短編集 退屈なある男の日常

三旨加泉

退屈なある男の日常

 自分はどちらかというとマメな方だと思う。

 きちんと会社に行って仕事をし、いらぬ叱責や残業を振られながら、帰ったらご飯を食べて風呂に入り、寝る。

 毎日同じことの繰り返しだ。それでも自分は飽きずに変わり映えのしない毎日を過ごせている自負があった。

 世の中にはそんな毎日が嫌になり、精神を病んで人生の敗者になる奴もたくさんいるんだ。自分だったらそんな奴らの仲間入りをするようなことはしない。例え他人から見たらつまらない人生であっても。


 男の自信には理由があった。

 それは大好きな漫画家が毎日投稿するマンガ作品を読むことだった。最近ではアマチュアやインディーズの漫画家がマンガを自由に投稿できるサイトがあり、そこに投稿される一つの作品に男は大層惚れ込んでいた。

 続きの気になる展開や愛嬌のある絵柄。印象に残るキャラクターのセリフ。

 マメが取り柄でしかない男にとってそれは魅力的なものに見えた。

 輝いている。そう男は思った。

 応援してやりたい、と心の底から思った。

 

 マンガはよく読むが、このマンガはどこか浮世離れをしている。そう、よくある世間のイメージから逸脱している、と言ったところだろうか。

 そこらへんの本屋で売られている、大衆受けを狙って売れる為だけに考えられたマンガとは違い、攻めたストーリーや世界観だった。

 そう!自分はこんな作品と出会いたかったんだ!!


 毎日が退屈していた男にとって、それは吉報のようなものだった。

 しかし、現実とは厳しいもので、そのマンガ作品に感想のコメントをしているのは自分以外誰もいなかった。

 閲覧数も少なく、それはまるでなぜか人混みの中に絶世の美女がいるのに、誰もその美しさに振り向きもしないで通り過ぎていくようだった。男は自分の好きな女性のタイプを否定されているようで虫唾が走った。

 

 そうして悲劇が起きた。マンガの投稿が途絶えたのだ。男は嘆いた。かかってくる電話にも出る気力が無い程に男は凹んだ。


 こんな未来ある天才を潰すなんて、どんな世の中だ!これは冒涜だ!


 怒った男は更新されないマンガのページを見ないよう、視線を少し上に向けた。

 すると、サイトの上部に表示されている一つの文字が彼の目に入った。


「クリエイター応援システム?」


 どうやらクリエイターに投げ銭をして作家のモチベーションを上げたり、支援することができるというものだった。

 金額を見てみると大きいものから小さいものまで様々な金額が表示されていた。

 男は迷わず一番大きい金額をタップした。


 お前はここで終わるような奴じゃない!


 すると、毎日確認していたマンガのページに続きが表示されていた。そして驚いたことにいつも送っている男の感想コメントに作者本人から返信がきていたのだ!


ーいつも読んでくださりありがとうございます。どこまで描けるか分かりませんが、もう少し続けてみようと思います。


 男は大いに喜んだ。感無量だった。

 自分の行いに一人の天才を救ったのだと男は実感した。


 それからというもの、マンガの続きが投稿される度に投げ銭をするのが彼のルーティンになった。

 勢いに乗った男は、投稿サイトのコメント欄だけでは飽き足らず、いかにこのマンガ作品が凄いか、SNSでもたくさんの感想コメントを発信するようになった。

 するとなんということか、それは誰かの目に留まり、また他の誰かの目に留まり、それを繰り返した結果、大勢の人たちがこの男の言っているマンガ作品とはいかに凄いものなのだろうかと興味をそそられ始めたのだ。

 瞬く間に男が崇拝しているマンガ作品は大勢の人混みからあっさり見つけ出されたのであった。

 発信していた男の元を離れ、一つの作品が一人歩きする様を俯瞰していた男は誇らしさと優越感に酔いしれていた。


 有名になるまでSNS発信にずっと付きっきりなものだったから少しSNSからは離れよう。

 そう、時には休みも大事だ。マンガが有名になったからか、自分のところにもたくさんDMがきていたが、そんなことより自分の身体を労わるのも必要だろう。あれから自分がしたマンガの感想コメントにも作者自身からの返信は来なくなった。きっと多くの感想が来るようになって自分の感想は目に留まらなくなったのだろう。少し寂しいな。


 すっかり男だけでなくマンガ作品自体にも活気づいたところへ更に嬉しいニュースが男の目に飛び込んできた。

 

 連載決定。


 その一つの文字に男は思わずベッドから飛び上がった。


 やった!やったぞ!

 ついに自分の審美眼に狂いはなかった事を社会に証明できたんだ!!


