『偽勇者と観測女官』~無能な勇者を「公式記録」の改竄で最強に仕立て上げる。神の演算を止める唯一の方法~

沖 霞

第1話「偽りの召喚」

 光が、降りた。


 聖堂に満ちる詠唱の声。幾重にも重なる祈りが、天井のステンドグラスを震わせる。跪く王、臣下、神官たち。誰もが息を殺し、その瞬間を待っていた。


 数百年に一度の奇跡——勇者召喚の儀。


 私、セレナ・ヴァルティアは、その光景を静かに観測していた。


 女官という立場上、末席に控えるのが礼儀というもの。だが私の目は、誰よりも正確にこの儀式の本質を捉えている。


 (魔力収束率、89.7%。召喚座標の安定性、許容範囲内。成功確率——99.2%)


 情報魔術プロトコル。この世界を「データ」として認識する、私だけの異能。


 詠唱が最高潮に達する。光の柱が天を貫き、召喚陣の中心に人影が浮かび上がる。


「おお……!」


 国王エルダール三世が、感極まった声を漏らした。


「勇者様が……勇者様がお越しになられた……!」


 神官長が涙を流している。騎士団長が剣を掲げ、敬礼の姿勢を取る。臣下たちが次々と跪き、祈りの言葉を捧げる。


 光が収まっていく。


 そして——召喚された「勇者」の姿が、露わになった。


 茶髪。中肉中背。猫背気味。目が泳いでいる。


 剣を握らされているが、持ち方が完全に間違っている。柄を逆手に持ってどうするつもりなのか。


 私は、全てを理解した。


 ……は?


「神の奇跡よ!」


「伝説の勇者様だ!」


「我らが救世主!」


 歓声が聖堂を満たす。誰もが感涙にむせび、召喚された青年を讃えている。


 いや、待ってほしい。


 あれが? あの、どこからどう見ても「近所の兄ちゃん」としか形容できない青年が?


 (落ち着きなさい、セレナ。データを確認するのです)


 私は密かに《プロトコル》を展開した。対象の情報を「視る」。


『レオン・ハートフィールド 19歳 男性

 剣術:E 魔力:F 信仰:D 体力:D 知力:C

 特記事項:観測者適性【???】』


 全て凡庸。いや、凡庸以下と言ってもいい。この世界の一般兵士と比較しても下から数えた方が早い数値。


 これが数百年に一度の勇者。


 笑えない冗談ですわね。


 だが——一つだけ、引っかかる項目があった。


 観測者適性【???】。


 《プロトコル》で読み取れない情報など、通常は存在しない。この世界の全ての事象は「データ」として記述されている。私の魔術で解析できないものは——


 試しに、彼の情報をより深く読み取ろうとした。


 弾かれた。


 私の情報魔術が、あの凡人にだけ、完全に通用しない。


 (……これは)


 興味深い。


 いえ、興味深いどころではない。これは——使える。


「勇者様! どうかこちらへ!」


 神官長が恭しくレオンを導く。当の本人は完全に状況についていけていない様子で、きょろきょろと周囲を見回している。


「あ、あの……俺、なんで……」


「ささ、お疲れでしょう。まずはお休みを」


「いや、だから、説明を——」


 彼の言葉は誰にも届かない。「勇者様」という肩書きが、彼の声を覆い隠してしまう。


 可哀想に。


 まあ、それも含めて「使える」のですけれど。


 私は末席から静かにその光景を眺めていた。困惑する凡人勇者。熱狂する民衆。盲目的に信じる王。


 この世界は「神の演算」によって動いている。数百年に一度、勇者が召喚され、魔王を討つ。それが「プログラム」として設定されている。


 その真実を知る者は、この世界に二人しかいない。


 私と——もう一人。


「勇者召喚、成功にございます」


 私は形式通りの報告を述べ、王の前に進み出た。


「女官セレナよ。勇者様のお世話係を命じる」


「光栄にございます、陛下」


 深々と頭を下げる。


 世話係。


 ふふ、ちょうど良い立場ですわね。


 謁見が終わり、私は回廊を一人で歩いていた。窓から差し込む夕陽が、石畳を朱に染めている。


 レオン・ハートフィールド。


 凡人。無能。どこにでもいる青年。


 だが、私の情報魔術が「通じない」唯一の存在。


 これが何を意味するか。


 彼が「観測」した事象は、私でも書き換えられない。つまり——彼は「神の演算」に対する唯一の変数になり得る。


 勇者とは、物語上の装置。


 数百年に一度、召喚され、魔王を倒し、世界を救う。それだけの「役割」を果たすための存在。彼自身の意思など、この世界にとっては何の意味もない。


 ならば。


 私がその物語を書きますわ。


 「神の演算」を止めるために。あの忌まわしいシステムを、二度と動かさないために。


 私は立ち止まり、沈みゆく太陽を見つめた。


 凡人の勇者。


 使いようによっては——最強の駒になる。


 唇が、自然と弧を描いた。


「……使えますわ、この駒」


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