転生ガチャでSSRを引き当てた俺、彼女の毒舌に耐えながら異世界を斬り拓く

御厨あると

1 邂逅、あるいは最強の不純物

 人生はクソゲーだ――なんて使い古されたフレーズを口にするつもりはない。ただ俺の人生は圧倒的に運のパラメータが欠如していた。

 修学旅行のバスは俺が乗った瞬間パンクしたし、楽しみにしていた購買の焼きそばパンは俺の前で売り切れた。俺の人生は常にハズレくじを引き続ける福引のようなものだった。


 だから死んで異世界転生することになった時、目の前の女神が「一つだけ望みの能力を授けましょう」と言ったのに対し、俺が取った行動は必然だったと言える。


「すべての初期ステータス、それから今後の成長ポイント、全部没収していいです」


 俺は真っ白な空間で胡散臭いほど輝く女神に言い放った。


「その代わり俺の全存在を賭けた『一回きりのガチャ』を引かせてください。排出率は――この世界で最高レアリティの存在が出る確率百分の一くらいでいいので!」


 この世界では条件を充たす度にガチャを引くことができるらしく、仲間を増やしながら冒険していくという説明を受けたのだ。せっかく新しい世界に転生したのだから、初詣のおみくじみたいなことがしたい。


 女神は引きつった笑顔で「正気ですか?」と聞いたが俺は頷いた。どうせ凡人として異世界を探検してもスライムに消化されて終わるだけだ。だったら最初で最後の運試しにすべてを賭ける。


「いいんだよ、一度終わってしまった人生――最後くらいは夢があってもいいじゃないか?」


 ガチャを行う場合は専用の仮想ディスプレイが出現し、そこにある多数のハンドルのどれかを回せばいいらしい。最初に仲間になる奴は果たして希望に合う人物なのだろうか?


 特に意識もせず一つのハンドルを回した。

 信じられないくらいの虹色の閃光が瞬く。


 ついに――俺は引いた。視界を埋め尽くす目が眩むような虹色の光。脳汁が沸騰するようなファンファーレ。あ、これ勝ったわ。俺のクソみたいな人生――ここで逆転サヨナラ満塁ホームランだ。なんてな。


 光が収束し目の前に「それ」が現れた。


 息を飲むとはこのことだろう。月光を糸にして紡いだような流麗な銀髪。深淵を覗き込むような、冷たくも鮮烈な紅の瞳。身に纏うのは機能美と幻想美が奇跡的なバランスで融合した純白の軽鎧。そして腰には身長ほどもある長大な魔剣が佩かれていた。


 間違いなく最高レアリティの存在――圧倒的な美と武の暴力がそこに立っていた。


 俺は感動のあまり震える声で第一声を発しようとした。しかしそれより早く、彼女の形の良い唇が動いた。


「――ちっ!」


 え?  今、すごく嫌そうな舌打ちが聞こえたんだけど空耳かな?


 彼女はゴミを見るような、いや、ゴミ以前の燃えるゴミの日に出し忘れた生ゴミを見るような目で俺を見下ろし冷徹な声で言った。


「……信じられませんわ。最強の剣士たるこの私が――よもやこのようなエラー物質に召喚されるとは今日の星回りは最悪です。いえ、星が死滅していると言っても過言ではありません」


 はい? エラー物質? 俺のこと?


「あ、あの、初めまして。俺はカイト。君のマスターに――」


 ひゅんという風切り音すら置き去りにする速度だった。瞬きする間もなく俺の喉元に氷のように冷たい魔剣の切っ先が突きつけられていた。肌を斬ってはいない。しかしあと数ミリでも動けば俺の頸動脈は物理法則に従って鮮血を噴き上げるだろう。


 彼女の紅い瞳が至近距離から俺を射抜く。美しい。だが、あまりにも怖い。


「訂正しなさい。あなたが私のマスターなのではありません。私があなたの無意味な人生を終わらせないために一時的に顕現して差し上げたのです。その認識を誤れば――あなたの首は胴体との接続契約を解除されることになります」

