【番外編】サタン


ある年の6月6日。


一人の女の子が産声をあげた。




彼女の名前は


咲田花音(さいた かのん)。





養護教諭の父と、

音楽教師の母の元に生を受けた。





父親似の花音は、成長していくにつれて

みるみる美しく育っていった。





その美しさは目を見張るものがあり、


どこへ出かけても褒められたり

芸能事務所へスカウトされたりと



全く歩けないうちから

周囲に将来を期待されていた。





両親は、ただただ花音が何不自由なく

幸せに育つ事だけを願っていた。






言語の遅れなど、発育過程で問題に

思うことはなく、順調に育った。






両親が花音に初めて違和感を覚えたのは、

4歳の時だった。






***





母は原因不明の体調不良が長く続き、

検査を受けるため、花音も一緒に病院で

診察待ちをしていた。




一緒に診察室に入り、母の座る椅子より

少し後ろに椅子が用意され、

座って様子を見ていた。





医師「うーん…血液検査してみようか。」





医師の一声で、

看護師が採血の準備に取りかかる。





看護師「力抜いてくださいねー。」




母の腕に打たれた針から血が吸引され、

注射器が真っ赤に染まった。




花音は初めて血を見て



『美しい』と思った。




思わずボソッと


花音「きれい…まっかっかだ。」と

言うと、その場にいた大人全員が

驚いた。




医師は花音の頭を撫で、



医師「君は赤が好きなのかな?でもね、

この赤は見ない方が幸せなんだよ。

誰も痛い思いしないで済むんだから。」と





優しい口調で話した。


美しいと思うべき物ではない事を

伝えたかったのだろう。





花音には医師の言葉の意味が

わからず、首を傾げていた。





その日をきっかけに、身の回りの物

全てを赤にしたいと言い始める。




両親は単に初めて赤を認識して

好きになったのだろうと、


新しく買うものは望み通り

赤色を買うようにした。



靴も鞄も、花音の私物は

見渡す限り赤ばかり。



それでも、花音から見たらどの赤も

あの血の色と一つとして同じものはなく、


満たされなかった。





どんな赤色の物を買い与えても、


「違う!これじゃない!」と

頑なに主張する花音を見て、



両親はただのイヤイヤ期ではないと

不安を覚え始めた。





***





それから数ヶ月後の事。



母が幼稚園へ迎えに行くと、

先生が花音を褒めてくれた。






先生「花音ちゃん、お友達が転んで

怪我したのを手当してくれたんですよ。

今日は沢山褒めてあげてください。」




母は娘の優しい一面を知り、

嬉しくて帰りの車内で話を聞いた。





母「今日、転んだ子に怪我の手当を

してあげたんだって?花音、偉いわね。

夜ご飯は大好きなカレーにしようね。」






花音「血が出てたからね、拭いたの。

お砂場にポタポタ落ちちゃってね、

赤じゃなくなってたから嫌だったの。」






母は娘の異常なまでの赤への執着心に

思わず鳥肌が立った。




そして、父と花音がお風呂に入ってる時


母が花音に持たせたハンカチを洗うため

幼稚園用のバッグを開けて手を伸ばすと


真っ白だったハンカチが

血だらけになっていた。





母は恐ろしくて声も出なかった。




花音が出る前に処分しなきゃ。



そう思っていると、

お風呂のドアが空く音がした。




母は走ってゴミ箱に向かい、

ハンカチを投げ捨てた。



しばらく手の震えが止まらず、

トイレに籠って心を落ち着かせた。






母は花音を寝かしつけてから


父に今日の出来事を話した。




母「やっぱり初めて血を見た日から

おかしくなったわ…まさか血を見て

綺麗だと思うなんて想像してなかった。


大人でもそんな風に思わないよ…

あの子…何かの病気なのかな?」





父「…一度療育検査を受けてみようか。

今回は何もなかったけど、お友達を

傷つけたりしたら大変だからね。」




父はそう言うと、寝室に行き

花音の頭を撫でながら



父「可愛い可愛い花音。何があっても

僕達の宝物だよ。愛してる。」と


囁き、静かにドアを閉めた。





翌週末、両親に連れられて

県内の療育センターに向かった。



問診や検査を受け、数週間後に

結果がわかる。




両親は結果が気がかりで仕方なかった。






検査から三週間後、

自宅に検査検査が届いた。




