『檻の中の王女は魔王の城で自由を知る。国を救うための生贄はもうやめました。私、今日から魔王の嫁(仮)として働きます!』

@aidanomo

第1話 檻の中の王女、運命を呪う

豪華なドレス、宝石を散りばめた冠。

 鏡の中に映る私は、誰がどう見ても「幸福な姫君」だった。

 けれど、その瞳に宿る絶望までは、誰も見ようとはしない。

​(……ああ、またこの季節が来てしまった)

​ 今日は百年に一度の『鎮魂祭』。

 この国の平和を守るため、伝説の『暴君魔王バベル』の封印を更新する儀式の日。

 そして私、王女マリアにとっては――。

​「マリア、まだ支度が終わらないのか? ったく、女はこれだから困る」

​ ノックもなしに部屋に入ってきたのは、勇者の血を引く公爵嫡男、ミドルだった。

 私の婚約者。そして、私を「便利な道具」としか思っていない男。

​「……ミドル様。せめて入室の際は合図をいただけますか」

​「はっ、夫婦になる仲だろう? それより早くしろ。お前が儀式を全うしなければ、俺が魔王をぶち殺す手間が増えるんだ。伝説の勇者の末裔であるこの俺に、そんな無駄な時間を使わせるなよ」

​ ミドルは鏡越しに私を見ることさえせず、腰の聖剣を自慢げに撫でた。

​ この国の掟は絶対だ。

 王女は勇者と結婚し、魔王の封印を守り続ける。

 そこに、私の意志や感情が入る隙間なんて一ミリもありはしない。

​「……お飾りの妻、そして封印を維持するための生贄。それが私の人生なのね」

​「何か言ったか?」

​「いいえ。……準備は整いましたわ」

​ 私は作り物の微笑を浮かべ、彼の手を取った。

 冷たい手。そこに愛なんて欠片もない。

​     *

​ 祭りに沸く王都の喧騒を離れ、私たちは北の果てにある『封印の祭壇』へと向かっていた。

 周囲を護衛の騎士たちが囲んでいるが、これは私を守るためではない。

 私が「逃げ出さないよう」監視するためだ。

​ 見上げる空は、不気味なほど赤く染まっている。

 古文書によれば、伝説の魔王バベルは血も涙もない残虐な暴君で、かつてこの世を地獄に変えたという。

​(……いっそのこと、魔王が目覚めて、この国なんて滅ぼしてしまえばいいのに)

​ 不謹慎な願いが頭をよぎる。

 窮屈なドレス。決められた結婚。

 国民の平和という名目で、私の自由を奪い続けるこの国。

​ 檻の中に閉じ込められているのは、魔王ではなく私の方だ。

​「さあ、着いたぞ。マリア、さっさと儀式を始めろ」

​ ミドルに促され、私は冷たい石の祭壇の前に立った。

 中心には、禍々しい黒い剣が突き立てられている。これこそが、魔王の魂を繋ぎ止めている封印の楔。

​ 私がその剣に触れ、魔力を注ごうとした、その時だった。

​ ――ズズズッ、と。

​ 大地が、鳴いた。

​「な、なんだ!? 地震か!?」

​ ミドルが慌てて剣を抜く。

 しかし、異変は地面だけではなかった。

​ ピキィィィィィィィン!!

​ 鼓膜を突き刺すような高い音が響き、目の前の『黒い剣』に亀裂が入る。

 そこから溢れ出したのは、夜よりも深い、圧倒的な闇の波動。

​「まさか……封印が、破れるのか!? マリア、貴様、何か手加減をしたな!?」

​「私ではありません! これは……!」

​ 突風が吹き荒れ、護衛の騎士たちが次々と吹き飛ばされる。

 ミドルでさえ、その圧力に膝をついた。

​ その闇の中心から、一人の男がゆっくりと姿を現した。

​ 逆立った黒髪。鋭い金色の瞳。

 漆黒の甲冑を纏い、周囲の空気を凍てつかせるほどの殺気を放つ存在。

​ ――伝説の暴君魔王、バベル。

​「……ふん。ようやく目が覚めたか」

​ 男は低く、地響きのような声で呟いた。

 そして、真っ先に私を見据えた。

​ 震える足で、私は逃げ出すこともできず、その瞳を凝視する。

 殺される。

 そう思った次の瞬間、魔王はニヤリと口角を上げた。

​「おい、女。お前、さっき『自分も檻の中だ』とか何とか考えていただろう」

​「え……?」

​「気に入った。絶望している割には、良い目をしている」

​ 魔王は、怯えるミドルを一瞥もせず、私に向かって太い腕を伸ばした。

​「勇者のガキに飼われる人生か、俺に攫われる地獄か。……どっちがマシか、選ばせてやるよ」

​ それは、救いの手なのか、滅びへの誘いなのか。

 けれど、ミドルの背中に隠れて震え続けるよりは、ずっと――。

​ 私は、震える手を伸ばした。

​「……連れて行って。どこでもいい、ここじゃない場所へ」

​「ハッ! いい返事だ!」

​ 魔王の逞しい腕が、私の細い腰を強引に抱き寄せる。

 そのまま、私たちは紅蓮の炎に包まれ、夜空へと舞い上がった。

​ 遠ざかる地上で、ミドルの情けない絶叫が聞こえる。

 それが、私の知る「日常」との決別の合図だった。

​ ……もっとも、この時の私はまだ知らなかった。

 この恐ろしい魔王が、実は極度のコミュ障で、しかも無類のマロンパイ好きだということを。


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