仮面ライダーですが、今日は犬が変身します
たかつど
仮面ライダーですが、今日は犬が変身します
姉の一周忌だというのに、仏壇の前は完全にパーティー会場だった。
ケーキ三段。
オオムラサキ柄の風船が天井付近で揺れている。
クラッカーは生分解性素材製で、パッケージには「環境に優しい!」というシールが誇らしげに貼られていた。
姉のこだわりである。
線香の代わりにアロマキャンドルが焚かれ、供花は姉の好きだったヒマワリで統一されている。
「……これで本当にいいのかな」
私は仏壇の遺影を見上げる。
そこには、世界を救って死んだ初代仮面ライダー・オオムラサキ。
そして私の姉が、腕組みして不敵に笑っていた。
まるで「どう? 私カッコいいでしょ?」と言わんばかりの表情だ。
写真を選ぶとき、姉は生前「私が死んだら、一番キメ顔の写真を使いなさい」と指定していた。
遺影にまでこだわる人だった。
『泣くな。祝え。私が勝った日なんだから』
それが姉の遺言だった。
最終決戦の直前、姉は私にそう言い残した。
当時は意味が分からなかったが、今となっては姉らしいと思う。
自己評価が異常に高く、演出にこだわり、「祝われる自分」が大好きだった人だ。
葬式のときも「泣くな」という遺言に従って、参列者全員が拍手で見送るという前代未聞の式になった。
「はいはい、祝ってますよ。盛大に」
私は線香に火をつけながら呟く。
足元では、飼い猫のミケが仏壇の前で丸くなって寝息を立てており、飼い犬のゴンがきちんとお座りして姉の遺影を見つめている。
ゴンは姉が生前から可愛がっていた柴犬で、妙に礼儀正しい。
散歩のときも信号を守るし、他の犬に会うと頭を下げる。
ミケは私が拾った野良猫で、妙に自由だ。
ゴンが水を飲もうとすると横取りするくせに、寝るときだけゴンにくっついて寝る。
この時は、まさか数分後に人生が三等分されるとは思っていなかった。
警報が鳴ったのは、私がケーキのロウソクに火をつけようとした瞬間だった。
「《ネクロピリカ》出現。オオムラサキ保護区に侵入!」
スマホの緊急アラートが鳴り響く。
画面には、黒い戦闘服を着た怪人たちが蝶を捕まえようとしている映像が映っていた。
《ネクロピリカ》は絶滅危惧種であるオオムラサキの力を利用して、死者を蘇らせる「復活の儀」を企んでいる悪の組織だ。
姉が最後に倒したはずだったが、組織は完全には壊滅していなかったらしい。
「今日に限って!?」
私はベルトを掴む。
姉から受け継いだ蝶型変身装置。
銀色に輝く美しいデザインで、中央には本物のオオムラサキの羽がモチーフとして埋め込まれている。
姉の最後の戦いで少し傷ついているが、それでも十分に機能する。
「変身!」
ベルトを腰に装着し、レバーを引く。
その瞬間、光が弾け世界が、ひっくり返った。
いや、正確には「ひっくり返った」という表現では足りない。
世界が洗濯機の中に放り込まれて高速回転させられたような感覚だった。
視界が歪み、身体が引き伸ばされ、意識が三つに分裂していく。
耳の奥で姉の笑い声が聞こえた気がした。
そして。
目を開けた瞬間、私は気づいた。
視界が低い。
異常に低い。
床が近い。
声が出ない。
四足歩行。
尻尾がある。
耳が頭の上にある。
ヒゲがある。
「……にゃ?」
出てきた声は、完全に猫のそれだった。
パニックになりながら、私は近くの鏡に映る自分を見る。
三毛猫だった。
ミケの身体だった。
私の意識が、ミケの身体に入っていた。
ふわふわの毛並み、ピンク色の肉球、くるくる動く瞳。
可愛い。
でも私じゃない。
「にゃにゃにゃにゃにゃ!?(嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!?)」
必死に叫ぶが、出てくるのは可愛らしい鳴き声だけだ。
パニックになる私をよそに、視界の端で、私の身体がすっと立ち上がる。
その動きは優雅で、無駄がなく、まるで茶道の師範のようだった。
中に入っているのは、ゴン。
犬。
彼は自分の手をじっと見つめ、指を一本ずつ動かして確認する。
次に足の裏を見て、靴下が左右揃っているか確認する。
そして鏡で自分の顔を確認し、髪が乱れていないかチェックする。
