第2話:精密機械だと思って必死に守ったら、実は対工作員用の「殲滅兵器」でした

休み時間の教室は、昼の光が差し込んで明るく、机の間を行き交う生徒たちの声で賑わっていた。

その中心にいるのは、転入してきたばかりの水鏡映子だった。

艶やかな黒髪をさらりと流し、落ち着いた雰囲気をまとった彼女の周囲には、自然と人だかりができていた。

「年齢は?」

近くの女子が身を乗り出す。

「皆さんと同じ、今年十七歳になる設定です」

映子は穏やかな表情で答えた。

「勉強はできるの? さっきの授業の内容わかったら教えて?」

別の女子がノートを差し出す。

「勉強は、皆さんとの会話に困らない程度にできるように設定されています。先ほどの授業の内容は、幸いわかりました」

そう言うと、映子は黒板の前に立ち、数式を丁寧に説明し始めた。

その姿は、まるで長く教師をしてきた人のように落ち着いていて、生徒たちは感嘆の声を上げる。

午後の体育の時間では、映子はしなやかな動きでバスケットコートを駆け抜け、小柄な体からは想像できないほどの俊敏さで、次々とシュートを決めていった。

「すげえ……」

生徒たちは皆、口を開けたままその姿を見つめる。

日本の技術はここまで進んでいたのかと、誰もが驚いていた。

数日も経たないうちに、映子はクラスの人気者になった。

放課後も、クラスメイトたちと色々な場所へ遊びに行くようになった。


夕方の廊下は、沈む陽の名残が窓に薄い橙色の帯を作っていた。

正義が帰り支度をしていると、男子数人が近づいてきた。

「狭間、今日みんなでカラオケ行くんだけどさ、お前も来いよ」

「え、俺も?」

「当たり前だろ。人数多い方が盛り上がるしな」

正義は少し驚きながらも頷いた。

「じゃあ……行くよ」

その返事を聞いた映子が、すぐそばでぱっと顔を明るくした。

黒髪が揺れ、嬉しさがそのまま表情に出ていた。

「正義さんも行くんですね。よかった……一緒に楽しみましょう」

正義は照れくさく笑った。


カラオケボックスに着くと、店内は薄暗く、壁の照明が色を変えながら揺れていた。

受付を済ませたクラスメイトたちは、部屋の前で正義を振り返る。

「狭間、ちょっと中見て、掃除してこいよ」

「どうしてだ?」

男子が当然のように言う。

「この前カラオケに行った時、映子ちゃんが埃を吸って体調を崩したんだよ。またそうなったら可哀想だろ?」

女子も続ける。

「そうそう。狭間君なら掃除得意だから安心だよね」

正義は腕まくりしながら部屋に入った。

「……よし、任せてくれ」

部屋の中は前の客の名残があり、テーブルに指でなぞれば跡がつく程度の埃があった。

正義は黙々とクリーナーをかけ、テーブルを拭き、窓を少し開けて換気まで済ませた。

外で待っていた男子が手を振る。

「おー、助かった助かった。ありがとう狭間。もう帰っていいぞ」

女子も笑顔で言う。

「そうそう、あとは任せて。映子ちゃんも安心して歌えるよ」

正義はあっさりと頷き、荷物を肩にかけた。


翌日の放課後、教室には掃除用具の音が響いていた。

事の次第を知った友人たちは、怒りを隠さなかった。

「もうこんな風に綺麗に掃除をしてあげるのは、やめてもいいんじゃないか?」

「水鏡さんや他の生徒たちが楽しめるように、いいように使われて、正義は大変なだけじゃないか」

正義はほうきを動かしながら、穏やかに答えた。

「俺自身、水鏡さんに楽しく過ごしてもらいたいと思ってるから、いいんだよ。まだこの学校に来て間もないし、体調を崩してクラスに馴染むタイミングを失くしたら、気の毒だろ」

「ロボットだから、馴染むとか馴染まないとか、気にしないんじゃないか?」

正義は苦笑した。

「どうだろう。姫野さんが言うには、俺は女の子の気持ちがわからない男らしいからな。人間の気持ちがわからないのに、ロボットの気持ちなんてわかるわけがないし……俺が思う最善のことをするよ」