結果は「グレーゾーン」だった。


父は花音の血への強いこだわりを見て

ASDを疑っていた。




白でも黒でもない、グレーな結果に

両親は頭を悩ませた。




少しでもいい方向へ行くようにと

定期的に療育センターへ通った。



花音の将来を考えて通っていたが、


今では心労がたたった母の

心の拠り所でもある。




療育センターへ通うようになり、

花音の異常行動が見えなくなった。



変わらず赤が好きなままだが、

特段こだわりを見せなくなり、

全ての赤を好むようになった。



いい傾向が見られたため、


療育センターには花音が幼稚園を

卒業するまで通い続けた。








***







小学校に入学すると、

花音は勉強が得意だという事がわかった。



特に得意で花音自身も好きだったのは

理科だ。




1年生の夏、一学期の終業式を終えた

花音は、学校から朝顔のプランターを

持って帰ってきた。



夏休みの宿題として、育てるようだ。





翌日から毎朝決まった時間に起きて

水をあげる事が日課となる。




毎日かかさず、自ら進んで一生懸命

世話をする姿に両親は感心していた。






花音の努力が実り、


真っ白な花が一輪咲いた。





朝顔の成長と共に娘の成長を見られて、


両親は大変喜んだ。





親心とは裏腹に、


花音は綺麗に咲く朝顔を見て



『真っ赤に染めたい』と思っていた。





彼女はとても賢い子。




療育センターに通うようになった

きっかけが血の件だとわかっている。



そして




この思いは封じ込めなきゃいけない





幼いながらに理解して、

思いを口に出すことをやめた。






あの癖が現れ始めたのは、

この頃からである。



血が見たい。

白い花を真っ赤に染めたい。



そう思うと、決まって彼女の

左腕の脈が速くなるようになった。





花音は左腕をぎゅっと抑え、

唇をかみしめながら


朝顔を見つめていた。






***





そんな花音の腹の内を知らぬ両親は、



あの時の娘は、他の子よりも

イヤイヤ期が強かっただけ


療育に通ったおかげでよくなった




そう信じ、深く考えなくなっていた。





花音は両親に本心を隠し続けたので、



何も問題行動が見られないまま

事件を起こした小学4年生になる。






新学期を迎えた日の夜、


父がリビングで仕事をしていた。




パソコンを打つ父の傍らには

【ほけんだより】が置かれていた。




右上には、父の名前が書かれている。



花音にはまだ読めない漢字だ。





花音「これ、パパのお名前だよね。

なんて読むの?」





父「桜佑(おうすけ)って読むんだよ。


昔、パパの家の前に子福桜っていう種類の

桜が咲いていて、その桜みたいに大きく

立派になれって意味で付けられたんだよ。


パパも名前の由来通りになりたいんだ。」







花音「素敵なお名前だね!子福桜、

花音も見てみたいな。」





パパ「よし、今年は一緒に見に行くか。

桜が咲くまでまだ時間がかかるから、

今見せてあげる。これが子福桜だよ。」





父がパソコンで検索して

見せてくれた子福桜は、


真っ白で大きく、花弁が多い花だった。





花音が知っている桜とは見た目が違って

少し戸惑ったが、


桜には種類が沢山ある事を知って

他の種類も覚えたいと思った。




次の日のお昼休み、

急いで給食を食べて図書室へ向かう。





沢山並ぶ本の中から、

木や桜が載っている図鑑を探した。



桜自体は載っていても、他の種類が

細かく載っている図鑑はなく

花音は落ち込んでいた。







花音の探究心を育ててあげたいと、


影で様子を見守っていた担任の先生は

パソコンで桜の種類を検索した。



出てきた情報をカラーコピーして、

左側に穴を開け、紐で結び、本のように

まとめて花音にプレゼントした。




花音は飛び跳ねて喜び、

先生へお礼を言って抱きついた。




早速読み始めるも、チャイムが鳴り、

お昼休みの終わりを告げた。




続きはおうちで読もうと決め、


ゆっくり読めるように宿題や

ご飯、お風呂を早く済ませた。




布団の中で寝る前に続きを読んでいると

父の名の由来である子福桜を見つけた。




花音「あ!パパの花だ!」




目当ての桜を見つけ、少し本に目を

近付けて咲く時期や特徴を眺める。




すると、子福桜の特徴の一つに


【花が散り始める頃に芯が赤くなる】