完璧主義か。
そして仏壇に向かって、深々と頭を下げた。
「ご挨拶が遅れました。本日もよろしくお願いいたします」
完璧な礼儀。
発音も明瞭。
敬語も完璧。
しかも声は私の声なのに、口調がまるで執事のようだ。
私は思わず叫ぶ。
「にゃー!? にゃにゃー!?(ゴン!? 喋れるの!?)」
一方、犬の身体に入ったミケは、日向を見つけてその場で寝転んだ。
四足の柴犬の身体で、見事に丸くなる。
尻尾を丸めて、鼻を隠して、完璧な猫姿勢。
「……ワンー(気持ちいい)」
自由すぎる。
何も困ってない。
むしろ満足そう。
私は必死に訴える。
「にゃー! にゃにゃー!! にゃにゃにゃー!!!(それ私の身体ー!!! 返してー!!! というか何この状況!?!?)」
ゴン(私の身体)は私を見て、優しく微笑んだ。
「落ち着いてください。パニックは事態を悪化させます」
そして床に置かれていた私のスマホを拾い上げ、メモアプリを開いた。
タイピングも完璧だ。
私より早い。
「まず状況を整理しましょう。①私(ゴン)が人間の身体。②あなた(飼い主さん)が猫の身体。③ミケさんが犬の身体。魂のシャッフルが発生したと考えられます。原因は恐らく変身装置の異常反応。解決策を探すべきですが、まず目の前の脅威に対処する必要があります」
冷静すぎる。というか、犬の時より賢くなってないか? 人間の脳を使うとこんなに頭が良くなるのか、ゴン。
外で爆発音がした。
窓の外を見ると、《ネクロピリカ》の戦闘員たちが押し寄せてくる。
黒いボディスーツに蝶の羽をモチーフにした装甲を着た、悪の組織の下っ端たちだ。
手には捕虫網を持っている。保護区のフェンスを破壊し、オオムラサキの群生地に向かっている。
「オオムラサキを確保しろ!」
「一周忌の今日こそ、復活の儀を完成させる!」
「死者を蘇らせるには、蝶の命が必要だ!」
私の身体、つまり中身が犬のゴンが、静かに立ち上がった。
床に落ちていた変身ベルトを拾い上げ、丁寧に埃を払ってから腰に装着する。
ベルトのバックルを磨き、傷がないか確認し、機能チェックまで行う。
「落ち着いて対処しましょう」
そして、レバーを引いた。
「変身」
光が弾け、蝶が舞う。
仮面ライダー・オオムラサキへの変身シークエンスが始まる。
銀色の装甲が身体を包み、背中から青紫色の翼が展開される。
マスクには複眼が輝き、胸部には蝶の紋章が浮かび上がる。
……なのに。
変身後のゴンライダーは、いきなり市民に向かって深々とお辞儀をした。
「ご安心ください。必ず安全を確保いたします。まず避難誘導から始めますので、落ち着いて私の指示に従ってください。お年寄りやお子様を優先します。ペット連れの方は、こちらのルートをご利用ください」
そして戦闘員たちに向かっても、丁寧に頭を下げる。
「申し訳ございませんが、こちらの保護区への侵入はお控えいただけますでしょうか。オオムラサキは絶滅危惧種であり、法律で保護されております」
戦闘員たち、困惑。
「……え?」
「なんか今日のライダー、礼儀正しくないか?」
「怒鳴られると思ったのに謝られた」
「しかも法律の話してる」
ゴンライダーは市民を安全な場所まで誘導し、壊れた花壇を見つけると「こちら、後で修復いたします」とメモを取った。
そして戦闘員たちと対峙すると、名刺を差し出した。
「仮面ライダー・オオムラサキ(二代目・代理)と申します。本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
「いや、俺たち悪の組織なんだけど……」
「承知しております。ですが、命を奪い合う必要はないと考えます。まず話し合いましょう。お茶でもいかがですか?」
私は猫のまま、頭を抱える。
「にゃー……(違うの……中身犬なの……というか名刺いつ作ったの……)」
ゴンライダーの判断は早かった。
「今日は大切な日です。初代ライダーの命日であり、命を祝う日でもあります。無駄な流血は避けましょう。そして――」
ゴンライダーは空を見上げた。
オオムラサキが美しく舞っている。
「この美しい蝶たちを、争いの道具にしてはいけません」