「りょ、了解しました」


 転生した直後に人生終わらせたくないからな。あと俺の運は転生後も最悪だということがよくわかった。


「よろしい。物分かりの良い無能は嫌いではありませんが、物分かりが悪い無能な存在は、視界に入れるだけで角膜が腐りそうになりますからね」


 彼女はふんと鼻を鳴らし、神業のような手首の返しで魔剣を鞘に納めた。カチンという硬質な音が俺の心臓の音よりも大きく響いた。


「我が名はアイリス。剣の理そのものです。はあ、それにしても憂鬱ですわ。あなたのような貧弱な存在と契約するなど、泥水で最高級茶葉を煮出すような冒涜行為です」


 これが俺の全運命を賭けて引き当てた仲間だった。毒舌で理不尽なまでに美しい最強の剣士アイリス――チェンジできないんだろうなあ。




 女神の空間から放り出された俺たちが降り立ったのは見渡す限りの草原だった。遠くに森が見え微かに街道らしきものも確認できる。


 とりあえず移動しようと一歩踏み出した瞬間、俺の貧弱な危機察知能力が警鐘を鳴らした。

 草むらから飛び出してきたのは緑色の肌をした小鬼――ゴブリンだった。しかも五体。それぞれが錆びた剣や棍棒を持っている。


「うわっ、いきなりゴブリン五体?」


 俺は慌てて腰の(女神がチュートリアル用にくれた)銅の剣を抜こうとして手間取った。情けないことに手が震えている。


「アイリス! 頼む、助けてくれ!」

「お断りします」


 即答だった。アイリスは腕を組んで退屈そうに欠伸を噛み殺している。


「は? いや、なんで!」

「勘違いしないで頂戴。私は貴方の人生が終わるのを見守る存在です。あの程度の雑魚に遅れを取るようなら、そもそも生きている価値がありません。酸素の無駄遣いです。とっとと肥料になりなさい」


「いや死ぬって! 俺、戦闘力皆無なんだよ?」

「知っています。あなたのステータスを見ましたが――最弱のスライム以下でしたから。弱者は弱者なりに無様に足掻いて死ぬのが美学というものでしょう?」

「マジで?」


 こんなことなら防御力にステータス全振りしてたらよかった。どうすんのよこれ?


 ゴブリンたちが下卑た笑い声を上げながら迫ってくる。先頭の一体が振り上げた棍棒が俺の頭蓋骨を砕こうと――


 その時だった。


 世界から、音が消えた。いや、俺の知覚が追いつかなかったのである。


 刹那、視界を白銀の閃光が奔った。


 気がつくと五体のゴブリンは存在をこの世から抹消されていた。死体すら残っていない。ただ微細な塵となって風に舞い消えていく。斬られたことすら認識できずに消滅したのだ。


 俺の目の前には――いつの間にか移動していたアイリスが悠然と立っていた。魔剣はすでに鞘に納まっている。抜刀の瞬間すら見えなかった。なにより怖ろしいのは五体の魔物を瞬殺したにも関わらず、純白の鎧にも美しい銀髪にも、返り血一つ埃一つ付着していなかったことだ。


 完璧――そう表現する以外に言葉が見つからなかった。


「ふう」


 俺は腰を抜かして情けなく尻餅をついた。

 アイリスは塵となったゴブリンたちがいた場所を一瞥もしないまま俺の方へと優雅に向き直った。


「ちっ!」


 また舌打ち。本日二回目。

 前世で経験したことのない貴重な体験だ。


「助けて……くれたのか?」

「自惚れないで頂戴。貴方の悲鳴が私の聴覚にとって許しがたい騒音になりそうだったから、音源を排除する前に原因を除去しただけです。それに――」


 アイリスは俺の目の前まで歩み寄ると、屈み込み、その整い過ぎた顔を近づけてきた。冷たい香りが鼻腔をくすぐる。


「もし貴方がここで死ねば私はこの世界の理によって、再びあの退屈な筐体に戻らなければならない。それだけは御免です。私の時間は貴方の命よりも遥かに高貴で貴重なのですからね」


 アイリスの論理はどこまでも自己中心的で、歪んでいて、それでいて妙な説得力があった。要するに「貴方のためじゃない私のためだ」と言いたいらしい。


 俺は震える足で立ち上がると埃を払った。

 確かにアイリスの性格には難がある。いや、難しかない。言葉の刃物で俺の心を滅多刺しにしてくる。だが――俺は自分自身の運に初めて感謝した。


 この圧倒的な強さ。この美しさ。これこそが俺の求めていた仲間だ。性格が捻くれているくらい気にすることじゃない。


「ありがとう、アイリス。おかげで助かったよ。やっぱり君は最高の剣士だ」


 俺が精一杯の感謝を伝えると、アイリスは一瞬だけきょとんとし、それから心底嫌そうに眉を顰めた。


「貴方……もしかしてMなのですか? 私の罵倒を聞いて――なぜそのような気色悪い笑みを浮かべることができるのです? 理解に苦しみます。あなたの思考回路は腐った果実の内部のように複雑怪奇ですね」


「いや、褒めてるんだけど?」

「褒め言葉? どうやら貴方の言語中枢は壊滅的な損傷を受けているみたいですね。一度、頭部を切断して中身を確認した方がいいのではありませんか?」


「頭の中身を確認してる時点で俺死んでるからね? 女神から不死身の能力とかもらってないからね?」

「馬鹿ね、冗談よ」


 アイリスはそう吐き捨てると、純白の外套を翻し歩き出した。


「ついてきなさい、エラー物質。私の視界が貴方の背中で汚されるのは我慢なりません。私の三歩後ろを影のように歩くことを許可します。ただし影が本体に話しかけるような生意気は慎むように」


 俺は苦笑しながら凛とした背中を追いかけた。前途多難なんてレベルじゃない。魔物よりも先に味方の口撃で精神が死ぬかもしれない。


 だけど、まあいい。俺の人生は一度終わり、新しく始まったのだから。

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転生ガチャでSSRを引き当てた俺、彼女の毒舌に耐えながら異世界を斬り拓く 御厨あると @mac_0099

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