純愛成分は必要な分だけで良い…だけど初めては、お前じゃ無理だ

火猫

第1話 笑うギャルと、壊れた夜


 正直に言えば、田舎への転校なんて最悪だと思っていた。


 家庭の事情、それは便利な言葉だ。


 それ以上の説明を求められず、されず…すべてを飲み込ませるにはちょうどいい。


 葉風涼は、教室の後ろの席に座りながら、窓の外を見ていた。


 低い建物。 

 広すぎる空。

 電車の本数も少なかった。


 …終わったな。


 そう思った、はずだった。


「ねえねえ、転校生くん?」


 声をかけられ、振り向く。

 そこにいたのは、明るい茶髪をポニーテールにした女子だった。


「葉風涼、だよね? 私、相沢菜月! よろしく!」


 確かに自己紹介はした。

 だが、距離が近い。


 都会なら警戒するところだが、周囲の男子の視線を見る限り、彼女はこのクラスでは…“こういう存在”らしい。


 笑顔。

 人懐っこさ。

 隙のないギャル。

 期待させる距離感。


「ああ、よろしく」


 短く返すと、菜月は一瞬だけきょとんとした顔をした。


「あれ? 思ったより静か系?」


「そうでもないぞ」


「へぇ〜。まあいっか!」


 深く考えていない様子で、彼女はくるりと前を向いた。

 その背中を見ながら、涼は思った。


 …悪くない。


 むしろ、期待していた以上だ、と。


 それは田舎だから、と言う事では無い。

 案外擦れてない自分に驚いたからだった。


     *


 違和感に気づいたのは、昼休みだった。


 菜月がスマホを見た瞬間。

 ほんの一秒、彼女の表情が落ちた。


 笑顔が消え、目が泳ぎ、指先がわずかに震える。

 すぐに画面を伏せ、何事もなかったように笑い直す。


「どした?」


 友人らしき女子が聞くと。


「んー? なんでもなーい」


 明るい声。

 完璧な取り繕い。


 だが――涼は、それを見逃さなかった。


 あれは、“それ”慣れている人間の顔だった。


     *


 放課後、教室がざわついた。


「ねえ、聞いた?」

「柳瀬がさ……」

「刺されたって」


 断片的な言葉が飛び交う。


「女生徒に刺されて、意識不明の重体らしい」


 誰かが、そう言った瞬間。

 空気が一段階、冷えた。


 菜月は何も言わなかった。

 ただ、俯いていた。


 涼はその横顔を見て、確信する。


 …彼女は、関係者だ。


     *


 その夜。

 眠れずにスマホを眺めていた涼は、偶然辿り着いてしまった。


 匿名アカウント。

 消されかけの投稿。

 そして――動画。


 映っていたのは、昼間、隣で笑っていた相沢菜月だった。

 その乱れた姿と行為は、刺激が強すぎて。


 頭が、真っ白になった。


 内容よりも、コメント欄の言葉よりも。


 それが「公開されていた」という事実が、涼の思考を壊した。


 保存数。

 拡散数。

 冷笑と欲望。


 吐き気がした…最悪だ。


     *


 翌朝。


「おはよー、葉風!」


 菜月にとっては、いつも通りの笑顔。

 何も知らない、と言う作られた顔。


 知っていて、笑っている顔だと深層心理に根付く勢いだ。


(逆に尊敬するわ)

 涼は、目を逸らした。


 もう、分かった。


 ここでは、恋愛は――地雷だ。

田舎だと思って舐めていた…いや、逆に田舎だから他にする事無いのか?


 邪推が邪推を呼ぶ、スパイラルだ。


 必要以上に近づかない…それが一番。


「……おはよう」


 それ以上、何も言わなかった。


 それが、葉風涼が選んだ、最初の距離だった。

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