お客様は神さまなんですか?

Y,M

第1話 『説教神、降臨』

第1話「説教神、降臨」


「お客様は神様だろ?」


その日、神様は開口一番そう言ってから、椅子に深く腰を沈めた。

まるで玉座にでも座るかのような動きだったが、実際は少しベタついた木製の椅子だ。背もたれも低い。


――神界、ずいぶん庶民的だな。


華金の夜。

店はほどよく騒がしく、忙しさもピークに差しかかっている。

こういう時間帯に限って、神は降りてくる。


「とりあえず、生で」


神様はメニューを見ない。

見なくてもいいらしい。全知全能だから。


「かしこまりました」


反射で言いながら、内心では一つ確認する。


――全知全能なら、銘柄も分かってますよね?


生ビールを置くと、神様は一口飲み、満足そうに頷いた。

ここまでは、まだ人間寄りだ。


「君さ」


来た。


「接客って、心だよ」


――知ってます。

――だから今、心を無にしているんです。


神様はビールを飲みながら、語り始める。


「俺が若い頃はね、こんな店なかったんだよ」


――時代のせいです。

――あなたの功績ではありません。


「お客さんを大事にしない店は、長く続かない」


そう言って、こちらを見る。

何かを教えてやっている目だ。


「勉強になるだろ?」


――なってます。

――将来、客として来る時は黙ろうと思います。


「はい、ありがとうございます」


頭を下げる。

角度はいつも通り。

感情は一切乗せない。


神様はそれに満足したのか、次の神託を授けてきた。


「でさ、ハイボール濃いめで」


――最初から言ってください。

――神は後出しじゃんけんが多いですね。


ハイボールを作って持っていくと、神様はグラスを見て首を傾げた。


「これ、濃い?」


――信仰心が試されている。


「少し薄く感じられたら、すぐ言ってください」


完璧な接客用テンプレート。

何度も口にしてきた、魂のこもらない言葉。


「いや、いいんだけどさ」


と言いながら、神様は飲み干す。


「でもさ、前はもっと――」


――前は前、今は今です。

――人生も酒も、同じ濃さでは進みません。


説教神は、最終的に必ず自分を正当化する。


「まあ、君はちゃんとしてるよ」


その一言で、すべてが許された気になるらしい。


――評価、ありがとうございます。

――神様認定、更新しませんが。


会計を終え、神様は立ち上がる。


「また来るよ」


――来なくていいです。

――でも、来るんでしょうね。


ドアが閉まる。

神は人間界へ戻っていった。


グラスを下げながら、僕は思う。


神様は、何も悪いことをしていない。

ただ、自分が神だと信じているだけだ。


今日もまた一柱、無事にお帰りいただいた。


―明日は、どんな神が来るんだろう。

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