そして驚くべきことに、《ネクロピリカ》の戦闘員たちと交渉を始めた。
「あなた方の目的は、オオムラサキの力を利用した復活の儀、ですね?」
「そ、そうだが……」
「では提案があります。オオムラサキを傷つけず、かつあなた方の組織も存続できる方法です」
ゴンライダーはスマホを取り出し、何やら操作を始めた。
連絡先リストを開き、次々と電話をかけていく。
オオムラサキ保護団体、市役所、地元マスコミ、環境省、さらには近隣の小学校まで。
そして数分後。
オオムラサキ保護団体の代表、市役所の職員、地元テレビ局のカメラマン、新聞記者、そして遠足中だった小学生たちまで一斉に集合した。
「本日、初代仮面ライダー・オオムラサキの一周忌を記念し、《オオムラサキ祝祭》を開催いたします!」
ゴンライダーの宣言に、集まった人々が拍手する。
「え……ちょ……」
戸惑う戦闘員たちに、ゴンライダーは優しく語りかけた。
「あなた方には、祭りの警備をお願いします。オオムラサキを守る側に回っていただければ、社会復帰への第一歩になるかと。時給は一般的な警備員と同額、交通費支給、昼食付きです」
「俺たち、悪の組織なんだが……」
「過去は問いません。大切なのは、これからです。それに――」
ゴンライダーは戦闘員の一人の肩に手を置いた。
「あなた方も、本当は蝶が好きなんでしょう? 組織の名前、《ネクロピリカ》。ネクロは死、ピリカはアイヌ語で美しい。美しい死、つまり蝶の変態を意味している。蝶を愛する心があるからこそ、その名を選んだのでは?」
戦闘員たち、動揺。
「な……なんで知ってるんだ……」
「組織設立時の議事録、ネットに残ってましたよ」
結果。
《オオムラサキ祝祭》は大成功。
保護区には家族連れが訪れ、子供たちが蝶と戯れる。《ネクロピリカ》の戦闘員たちは、なぜか警備員として配置され、迷子の案内や花壇の手入れをしていた。
中には子供たちに蝶の生態を解説する者まで現れた。
「……なんか、これはこれで悪くないな」
「ボーナス出るらしいぞ」
「マジで? 悪の組織、初めてじゃない?」
「しかも社会保険完備だって」
「福利厚生が悪より充実してる」
私(猫)は会場の隅で、この状況を呆然と眺めていた。
「にゃー……(私の一周忌イベント、乗っ取られてる……)」
そこにミケ(犬の身体)が寄ってきて、私の頭を舐めた。
「ワンー(元気出して)」
慰められてる。
猫に。
しかも犬の身体で。
祝祭が最高潮に達したとき、それは起きた。
空が輝き、無数のオオムラサキが舞い降りる。
美しい青紫色の翼が、夕日を反射してきらめく。
まるで天から降ってくる宝石のようだ。
そして蝶の群れの中から、一人の女性が姿を現した。
姉だ。
腕組み、ドヤ顔、自信満々の笑顔。
生前と全く同じ表情で、霊体となった姉が宙に浮いていた。
しかも衣装が変身前の戦闘スーツ。
演出にこだわっている。
「ちょっと何これ最高じゃない」
第一声がそれである。
さすが姉だ。
姉は会場を見回し、満足そうに頷く。
「いいわね。泣いてる人、一人もいない。みんな笑ってる。これよこれ。私が望んでた光景。っていうか、私の葬式より盛り上がってない? 嬉しい」
そして私(猫)に視線を向ける。
「あんた、そこの三毛猫」
「にゃー(姉ちゃん!? 見えてるの!?)」
「見えてるわよ。っていうか、この状況を仕組んだの私だし」
衝撃の告白。
「にゃにゃにゃ!?(え!? これ姉ちゃんの仕業!?)」
姉は笑いながら続けた。
「見なさい。あんた、力に頼りすぎだったのよ。変身して、敵を倒して、それで終わり。でもね、ヒーローってそれだけじゃないの。命を守るってことは、優しくあるってこと。理解するってこと。手を差し伸べるってこと」
姉はゴンライダーを指差す。
「あの子を見なさい。犬の魂が入ってるだけで、こんなに優しくて、こんなに気が利いて、こんなに命を大切にしてる。生き物を守るって、こういうことでしょ?」
ゴンライダーは、迷子の子供を親元に届け、お年寄りに席を譲り、《ネクロピリカ》の戦闘員に「お疲れ様です」と冷たいお茶を差し入れしていた。
さらには保護区の蝶たちに「本日は安全を確保いたしました」と報告までしている。
蝶に。