と、書かれていた。




芯が赤くなった様子の写真もあり、


花音の目には、その芯が赤い様が

とても美しく写った。




同時に頭の中では名前の由来を話す

父の声が再生される。




『パパも由来の通りになりたいんだ』







パパの願いを叶えてあげなきゃ。




花音は強くそう思った。






読み終えて本を机に置き、

布団に入って電気を消すと



しばらくしてから父が入ってきた。




いつものように花音の頭を撫で、

『愛してるよ』といい寝室を出ていく。





花音は毎日寝たフリをしていて、


この言葉を聞くのを楽しみに、

目を閉じてじっと待っていた。







これで今日も安心して眠れる。



改めてぎゅっと目を瞑る花音の体は

父の言葉で全身が火照っていた。




花音「パパ…私も愛してるわ…おやすみ。」





花音は、

父からの家族としての意味の

『愛してる』を



恋を意味する『愛してる』だと

捉えていた。




愛するパパの願い、

私が絶対叶えてあげよう



私の『愛してる』が伝わるように。






そう思いながら、眠りについた。







***






花音はその美貌から、

毎日のように告白されていた。


同級生だけではなく、


高学年の子や、中学生。



更には、教師にまで。





興味がない男が頬を赤く染めながら

思いを伝えてくる。




花音は心底気持ち悪いと思っていた。


その赤は、花音の好きな

赤ではない。




ただ、好きという感情は

想像以上に人の心を動かすもの。



自分も彼らと同じように

父を愛し、想っているため、

痛いほどその気持ちが理解できる。




もし何かあった時

こいつらは私の為に力になろうとする。



そう考え、気持ちには応えないが、


断った後も優しく接し

その気にさせる態度をして、


彼らの心を離さなかった。





誰かに想いを告げられる度、


花音の頭には笑顔の父が現れる。




優しくて、怒ったことがない。


どんな時も花音を最優先にしてくれる。



何より、


自分にそっくりな父の顔は

とても美しい。




鏡に映る自分以外で美しいと思う人は


自分にそっくりな父だけだった。





そして、


真っ直ぐに『愛してる』と

伝える父には、誰も敵わなかった。







***







花音は、漫画やドラマを見て


恋愛への知識と興味を高めている。




この日は一人、湯船に浸かりながら

物思いにふけていた。



パパともっと一緒にいたい。


二人だけで。



…ママがいつも邪魔をする。

いらない。




父への想いが膨らむたびに

母の存在が邪魔に思えてきた。



脈が速まる左腕を

ぎゅっと掴みながら考える。




パパだって本当はそう思ってる。


でも全てを口にしてしまったら



『家族』が終わってしまう。



私とパパは切ない恋をしている。



私が大人になればきっと…一緒に…





花音は胸がぎゅっと締め付けられるような

苦しい感覚を覚えた。





そして、お風呂を上がると


リビングで両親が仲良く会話をしながら

お酒を飲んでいた。




花音がお風呂から出たことに気付かず


抱きしめ合いながら、キスをした。




その後、父が




父「葉子、愛してるよ。」と言った。






花音は髪も乾かさずに

自分の部屋へと逃げ込んだ。



その時、やっと


父の言う『愛してる』の意味がわかった。




私に対して言う『愛してる』は、

娘を想う父としての愛情表現だった。




父が恋愛の意味で本当に『愛してる』のは

母だけだった事に気付く。





花音の左腕は今までで1番

脈が速く、凄まじい動悸がした。





数時間後、父は

何事もなかったかのようにやってきて


いつものように花音の頭を撫で、

『愛してる』といい、寝室を出た。




ドアが閉まる音がして、

花音は目を大きく見開いた。




何としてでもパパの気持ちを

手に入れてみせる



そう決心した。



怒りや悲しみなど、色んな感情が

押し寄せてきて、一睡も出来なかった。




何故か目を閉じる事すら出来ない。




眠れないまま朝を迎えた花音の目は、

瞳孔が開いていた。






***






翌日から約1ヶ月間、花音は


クラスメイトや先生、近所のおばさん達に

積極的に接して、自分をいい子だと

印象つける事に徹するようになる。




普段は行かない親戚の家へも

