手で聞く翼ーー飛行機を送り出す整備士
葉山 宗次郎
第1話 ジャパンエアカップの朝
「今日もいい天気だ」
仮設格納庫の前で黒川颯太は、青空を見てつぶやいた。
一片の曇りもない中を、一機の飛行機が低空を、レシプロのエンジン音を響かせて猛スピードで駆け抜けていく様子を、ずっと見ていた。
飛行機は海の上に並んだ多数の高い三角形のコーンを回り込み、飛んでいく。
今日はジャパン・エアカップの開催日だった。
かつて行われていたエアレースを復活させるべく動いた人々が、ようやく叶えた日である。
颯太もその一員として来ていた。
全長数キロのコースには複数のコーンが並び、操縦士たちはコーンに当たらないように時速三〇〇キロ近い速度で旋回して最短を競う。
コーンは風船なので機体への被害はないが、触れれば失格。
一瞬も気を緩めることが出来ない。
故に素晴らしいテクニック、コーンに触れるか触れないか、機体を上下左右に激しく動かし飛んで行く姿が目の前で見られる。
観客は眼前でコーンすれすれを翼を翻して旋回する姿に息を呑み、空を駆け抜ける姿に見とれる最高のショーだ。
もっとも、整備士である颯太の受け持ち機はレース機ではなかった。
レースの合間に行われるデモ用の飛行機、展示飛行を行う機体の整備だ。
だが、レース機でなくとも胸が熱くなる機体だ。
「飛燕の様子はどうだ?」
ラグビーボールを伸ばしたようなスマートな胴体に、楕円の翼が付いた白銀の機体、自分の受け持ち機を見た。
旧帝国陸軍制式戦闘機、三式戦闘機・飛燕。
一五〇〇馬力の水冷エンジン「熱田」を搭載した高性能な戦闘機だ。
これを元となる機体から、颯太は部品を一つずつ一から作り、飛べるようにした。
「惚れ惚れするような機体だな」
父親が持っていた仮想戦記の漫画に描かれていた機体を見た颯太は、中学から航空整備専門の高等学校へ進学した。
卒業後は民間の航空会社に就職。
整備部門で腕を磨いた後、レース機の整備士に転職。
携わった機体を優勝へ導いた。
初優勝した機体が返ってきたときのエンジン音と、着陸後の整備で触ったエンジンの熱さは、今でも忘れていない。
以来、航空整備のエキスパートとして世界を回り、名の知れた颯太にとって、エアレースも、是非にと頼み込まれて参加した飛燕の復元作業も、関われて嬉しいことだった。
颯太は右翼に近づき、エルロンを掴んで上下させる。
「少し重い。翼根元の滑車を調整してみてくれ」
「分かりました」
部下は疑うことなく調べ始める。
エルロンを同じように動かした後、言われたとおり滑車にグリスを入れ、テンションを調整して、再び動かす。
「軽くなりました」
機体がよくなったことと、見抜いた颯太の腕への尊敬で、自然と明るい返事になった。
「点検を続けてくれ。展示飛行まで油断するな」
「了解」
「異常が見つかってよかった」
颯太は子供の頃から機械いじりが好きで、機械や物に対して敏感だった。
部品がどのように動くか、どんな力がかかっているかを手で触れて感じ、頭で想像できる。
力の動きが手を伝って、仮想現実のように見えるのだ。
それが、颯太を若いながらも最高の整備士として名を知らしめた理由だった。
「エンジン点検! エンジン回します!」
「エンジン始動!」
熱田エンジンが動き出した。
相変わらず軽快に動いてくれる。
だが、どうしてもおかしな音が聞こえた。
颯太は近づいてエンジンを触って確かめてみるが、よく分からない。
奥の方で変な動きをしている気がするが、確信が持てない。
「もうすぐ飛行なんだが」
分解整備したら飛行時間に間に合わない。
だが、飛燕の飛行はこのレースの目玉でもある。
初めての機体のため、戸惑いを異常だと思っている可能性もある。
颯太は判断しかねた。
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