天と地を繋ぐ路
閒中
天と地を繋ぐ路
天国と地獄。
この真逆の世界を繋ぐ、秘密の通路が存在した。
誰も知らないその路をある日偶然見つけた男たちがいた。
天国と地獄に住む、交わる筈のない二人の男。
男たちは今まさに、通路の真ん中で睨み合っていた。
「いや、だからさ。お前が天国に戻れば解決する話なんだよ。俺が通れねぇの。」
身体中刺青だらけで、いかにもカタギではなさそうな男が向かいの男を威嚇する。
「それは出来ません。
貴方こそ地獄へ帰ってください。
僕は地獄に大事な用があるので、譲れません。」
メガネをかけたスーツ姿の真面目そうな男が、負けじと向かいの男に言う。
大人一人が辛うじて通れる狭くて細い通路。
誰かとすれ違うことなど出来ず、どちらかが目的地に着くには、どちらかが元来た道を戻らねばならない。
「てかさ、お前地獄に何の用があるんだよ。
お前みたいな一般人が観光する所じゃねぇよ。」
刺青男は男を煽る。
「初対面でお前ってやめてくれませんか。
僕は地崎と申します。」
意外と気が強い地崎に刺青男は愉しそうに嗤う。
「そうですかぁ、すいませんねぇチサキ君。
俺も男に“貴方”って言われるの気持ち悪ぃしな。俺は天野だ。ちゃんとさん付けろよ。」
地崎は溜息をついた。
「分かりましたよ……天野“さん”。
僕が地獄に行きたい理由は、──婚約者を助け出す為です。」
予想外の理由に天野は驚いた。
「婚約者ぁ?」
「そうです。
彼女が地獄に行ったのは何かの間違いなんです。
あんなに清純な人が地獄に行くはずがない…だから、僕が彼女を救うんです。」
え、何コイツ。童貞?
天野は冷めた目で地崎の話を聞いていた。
清純なんてのは赤ん坊だけだろ。
知能を持った瞬間からそんなものは瞬く間に消えちまう。
──俺の周りにそんな奴一人もいなかったな。
天野は自らの人生を振り返り、自虐的な笑みを浮かべた。
「じゃあよ、その愛しい婚約者さんの特徴は?
俺が地獄で会ってるかもしれねぇ。」
いや、もし本当に清純な女が地獄にいたとしたら目立つし、そもそも既に俺が抱いてるよな。
天野は本音を言わずに地崎の言葉に耳を傾ける。
「彼女は…黒髪のショートボブで、貝殻のピアスをいつも着けていました。
左の口元に二つホクロがあって…。」
ん?んん??
天野は思わず記憶を辿る。
「……んで、父親を早くに亡くして母親も病気で倒れ、更には貧乏で自分は大学に行けなかったけどせめて妹だけは進学させてあげたいから、母親と妹のために金が必要、か。」
天野の言葉に地崎は驚いた。
「彼女を知ってるんですか!?」
「あぁ、地獄で話したことあるわ。
清純とは程遠い性悪女だったけどな。」
天野の言葉が理解できず、地崎は固まる。
「結婚詐欺師だよ、アイツは。
あの女が話してたどんなに無茶な願いも聞いてくれて、金も貢いでくれた優男ってお前のことか。
交通事故でお前が死ぬんだったら高い保険金掛けとくべきだったって嘆いてたぜ。」
「嘘だ!!!」
地崎が叫びながら天野の襟を掴む。
「まぁあの女も結局お前が死んだ後に運悪くオーバードーズで死んじまったらしいし、もう良いんじゃねぇか?」
天野が地崎の手首を掴み無理矢理襟元から離すと、地崎は力無くうなだれた。
「泣くな泣くな、男の子だろ。」
天野は意地悪く嗤いながら地崎の頭を撫で回した。
「──天野さんが逢いたい人は、誰なんですか。」
暫くして落ち着きを取り戻した地崎が尋ねた。
しかし天野は応えない。
「僕は言いました。次は天野さんの番ですよ。」
「別に、大した奴じゃねぇよ。」
そっぽ向く天野に、じゃあ地獄へ戻ってください、と地崎が言う。
天野が話さない限り此処を動かない、と。
どれだけ沈黙を貫いても諦めない頑なな地崎に、天野はとうとうため息をついた。
「人じゃねぇ、──犬だよ。」
「犬、ですか?名前は?」
「チワワの、メロンちゃん。」
メロンちゃん。自分で名付けたのか。
地崎は衝撃を受けた。
強面の天野が刺青の腕で「メロンちゃ〜ん♡」と言いながらチワワに頬ずりする姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまう。
「笑うんじゃねぇよ、殺すぞ。」
「もう死んでますって。
いや、可愛いところあるんだなぁと思って…。」
「それ以上喋ると殺すぞ。」
「もう死んでますって。……待てよ、チワワ…?」
地崎が天国の記憶を手繰る。
「もしかしてそのチワワ、赤い首輪に気持ちわ……いや『だいすきだょ♡ I Love You Forever ♡パパより♡』って書いてあります?」
「!!!」
天野の顔色が変わった。
「メロンちゃんだ!なぁ元気にしてるのか!?