友人たちは顔を見合わせ、ため息をついた。

「お前、割といい奴だよな……」

正義は照れたように笑い、掃除を続けた。


その日の放課後、校門を出ると、街路樹の影が長く伸びていた。

夕暮れの街は、車のライトがちらほらと灯り始め、少し肌寒い風が吹いていた。

正義は、いつものように掃除役としてクラスメイトたちとカラオケボックスへ向かっていた。

映子は制服のスカートを揺らしながら、静かに歩いている。

その横顔は、街灯の光を受けて淡く照らされていた。

道中、前を歩いていた男子が、突然、柄の悪い大男に怒鳴りつけられた。

「おい、ぶつかっておいて謝りもしねえのか」

男子は震えながら後ずさる。

大男の拳が振り下ろされたその瞬間、映子が二人の間に割って入り、拳を細い片手で受け止めた。

周囲が息を呑む。

「なんだ、このガキ!!」

大男は怒りに任せて次々と殴りかかるが、映子はすべてを払いのけた。

その動きは滑らかで、まるで訓練された兵士のようだった。

「精密機械だから、衝撃を与えちゃダメなんだ」

正義は教師の言葉を思い出し、慌てて大男に抱きつき、必死に止めようとした。

「すみません、彼女は繊細な子で……これ以上は勘弁してあげてください」

大男は怒鳴る。

「ふざけんな! ここまでコケにされて終わらせられるかよ!」

正義は震える声で叫んだ。

「気持ちが収まらないなら、この財布の中の、俺の全財産を納めますから! どうか許してあげてください!」

「いくらだ……?」

「千百円ほどは、入っています!」

「その程度で許せるわけねえだろ!!」

「高校生の小遣いなので! これから半月間俺が日中飲み物を買えなくなって苦しむ刑を負います! それで許してください!!」

正義は路上で土下座した。

大男は舌打ちし、正義を蹴ろうと足を上げる。

だが、その脚を映子が素早く掴んだ。

「またお前か……」

正義は叫ぶ。

「水鏡さん、下がって! 俺のことはいいから!」

「正義さん、私のことなら気にしないでください。この程度、問題ありません」

「でも、殴られたりしたら……」

映子は淡々と言った。

「私は国内における他国工作員との戦闘や、彼らの暗殺のために作られたタイプです。一般人に後れを取ることはありませんし、多少殴られても壊れません」

「え……」

その言葉に、大男もクラスの皆も動きを止めた。

映子は大男を見据え、静かに歩き出す。

「この男の処理は任せてください。デートを装って二人きりになり、息の根を止めます。死体は見つかりません。初めての実地訓練ですが、やり遂げて見せます」

大男は青ざめ、クラスメイトたちは凍りついた。

そのとき、巡回中の警察官が駆けつけ、事態は収まった。


翌日の朝、教師はスーツ姿の無表情な男を伴って教室に入ってきた。

「昨日のことは口外しないように。口外した生徒とその家族の将来は、保証できない」

男は自らを内閣府の職員と名乗り、生徒たちに淡々と告げた。

「彼女には特別な任務があり、人間と仲良くなる技術を身に着ける必要がある。これまで通りに接し、高校生としての日常の過ごし方を教えてあげてくれ」

男が去って行った後、昨日までと違って、生徒たちの態度はぎこちなかった。

映子の周囲には、以前のような賑わいはない。

映子は窓の外を見つめ、どこか寂しげだった。

正義はその横顔を見て、席を立った。

「このクラスには伝統的な行事というか、風物詩のようなものがあってな」

映子は首を傾げる。

「風物詩……?」

正義は笑った。

「クラスの女子が俺に告白して、何度騙せるか、どんなリアクションを引き出せるかを楽しむんだ」

映子は目を瞬かせる。

「正義さんは、何度も騙されているんですか?」

「ああ。数え切れないくらいにな。人間は期待した展開になると、あっさりと騙されるんだ。仲良くしたかった転入生が、想像と違って怖い人だったのかもしれないと思って、つい距離を取ってしまっても……怖い人じゃない、面白い人だと伝えられれば、また仲良くしたいと思うはずだ」

正義は肩をすくめた。

「だから、俺にもう一度告白して、何でも言うことを聞く彼氏としてお付き合いに至るにはどうしたらいいか、クラスの女子に相談してみるといい」

映子は不安そうに尋ねる。

「正義さんは、嫌じゃないんですか? 私の利益のために、正義さんを利用することになります」

「たまに傷つくことはあるけど、俺にとってもチャンスだと思ってるから、気にしないでくれ。冗談で告白して付き合うことになって、本当に俺のこと好きになってくれる子がいるかもしれないだろ?」

映子は小さく頷いた。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

映子は女子たちの輪へ向かって歩いていく。

声をかけると、女子たちは一瞬驚いたが、すぐに笑い声を上げ、映子の肩を叩きながらあれこれと助言を始めた。

映子の表情には、再び明るさが戻っていた。

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