 男は嬉しくて嬉しくて、まるで自分のことのように思わずその場で泣いてしまった。

 自分が認められたかのような気分だった。まるで誰もが振り返るいい女を抱いたかのような達成感があった。

 

 

 それからというもの、男はあんなに確認していたマンガの更新ページを見るのをやめた。

 たまにあの作品がアニメ化されたりグッズ化されたりと、作品名が自分の目に入る時にふっと口角が少し上がる程度で、作品の続きを読むことは次第に減っていった。


 マンガ作品の布教に注ぎ込んでいた時間がなくなった為、男はまた味気ない毎日を過ごしていた。男はすっかりマメな男に戻っていたのだ。

 今まではマンガの続きを今か今かと確認しながら男はアパートのエントランスを通っていたが、今日は視界がスマホの画面ではなく、ちゃんとエントランスの中だった。久々に覗いた集合郵便受けから、男はぞんざいに投函されている物を取り出した。


 部屋に帰った男は投函されていた物をそこら辺の床に乱雑に置いた。投函されていた物たちは少し滑り、綺麗にまるで扇子のように広がった。

 いつもだったら繰り返しあのマンガ作品を読み返しながらコンビニ弁当を食べているのだが、今日は何日ぶりかのテレビを点けた。内容はなんてことない、ただのローカル番組だった。いつも面白味もないギャグが挟むご当地スポットやグルメを紹介している。男は店内のBGMでも聴いてるかのように弁当に乗っている唐揚げを一口で頬張った。


「まさか先生がこの地方出身だとは思いませんでしたよぉ。こんな有名な漫画家さんがこの地方から出てくれた事を光栄に思います!」


 テレビからローカル番組でしか見たことがない男のリポーターのしゃがれた声が聞こえてきた。横には然程綺麗でもない、所謂普通の女が立っていた。テレビに出るからか今時誰でも着てそうなワンピースを不格好に着ていた。


「ありがとうございます。でも、私も初めは描いた漫画を評価されることはほとんど無くて、途方に暮れちゃって。一度描くことを辞めた事がある程でした。」


 リポーターはわざとらしく驚いた表情で言った。

「えー!そうなんですか!?今では若者たちに熱狂的な人気を誇ってる作品じゃないですか!」


 女は少し苦笑気味に話した。

「それでも、誰にも見つからなければそのまま埋もれてしまうのだと思います。きっと、そんな作品はこの世にたくさんあるんだと思います。」


 リポーターは大きく相槌を打つように頷きながら聞き返した。

「厳しい世界ですねぇ。でもどうして一度辞めたのにまた描き始めたんですか?何かきっかけがあったんですよね?」


 女はリポーターの言葉に頷いた。

「はい。投稿していたマンガサイトに応援してくれるコメントが書かれてあったり、クリエイター応援システムでお金が入っていたんです。」


 男が顔を見上げた。


「はぁ〜今はそんなシステムがあるんですねぇ」

「はい。嬉しかったんです。誰かが私の作品を好きだと言ってくれる事。お金を出す程の価値があると言ってもらえてるようで。とても励みになりました。」


 男は初めて右上に表示されてあるテロップを見た。

 そこには、男がいつも読んでいた漫画家の名前が表示されていた。

 男はすぐさま画面を食い入りに見た。


 あのマンガの作者だったのか!こんなテレビに出るようになって、出世したものだなぁとしみじみ男は思った。


 男はそれまでばったり思い出さなかった今までの善行が走馬灯のように蘇った。男はまた優越感に浸ると、とっとと弁当を食べ終え再びスマホを取り出した。またあのマンガ作品のページを開き、勢い良く一番大きい金額のボタンをタップした。




 男が消し忘れたテレビから音が聞こえる。


「普段はどんな生活をされてるんですか?」

 リポーターのインタビューの話題はすっかりマンガのことを離れていた。

「今は親戚とその子どもと一緒に暮らしていて、彼女が仕事に出掛けている時は私がお子さんの面倒を見ながらマンガを描いているんです。」


「へー、それはまた大変ですね。」とリポーターは大袈裟に感心していた。

「子どもは可愛いですし、一緒にいるとアイディアも不思議と浮かんでくるです。」

 女は少しはにかんで言った。


「なるほど!Win-Winの関係性ってやつですねぇ!でもどうして親戚の方と一緒に暮らすことになったんですか?何か理由でも?」

 

「はい。離婚してシングルマザーになった親戚が、旦那さんから養育費を踏み倒されちゃって生活が困窮してたんです。なので、少しでも力になりたくて、一緒に暮らして支え合おう!って話になったんです。」

 

「なるほど!金銭的にも精神的にも共に支え合う!大事なことですよね〜」



 テレビの雑音が鬱陶しくなったのか男はスマホを見ながらテレビの電源を切った。

 男は投函されていた物の上を通ってベッドに入って横になった。

 電気が消えた状態で見るスマホの明かりは、その空間の中でたった一つの明かりとなった。


 遠くから射す明かりでうっすらと投函されていた物が照らし出された。

 そこには、ぼんやりと公正証書の文字が浮き上がっていた。

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2026年1月20日 18:00

短編集 退屈なある男の日常 三旨加泉 @minunekasen

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