その「ざまぁ」、未払いだ即刻徴収|異世界ハック・レポート
葛石
第1話 【婚約破棄】「真実の愛」で逃げた新婦へ。君の婚約指輪、ビンゴの景品にしといたから
「ねえ、ごめん。私、やっぱりタカシくんとは結婚できない」
純白のウェディングドレスを身に纏った美咲は、式の開始わずか十分前、控室でそう言い放った。
理由は、学生時代の元カレが「迎えに来た」から。
まるで恋愛映画のヒロインのような顔をして、彼女は式場を飛び出していった。
残された僕は、呆然とする親族と、支払いが確定した三百万の請求書、そして静まり返るチャペルの前に一人。
(……)
背筋を、冷たい風が撫でた気がした。
普通なら、ここで絶望して泣き崩れる。
でも、僕は違った。
僕は冷静にマイクを手に取り、披露宴会場のステージに立った。
「えー、本日はお集まりいただいた皆様、誠に申し訳ございません。新婦が『真実の愛』とやらに目覚めて失踪いたしました」
会場が騒然となる。僕は構わず続けた。
「つきましては、本日の結婚披露宴は中止……ではなく、『俺の独立記念パーティー』に変更します! 料理は最高級、酒は飲み放題。三百万はもう払ってあります。祝儀はいりません。ただ、僕の新しい門出を祝って、みんなでこの豪華な飯を食い尽くしてください!」
一瞬の静寂の後、友人席から「最高かよ!」という野太い声が上がった。
悲劇の結婚式は、一転して狂乱の宴になった。
僕は誰よりも笑い、誰よりも酒を飲んだ。
(……見事な損切りだ。そして感情の減価償却を待たず、一瞬で負債を利益(パーティー)へ反転させたか)
三時間後。パーティーの終盤、僕のスマホに美咲から着信があった。
スピーカーにして出ると、泣き声が聞こえてきた。
「……タカシくん、助けて。彼、ギャンブルで作った借金があって、私のご祝儀を当てにしてたみたいで。逃げ出したら今度は、変な男に捕まって……」
「ヒャハハァッ! 思惑通りに行かせるかってんだよぉ!!」
会場の全員が、その声を黙って聞いている。
「ねえ、お願い。三百万、なんとかして。私、やっぱりタカシくんが一番だって気付いたの!」
僕は一口、冷えたシャンパンを飲み干してから、マイクをスマホに近づけた。
「美咲、おめでとう。君が探していた『真実の愛』って、たった三百万で揺らぐものだったんだね。……あ、言い忘れてたけど、君が置いていった婚約指輪、さっき二次会のビンゴ大会の景品に出しちゃった。当たったのは僕の大学の同期の独身男。彼は今、すごく幸せそうだよ」
「え……?」
「じゃあね。二度と掛け直してこないで。警察への通報は、その『真実の愛』にやってもらいなよ」
僕は通話を切り、スマホをシャンパンタワーのグラスの中に沈めた。
割れんばかりの拍手と歓声が、チャペルを揺らした。
―― 完 ――
私は「行間」からチャペルを眺めていた。
文字と文字の隙間、改行の裏側に潜む観測者。それが私の定位置だ。
(……見事な償却だ。タカシ、君という『資産』は、今この瞬間をもって価値を全うした。物語から切り離され、これ以上この安い舞台で搾取されることもない。……さて、ここからは私(徴収官)の決算時間だ)
深いため息を一つ。私は物語の「表側」へと侵入する。
歓声は伸びきった磁気テープのように歪み、招待客の笑顔は剥製のように固定された。
ここは静止した世界。エピソードのデッドエンド。
(……相変わらず、整合性を犠牲にして、よくもこれだけのカタルシスを前借りできたものだ)
私は、シャンパンタワーの底に沈み、誰にも描写されなくなったスマホ――「未定義」となった残骸に手を伸ばす。
このログは私が回収する。物語が消費され、忘却の彼方へ監査落ちする前に。
(さて、この過剰なカタルシスのツケ……。利息を乗せて、計算(はじ)かせてもらおうか)
指を鳴らす。虚空から、領収書が吐き出され始めた。
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■事案
披露宴における不当な契約破棄
■直接損害(経済的損失)
披露宴挙行費用(既払金): 3,240,000円
婚約指輪(資産価値の毀損): 650,000円
新居解約および什器処分費用: 880,000円
■間接損害(精神的・社会的損失)
不当破棄に伴う慰謝料(悪質性を加味): 3,000,000円
■論理的欠落(ロジカル・デフィシット / 物語への賦課金)
「元カレが式直前に現れる」確率操作手数料: 2,500,000円
「逃走から3時間で借金が発覚して更に逃亡」確率操作手数料: 4,000,000円
「シャンパンタワーにスマホ」による環境汚染・清掃費用: 50,000円
■必要経費
0円
■合計
未払い債務 14,320,000円
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