可能性を考慮し、私は言葉には気を付けるべきだった』なんて一度は後悔してみたものの、無茶を言うだけ言ってみて良かったなと今は思っている。

 私を諦めさせてくれる程の完璧な淑女は、出てこなかった。

 そんな無茶な条件をすべて満たせる人間なんざいるわけないだろとばかりに、この度の聖女様は犬であったのだ。

 言うだけ言ってみるものである。


 ありがとうございます神様。あなた様の使徒である聖女様に、誠心誠意お仕えさせていただきます。

 あの方と私ではない誰かが結婚ししあわせになるところを見るくらいなら、私があの方ではない殿方に嫁ぐくらいなら、死んでしまいたいくらいの絶望だったのです。

 やすやすと死にたいわけではありませんが、大恩ある聖女様のためならば、命を懸けると誓いましょう。


 そう一心不乱に祈りながらなでなでもふもふと聖女様をこね回していれば、この腕の中の愛らしい生き物はぷすぅーと満足げな鼻息を吐き、くたりとリラックスした様子を見せるのであった。

 ううむ、かわいい。やはりこの命に代えてもお守りせねば。

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