友人を連れて遊びに行くようにした。



学校では、


困っている人には手を貸したり、

孤立している子に声をかけたりして


とにかく分け隔てなく親切を売った。








そして、信用させたところで、

暗い顔をしながら


「パパがお酒飲んで暴れるの」


「私、パパの事で悩んでるんだ」と


話したり、



わざと左腕に包帯やリストバンドを

付けて、不自然に腕を握る仕草をした。






こうして、自分の闇の部分が強く

周囲の頭に植えつけられるように

仕向けたのだ。







もし何かあった時

こいつらは私の為に力になる



以前から誰かに告白される度に

このように考え、手玉に取ってきた。




それが今、


誰これ構わず媚びを売っている。





花音の行動は



皆に味方につけなければならない、



何か特別に悪いことをするつもりなのだと

思わざるを得ないものだった。









その日の夜、


花音は父の翌日に着る服を準備した。





父「花音、ありがとう。明日着る服を

用意してくれたんだね」




父は花音の頭を撫で、微笑んだ。


花音も父に褒められた事が嬉しくて

にっこりと笑った。





着替えを置く棚には、


真っ白なトレーナーが

置かれていた。






***







6月6日。



今日は花音の10歳の誕生日だ。



家へ帰ると、壁中に誕生日の

装飾が施されていた。





テーブルには沢山のご馳走が並ぶ。



娘の成長に、両親はお酒が進んだ。


父は悪酔いは一切しない酒豪体質だった。




両親は誕生日には定番の曲を歌い、

花音はそれに応えるかのように

10本のろうそくに息を吹きかけた。




母「さ、ケーキを切りましょうね!」





花音「あ、待って!私が取ってくる!」





包丁を取りに行く母を止め、

自ら取りに行く。




父「危ないから気をつけなさい。」



花音「はーい!」




台所の戸棚を開け、1番長い

包丁を取り出して手に持った。



リビングに戻ると、

父がトイレで席を外していた。




花音は包丁をテーブルに置き、

グラスを握りしめた。



そして、


スマホを眺めている母の顔に


2.3回グラスで殴り、

包丁を持ち直した。





母「きゃあー!!!」




母の悲鳴を聞き、父が駆けつけた。



状況を見て動揺するも、


娘をとにかく落ち着かせようと

優しく語りかける。




父「花音、大丈夫。大丈夫だから

その包丁を離しなさい。」





花音「嫌だ。この世にママはいらない。

ママを刺してからパパを刺す。


パパ言ってたでしょ?

名前の由来の通りになりたいって。


子福桜ってね、散り始める頃に

芯が赤くなるんだって。


ほら、今日の服!白にしたんだよ。

お腹を刺したら子福桜になれるから。


パパの願いを叶えたら、ママより

私を好きになってくれるよね?」





そう言い終えると、


しゃがみこんだ母親に向かって

包丁を振り落とした。







花音の手元には、何かを刺した、

確かな手応えがあった。



だが、手元を見てみると、

その背景は白かった。




父が床をスライディングするようにして

母の前に行き、庇ったのだ。





父の白いトレーナーは

見る見るうちに赤く染まっていく。




花音は計画の順番が変わった事と、


刺してからようやく自分がした事の

重大さに気付き、パニックを起こしている。




母は手を震わせながらスマホを操作し、

119に電話をかけようとしていた。


たった3つの簡単な数字が、

手の震えと恐怖で打てないでいる。





父は喋るのもやっとな状態でありながら

それを感じさせないように優しく、

ゆっくりと二人に語りかける




花音「パパ……パパ………!」






父「花音。大丈夫だよ。落ち着いて。

ママも落ち着いて。僕の話を聞いて。


いいか、二人とも。今起きたことは

絶対に誰にも言ってはいけないよ。


パパがお酒を飲んで暴れてママを

殴って、次は花音を襲おうとした。


花音は自分を守ろうと思って

テーブルにあった包丁を手に取り、


襲いかかろうとして足を滑らせ、

転んだパパを刺した。


何があってもこう話しなさい。


ママ、正当防衛だと言うんだよ。」






母「あなた…私には出来ない。無理よ。

もうこの子を愛すことは出来ないわ。


やっぱりおかしかったのよ…

あの時のまま何にも変わってなかった。

何しても無駄だったのよ!!


