「君の音に追いつきたくて」
かーき
第1話
春の風は少し冷たくて、でもどこか甘い匂いがした。
藤宮彩葉は、真新しいセーラー服の袖をそっとつまんだ。
布はまだ硬くて、身体に馴染んでいない。
(今日から、中学生……)
胸の奥がきゅっと縮む。
期待よりも、不安のほうが大きかった。
校門の前には、同じように緊張した顔の新入生が集まっている。
彩葉はその中に混ざり、昇降口へ向かった。
クラス分けの紙の前には人だかりができていた。
彩葉は少し離れたところから、そっと自分の名前を探す。
「……1年2組」
声に出すと、少しだけ実感が湧いた。
教室に入ると、知らない顔ばかり。
でも、後ろのほうに見覚えのある子がいた。
小学校で同じクラスだった、ゆなだ。
特別仲が良かったわけじゃない。
でも、話したことはある。
“知ってる人がいる”というだけで、胸の緊張が少しゆるむ。
ゆなが気づいて、小さく手を振った。
「……あ、彩葉じゃん」
「……うん。おはよ」
声が思ったより小さくて、自分でも驚く。
ゆなは気にした様子もなく、隣の席をぽんぽんと叩いた。
「ここ座りなよ。なんかさ、知らない人ばっかで落ち着かん」
「……うん」
座った瞬間、変な沈黙が落ちる。
話したいことはあるのに、言葉が出てこない。
こういうとき、いつもタイミングを逃す。
ゆなが先に口を開いた。
「制服、なんか……まだ硬いね」
「……うん。なんか……肩こる」
「わかる〜」
また沈黙。
でも、さっきよりは少しだけ楽な沈黙。
ゆなが机に突っ伏しながら言った。
「中学ってさ……なんか、怖くない?」
「……うん。めっちゃ怖い」
「だよね。なんか、みんな大人っぽいし」
「……わかる」
会話は続かない。
でも、続かなくてもいい。
“知ってる子と隣にいる”だけで、彩葉の心は少し落ち着いていた。
入学式が終わり、教室での説明もひと段落したころ。
彩葉は帰り道、校内をゆっくり歩いていた。
そのときだった。
ドン……
ドン……。
低く響く音が、体育館のほうから聞こえてきた。
胸の奥まで届くような、まっすぐな音。
(……太鼓?)
思わず足が止まる。
まだ正式な部活動は始まっていないはずなのに、
その音は確かにそこにあった。
体育館の扉は少しだけ開いていて、
中から光がこぼれている。
彩葉はしばらく立ち止まり、耳を澄ませた。
音はすぐに止んでしまったけれど、
胸の奥にだけは残っていた。
(……なんだろう、この感じ)
まだ何も知らない。
でも、きっと私は——あの音に近づいていく。
彩葉は、静かに息を吸った。
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