「……にゃー(確かに……私、戦うことしか考えてなかった……)」
姉は私の頭をぽんぽんと撫でた。霊体なのに温かい。
「あんたは強いわよ。でも優しさを忘れてた。だから最後に、こういう形で教えることにしたの。変身装置に仕掛けを入れておいたのよ。一周忌の日に発動するようにね」
「にゃー……(姉ちゃん……計画的犯行じゃん……)」
「それに――」
姉は悪戯っぽく笑った。
「こういう演出、最高に面白いじゃない。一周忌で魂シャッフルとか、私の葬式より盛り上がってるし。ほら、マスコミも来てるわよ。明日の新聞一面確定ね」
やっぱり姉だ。
自己評価が高い。
演出にこだわる。
でも、それが姉らしい。そして、
「妹の成長を見られて、私、満足」
姉は本当に嬉しそうに笑った。
姉の霊が消えると同時に、魂は元に戻った。
光が包み込み、世界が再び回転する。
今度は優しい光で、まるで姉に抱きしめられているような温もりがあった。
そして気づくと、私は自分の身体に戻っていた。
ゴンとミケも元通り、何事もなかった顔でそこにいた。
「……はぁ」
私は大きく息を吐く。自分の身体で息ができる幸せを噛み締めた。
自分の手、自分の足、自分の声。
当たり前のことが、こんなにありがたい。
ゴンが尻尾を振りながら寄ってきて、私の手を舐める。
ミケは相変わらず日向で丸くなっている。
でも、どこか満足そうだ。
祝祭は成功だった。
《ネクロピリカ》は、幹部会議の結果「環境保護部門を設立する」と発表し、オオムラサキ保護団体と業務提携を結んだ。
元戦闘員たちは、保護区の管理スタッフとして雇用され、「悪の組織より給料いい」「有給休暇がある」「上司が怒鳴らない」と喜んでいた。
組織の幹部も「実は環境破壊の罰金で常に赤字だったんだ」と本音を漏らし、「これで経営が安定する」と安堵していた。
夜、私は仏壇の前で手を合わせる。
ケーキは全部食べられ、風船は子供たちに配られ、クラッカーは綺麗に回収されて堆肥化された。
「……姉ちゃん」
遺影の姉は、相変わらず勝ち誇った顔で笑っていた。
『ほら、私がいなくても世界回ってるでしょ?』
姉の声が聞こえた気がした。
「うん。でも、姉ちゃんのおかげだよ」
私は微笑む。
ゴンが隣で尻尾を振り、ミケがあくびをする。
仮面ライダー・オオムラサキ。
二代目は今日も、命を守り続ける。
力だけじゃなく、優しさも一緒に。戦うだけじゃなく、理解することも。
倒すだけじゃなく、救うことも。
そして来年の一周忌、いや、《オオムラサキ祝祭》も、きっと盛大に祝うだろう。
今度は魂、入れ替わらないでほしいけど。
エピローグ
翌朝。
私が目を覚ますと、ゴンが朝食を作っていた。
……いや、待って。
「ゴン?」
柴犬が、二足歩行でフライパンを振っている。
エプロンまで着けている。
「おはようございます。本日はオムレツをご用意いたしました。野菜も添えております」
「……え?」
私は自分の身体を確認する。
人間だ。
間違いなく人間だ。
でもゴンが!
「にゃー(まだ戻ってないんだけど)」
ミケ(私の身体)が、ソファでくつろぎながら呟いた。
――完全には、戻ってなかった。
私は天井を見上げる。
「姉ちゃん……これ、どうすればいいの……?」
どこからか、姉の笑い声が聞こえた気がした。
【完】
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《ネクロピリカ》幹部会議・議事録(抜粋)
日時: 祝祭翌日
議題: ライダーに礼儀正しくされて方向性を見失った件
出席者: 幹部A、幹部B、幹部C、元戦闘員代表
議事内容:
幹部A:「ライダーに名刺をもらったんだが」
幹部B:「お茶を出されたんだが」
幹部C:「時給をもらったんだが」
元戦闘員代表:「……悪の組織、やめていいですか?」
結論: 環境NPO化を正式決定
本音: 「俺たち、悪向いてないのでは?」
次回会議: オオムラサキ保護の予算について
備考: 会議後、全員で蝶の観察会を実施
追記: 初代ライダーの遺影に、全員で黙祷を捧げた。
幹部A、泣いた。
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