こんな化け物に育つとわかってたら私、

産んでなかった。」







花音「パパ…ごめんなさい。ごめんなさい。」





父「葉子、この子がどんな子だろうと

僕達の子供だ。産まれた以上、見守る

責任があるんだよ。見捨てちゃダメだ。


夫の最後の願いだと思って聞いてくれ。」



母はその言葉を聞き、号泣しながら

懸命に震える手を落ち着かせ、

やっと119にかけることができた。




そして



父「花音。今何を思っている?

どんな気持ちだい?」



と、花音に尋ねる。





花音「私、大変な事をしちゃった…


ただパパに私だけを見て欲しかった、

それだけなのに…どうしよう。


このままじゃパパが死んじゃう。」



花音の感情とは裏腹に

左腕の脈拍が速まる。



花音は血だらけの手でぎゅっと掴んだ。





父「花音。今のその気持ち、絶対に

忘れちゃだめだ。やってからでは

もう取り返しがつかないんだよ。


パパが死んだら悲しいと思うように、

他の誰かを刺したらその家族は悲しむ。


だからもう、絶対にこんな事するな。


その腕、そうだ…その腕が悪いな。

パパの腕時計を肌身離さず付けなさい。

花音が悪いことを考えた時、

パパがその邪念を抑えてやる。


いつもパパがそばにいる。

その事を忘れるな。約束だぞ。


花音、葉子。愛してる。」





父はその言葉を最後に、

息を引き取った。





救急車のサイレンと、

母の泣き叫ぶ声が響き渡る。




花音は耳を塞ぎ、座り込んだ。








***








二人は父との約束を守り、


正当防衛だったと主張した。





母は最愛の夫を娘の手によって

失ったショックと、


事実を話せないストレスで

記憶喪失になってしまった。





記憶喪失の母は、


夜になると

「誰か化け物を殺して…」と


毎日泣きながら言うらしい。






花音は適切な過程を経て、


児童自立支援施設に行く事になった。




支援施設へ向かう車内で、

窓の外を眺めながら

父の最期を思い出していた。



左手につけたパパの腕時計の文字盤を

ゆっくりと、何度も撫でる。





花音「パパ…私、頑張るね。」と




小さく決意を呟くと、



花音を乗せた車は

真っ白な紫陽花がうんと咲き誇る

寺を通過した。





花音「真っ白な紫陽花…初めて見た。」





そう言うと、花音の右耳から


『白は真っ赤に染めないと。』と


恐ろしく低い、知らない男の声がした。




花音は思わず右耳を抑える。



その声は


『本当はあの時、赤く染まっていくのを

綺麗だと思っていたくせに。』




と、花音に言い放った。







花音「違う!思ってないもん!パパに

ごめんなさいって思ってるもん!」





『だったらその左腕はなんだ?

白い花を見て染めたいと思ったんだろ?


パパは確か、桜佑だったよな。

次はどの白い花を染めようか。』



右耳の男は、花音の頭を邪念で

包み込もうとする。





左腕の脈拍は速まる。




すると左耳から、パパの声がした。



父「花音、だめだ。落ち着きなさい。

大丈夫、大丈夫だから。」




その声を聞き、右耳の男の声は止んだ。




花音は左腕をぎゅっと掴んで、

再び窓の外を眺める。








私は変われる。



今だってほら、

パパが止めてくれた。




パパが傍に居てくれるから

もう繰り返したりしないよね。










ねぇ、パパ。




大丈夫だよね、私。





白い花は

白のままで綺麗なんだって


いつか心から思える日がくるよね?







何でかな、パパ。



施設で過ごすようになって、



右耳から聞こえる声が

どんどん大きくなっていくの。








あのね、パパ。




パパとの約束、守らなくても

いいやって思っちゃうの。








どうしよう、パパ。


パパが抑えてくれてるのに

我慢出来なそう。







お願い、パパ。


この手を止めて。









答えて、パパ




私はいつになったら


人を殺すのをやめられるの?


















_終_















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