アンドロイドの恋は終わらない
オータム
第1話:嘘告白で頼まれて掃除をしていたら、転校生のアンドロイドに告白されました
昼下がりの教室は、春の柔らかな日差しに包まれ、黒板の縁に淡い影を落としていた。
狭間正義(はざま まさよし)は、少し癖のある黒髪を額にかかるままにして、窓際の席でぼんやりと教科書を眺めていた。
どこにでもいそうな外見だが、彼には一つだけ有名な点がある。
小学生の頃の授業で発表した「可愛いお嫁さんと幸せに暮らしたい」という夢が原因で、それからずっと嘘告白の標的にされ続けていることだ。
正義への嘘告白は、同じクラスになったことのある生徒なら誰もが知っていて、いかに正義を納得させて騙すかと、その後の正義のリアクションを楽しむ「伝統芸」になっていた。
そんな正義の前で、教室の扉が勢いよく開いた。
振り向くと、長い栗色の髪を軽やかになびかせた姫野美緒(ひめの みお)が立っていた。
整った顔立ちに、少し強気な瞳。クラス一の美少女として知られる存在だ。
彼女は息を弾ませながら、正義の前に歩み寄る。
「やっぱりあなたのことが好きみたいなの!」
「姫野さん、一か月前の告白の時は、罰ゲームで告白することになったって言ってなかったっけ?」
「それは……確かにそう言ったんだけど……」
教室がざわめいた。
どう挽回するのかと、美緒に期待の視線が注がれる。
「あれは照れ隠しだったの! けど、やっぱり自分の気持ちがわからなくて……もう一度確認したかったの」
「確かに、自分のことでもわからないことはたくさんあるね。確認はできたかな?」
「それが……きっと好きなんだけど、絶対と言い切れなくて。この気持ちに自信を持つために、狭間君に協力してもらいたいの!」
「俺はどうしたらいいんだ?」
「私は掃除が得意な人が好きだから、今週の掃除当番を代わってほしいの!」
教室のあちこちで笑いが漏れたが、正義は真剣な表情で頷いた。
夕方の教室で、男子の掃除当番たちが、正義を囲んでため息をつく。
「あんなの、お前に掃除当番を押し付けるための嘘に決まってるだろ」
「お前への嘘告白イベントは、もう風物詩というか、お前の問いかけに相手がどう答えるかがコントみたいで面白いんだけど、さすがに今回のは笑えない」
「まだ嘘と決まったわけじゃないさ。姫野さん、すごい綺麗好きなのかもしれないだろ」
「仮にそうだとして、自分は掃除せずに男女合同カラオケ大会に行くような女子が好みなのか、お前は」
「好みなんて言えるような身分じゃないからな。将来可愛いお嫁さんと幸せに暮らすために、できることは何でもやるさ」
「お前が不満に思ってないならいいけどよ……」
一通りの掃除を終えて、友人たちが帰り支度をする中、正義は鞄の中から銀色のハンディクリーナーを取り出した。
「狭間、なんだそれ?」
「狭い隙間の埃もスイスイとれる、超強力ハンディクリーナーだ。たまたま家にあったから、昼休みに取りに行った」
「そうじゃなくて、それをどうするんだよ?」
「一味違う掃除をしたら、姫野さんもときめいてくれるかもしれないだろ?」
呆れながらも「頑張れよ」と背中を押して帰っていく友人たち。
正義は一人、教室の隅々までクリーナーを走らせた。
静かな教室に、軽いモーター音だけが響く。
そのとき、教室の入口から、澄んだ声がした。
「この教室だけ空気が綺麗……あなたは掃除のプロですか?」
振り向くと、白い肌に黒髪のストレートが映える少女が立っていた。
細い体つきで、どこか儚げな雰囲気をまとっている。
初めて見る顔だった。
正義はクリーナーを止めて答える。
「このクリーナーが凄いんだよ」
「凄いクリーナーを使って掃除をしてくれるあなたも、十分に凄いです。こういう教室があると、とてもありがたいです」
柔らかな声に、正義は思わず照れてしまう。
少女は軽く会釈し、「また後日」とだけ言って去っていった。
翌朝、昨日の少女が、教師に連れられて教室に入ってくる。
肩までの黒髪が揺れ、静かな気品を漂わせていた。
「水鏡映子(みかがみ えいこ)です。よろしくお願いします」
教師の説明によれば、体の事情で空気の綺麗な教室が必要になり、急遽このクラスに入ることになったらしい。
映子は正義を見つけると、丁寧に頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。こちらの教室を綺麗にしていただいたお陰で、私の体でも負担なく過ごすことができます」
「どうも。喜んでもらえたならよかったです」
映子はまっすぐ正義を見つめた。
「私にはあなたのような人が必要です。あなたに好意を抱いています。私と付き合っていただけますか?」
教室が一瞬でざわめきに包まれた。
「狭間への嘘告白イベントだ」と、二人のやり取りに期待する視線が集まる。
「誰だ、教えたのは?」
「わからないが……ノリのいい子だな。可愛いし、理由もきちんとしてるし、これは狭間もイチコロだろう」
正義は驚きつつ、落ち着いた声で答えた。
「ありがとう。君のような綺麗な子にそう言ってもらえて光栄だ。俺の将来の夢は可愛いお嫁さんと幸せに暮らすことでな。付き合うなら本気の付き合いだけだ。結婚を前提にした付き合いでいいか?」
映子は即答した。
「あ、それは無理です」
「だよなぁ……」
教室中が笑いに包まれた。
姫野が呆れたように言う。
「狭間はホント、女の子の気持ちがわからないわよね。あんたみたいなのに好きだなんて、冗談でしか言えないでしょ」
「姫野さん……そういえば、掃除が得意な人が好きって言ってたけど、どうだろう。俺は割と掃除が得意だと思うんだが」
「ホント、わからない奴よね……。無理に決まってるでしょ」
「そうか」
正義は映子に向き直り、深く頭を下げた。
「君の気持ちを理解しようとせず、俺の想いだけ伝えてしまってすまなかった。こんな男に一生を託すなんて、怖くてできないよな。俺のことは気にせず、楽しくやってくれ。掃除が得意な男に需要があるとわかったから、お付き合いできなくても、君が過ごしやすいように掃除はするよ」
映子は小さく首を振った。
「あ、いえ、一生を託したいのは山々なのですが、私は人類との結婚が許されていないんです」
「は……?」
教師が前に出てきて説明する。
「水鏡さんは国の最新技術で作られたアンドロイドなんだ。機械だから、当然人間とは結婚できない。でも、何かの縁だし、狭間が面倒を見てやってくれ」
「面倒って……?」
「水鏡さんは精密機械だから、呼吸した時に相性のよくない埃が入ると不調をきたすことがある。移動教室の時に気を付けて掃除してあげてくれ。あと、みんなが珍しがって叩こうとしたら、止めてくれ。精密機械だから、衝撃を与えちゃダメなんだ」
正義は呆れたように言った。
「精密機械だからっていうか……同級生なんだし、叩いちゃダメでしょ。そんなのみんなわかってますよ」
その言葉に、クラスの全員が頷く。
「そうだそうだ」「俺たちを何だと思ってるんだ」と生徒たちが非難の声を上げ、教師は慌てて退散した。
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