臆病で俺以外に懐かないから心配してたんだ!」
地崎が思い出したのは、天国で出会ったあの可愛らしいチワワのことだ。
首輪には飼い主の溺愛が暴走した文言が書かれていて、思わずドン引きしたのを覚えている。
そしてそのチワワに話されたことも。
地崎は悩んだ。
言うべきか、言わないべきか。
「メロンちゃんは──元気ですよ、はい、とても。」
地崎の含みある言葉に天野は眉を吊り上げた。
「何だよハッキリ言えよ、元気なんだよな?」
地崎は逡巡したが、天野のあまりの必死さに押され、意を決して真実を話し始めた。
「メロンちゃんは元気です。
天国では動物とも話せるのですが、その、天野さんについては割とボロクソに言ってまして…。」
最後は尻すぼみに声が小さくなる。
「は?え?ちょっと待て。待て待て。
メロンちゃんが?俺の悪口を?」
動揺した天野が今度は地崎の胸ぐらを掴むと、地崎は恐怖で思わず目を瞑り、殴られないよう顔周りを腕でガードした。
「わっ!待ってください殴らないで!!
メロンちゃんは天野さんの顔が怖くて震えてたのに臆病だと思われてたのが嫌だったって言ってました!」
天野は驚いて目を見開き、地崎の胸ぐらを掴む手に更に力が入る。
「それと、煙草臭かった!毎日同じご飯ばかりで嫌だった!女にだらしないクソ野郎だったと言ってま…………天野さん?」
自分の襟を掴む手が震えていることに気付き地崎が恐る恐る目を開けると、至近距離にあった天野の目が潤んでいた。
「メロンちゃん……。」
すっかり元気をなくした天野の肩をポンポンと叩きながら地崎は慰めた。
「泣かない泣かない、男の子でしょう。」
「五月蝿ぇ!!!」
天野は地崎の手を払いのけたが、二人は黙り込んでしまった。
「……これでどちらも天国と地獄に行く用事がなくなりましたね。………帰りますか?」
地崎が天野の様子を窺うと、天野はゆっくり頷いた。
「じゃあ、えっと、さようなら。」
またいつか生まれ変わった時にでも、と地崎が会釈し、来た道を戻ろうと狭い通路で体勢を変えようとした瞬間、天野が声を掛けた。
「……次の日曜日、何か天国の美味いもん持って来い。俺、酒用意するから。」
地崎は目を丸くした。
通路内が静寂に包まれ、お互い気まずさで動けずにいた。
が、次の瞬間同時に笑い合った。
「分かりました、日曜日にまた。」
「あぁ、また。」
「──神様、あの二人また例の通路にいますよ。
もう3回目です、罰を与えなくて良いのですか?」
天使が駆け寄った。
「楽しそうで何よりじゃないか。」
神は大昔のことを思い出して微笑んだ。
あの通路で閻魔と密会し、二人で酒を飲み交わしていた日々のこと。
天野と地崎にその記憶を重ね、笑みを深める。
──懐かしい。また久し振りに閻魔を誘って500年くらい一緒に飲もうか。
何やら嬉しそうな神の様子に、天使は首を傾げるばかりだった。
「えっ天野さん下の名前『聖司』なんですか?
天国に合いそうな名前ですね。全然似合わない。」
「五月蝿ぇ。俺だって似合わねぇと思ってるよ。」
不貞腐れる天野に地崎が笑いながらつまみを差し出す。
「じゃあお前の名前教えろよ。バカにしてやる。」
天野が地崎に酒を注ぎながら煽った。
「僕ですか?
自分で言うのも何ですけど格好良いですよ。
『鬼丸』です。地崎鬼丸。」
「怖っ!地獄にもいねぇよそんな怖ぇ名前!」
天国と地獄。
この真逆の世界を繋ぐ、秘密の通路が存在した。
誰も知らないその路を、ある日偶然見つけた男たちがいた。
天国と地獄に住む、交わる筈のない二人の男。
男たちは今日もまた、通路の真ん中で笑い合っていた。
〈終〉
天と地を繋ぐ路 閒中 @_manaka_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます