審問
河村 塔王
第1話
Q:どうぞお入り下さい。
A:(書斎の扉を開ける)失礼します。
Q:わたしの小説の登場人物になりたい、と言うのはあなたですか?
A:ええ。
Q:わたしの小説をお読みになった事はありますか?
A:公式サイトに『絶版』と書かれている作品以外は全部読みました。
Q:わたしの作品のほぼ全部を?
それは本当ですか?
A:そうです。
Q:お帰りになるなら今の内ですよ。
A:そうでしょうね。
Q:余りにもお話が進んでしまっては、もう誰にも止める事は叶いません。
* * *
Q:わたしの小説を読んで、どう思いましたか?
A:非常にユニークで個性的な作品だな、と思いました。
Q:所で昨今、あらゆる所で『物語』が持て囃されています。
A:そうですね。
Q:わたしはそれがとても不愉快で堪りません。
『物語』を愛しているが故に。
A:どう言う意味でしょうか。
Q:人人が余りにも『物語』に没入しているのでは、と危惧しています。
* * *
Q:人人が余りにも『物語』の力を信じ過ぎている、とは思いませんか?
A:確かに。
Q:わたしは端的にこう思っています。
何かがおかしい、と。
* * *
Q:世界は『物語』だけで出来ている訳ではありません。
A:その通り。
Q:人生はフィクショナルな『物語』(だけ)ではないのです。
A:そうですね。
Q:あなたは何故、わたしの小説の登場人物になりたいのですか?
A:そうしろ、とわたしに囁きかけるのです。
わたしのゴーストが。
* * *
Q:『物語的』に生きる事が善い訳でも、美しい訳でもありません。
A:仰る通りです。
Q:あなたは、それらを承知の上でこの面接にいらしたんですか?
A:そうなりますね。
* * *
Q:自分の為でない、誰かの為に人生の物語化を強いられる事は苦痛です。
A:確かに。
Q:自分の人生を切り刻み、編集される事に伴う痛みは大変強いものです。
A:そうでしょうね。
Q:わたしもあなたも、自分の人生の作者ではありません。
A:確かに。
Q:わたしとあなたは、仮初の間の互いの人生の共同制作者に過ぎない。
A:仰る通りです。
* * *
Q:今でも未だ、わたしの小説の登場人物となる事を望んでいますか?
A:そうです。
Q:あなた程の人物なら、他の作家の登場人物になる事も出来た筈です。
A:確かに。
Q:何か、わたしの小説でなければならない理由があるのですか?
A:そうですね。
* * *
Q:わたしの小説でやりたい事があるのですか?
或いはなりたい者に?
A:ええ。
Q:どんな事を?
或いはどんな者に?
A:……。
Q:……その様な重大な選択をわたしに委ねてしまって宜しいのですか?
A:そうなりますね。
Q:ひょっとして、あなたは唯『何者』か、になりたいだけなのですか?
A:実は、そうなのです。
Q:『あなた』でさえなければ、どんな人物でも構わないのですか?
A:そうなりますね。
Q:「『何者』かになりたい」と言う願望は『呪い』ですよ。
A:それは、何かいけない事なのでしょうか?
* * *
Q:五行目を横切り、六行目で死ぬ。そんな登場人物になるかも知れない。
A:とても魅力的ですね。
Q:こんな役柄なら他にも何百とあります。それこそ何千・何万、と。
A:そうでしょうね。
Q:あなたはそれでも差し支えない、と仰るのですか?
A:そうなりますね。
* * *
Q:人生は物語ではない。
不幸も幸福も、単にそれだけの事です。
A:確かに。
Q:何をお望みなのですか?
何か壮大な目的があるのですか?
A:ええ。
Q:Q&A形式に飽きていませんか?
A:飽きてはいますが、色色と有益な手抜きを可能にしてくれています。
Q:お仕着せの『物語』を押し付けられる事に抵抗は無いのですか?
* * *
Q:未だ、このお話は続きます。
ここにこうして続きが書かれています。
A:そうですね。
Q:然るべき時が来たら、わたしの小説にあなたが登場するかも知れない。
A:ええ。
Q:そのお話は『物語的不正義』をあなたに強制するかも知れない。
A:確かに。
Q:一度きりの人生を、こんな風に安易に『物語化』して良いのですか?
A:人生は『邯鄲の夢』みたいなものに過ぎません。
Q:敢えて『物語化』しない、と言う選択肢もこの世界には存在しますよ。
A:仰る通りです。
Q:言葉が言葉を理解しないように、物語も物語を理解しません。
A:そうでしょうか。
Q:少なくとも、わたしはそう感じています。
* * *
Q:……気づいていますか?
A:……何をでしょうか。
Q:顔が……この画面の向こう側に無数の顔があります……誰かの……。
A:あれですか?
Q:人間の顔でしょうか……こちらの様子を伺っています……。
A:あれですか?
Q:……多分、間違い無いかと……。
A:そうですね。
Q:このお話が終わるのを待っているのでしょうか。
A:解りません。
Q:それとも、あなたとの面接が終わるのを待っているのでしょうか。
A:解りません。
Q:どの顔も皆、複雑な表情を浮かべています。少し困惑しているような。
A:確かに。
Q:御覧なさい。あなたが見覚えのある人物はいますか?
A:いいえ。わたしが見覚えのある人物はいないようです。
Q:長年、わたしの小説の登場人物の採用面接をしていますが、こんな事は初めてです。
A:そうでしょうね。
Q:わたしの小説に登場したい物好きの集まりでしょうか、それとも……。
* * *
Q:かれらは、今は何をしていますか?
A:何もしていません。
Q:本当に?
A:ええ。
Q:未だ、こちらの様子を伺っていますか?
A:そうですね。
Q:じゃあ、今は何をしていますか?
A:本、或いは手帖のようなものを披いている人物がいます。
Q:どんな装幀の?
A:鼠色の書皮を纏っていますが、文字らしきものは読めません。
Q:それは表紙の、と言う事?
それとも本文の、と言う事?
A:その両方です。
Q:他には何か奇妙な事柄はありますか?
A:特にありません。
皆、固唾を飲んでわれわれの様子を見ています。
Q:ひとり、万年筆のようなものを持っていませんか?
A:持っています。
黄色い軸の、小学生が使うようなペリカーノのペンを。
Q:何か書き込みなどをしていますか?
その、例の冊子に。
A:いいえ。
でも、ずっとペンを握り締めているのは確かです。
Q:何かするつもりなのか。
A:どうでしょう。
Q:このお話の退屈しのぎの為に、単なるポーズをとっているだけなのか。
* * *
Q:そろそろ、このお話も終盤に差し掛かっています。
A:そうですね。
Q:まとめ……と言うか、この面接もそろそろ終わりにしたいのですけれど。
A:そうですね。
このお話に付き合っている読者も、いい加減飽き飽きしている頃合です。
Q:未だ、あなたはわたしの小説の登場人物となる事を望んでいますか?
A:はい……ですが、お陰様でその願望はもう既に叶えられました。
Q:それはどう言う意味ですか?
A:ここにこうして『わたし』の事が書かれています。
そして、これは『あなた』と『わたし』が共同制作した『物語』です。
それが全てで、それ以上でもそれ以下でもありません。
Q:確かにそれはそうですが。
でも『あなた』は未だ『あなた』のままですよ。
A:本当にそうでしょうか?
Q:それはどう言う意味ですか?
A:『わたし』が『わたし』であるのは『あなた』の都合に過ぎません。
『あなた』は『あなた』を特別な存在だ、と思っているかも知れない。
でも『わたし』も『あなた』も単にそう書かれているだけの存在です。
『あれかも知れず、それかも知れず、どれでもないかも知れない何かの文章』──小説は、小説の登場人物とは、唯それだけの存在です。
ムッシュー・テストならば、こう仰るでしょう。
『それは文字のうえの問題さ。宇宙とは紙のうえにしか存在しない』
故に『わたし』は『あなた』であり、『あなた』は『わたし』である、とも言えるのです。
Q:……それは……まあ……そうですが……けれども……。
A:今、語っているのは『わたし』でも『あなた』でもなく文章に過ぎません。
もっとも『わたし』は今こうして登場人物なので、お前は生きていない、と言われると、かなり困るのではありますけれど。
* * *
Q:……これから『わたし』はどうすれば良いのでしょうか?
A:小説の書かれる媒体(プラットフォーム)の上では何事も起こりえます。
そして、後少しでこのお話は終わります。
だから、ここには何を書いても良いのではないか、と思います。
そう……隙間には好きなものを詰めれば良いのです。
文字の間にも、行の間にも、頁の間にも、人の間にも、時間の間にも。
* * *
Q:それでは皆さん、各各の小説の世界に速やかにお戻り下さい!
A:良い終末を!
* * *
今はまだ、物語は新たに始まったばかりだ――一人の人間が徐々に変わっていく物語、彼が徐々に再生していく物語、彼が一つの世界から別の世界に徐々に足を踏み入れ、新たな、それゆえに彼にとってまったく未知の物事を知っていく、その物語は。それはそれでまたひとつの物語が書けることであろう――だが今のこの物語は、ここでひとまず終わりとなる。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー『罪と罰』
──『『罪と罰』を読まない』文藝春秋社(翻訳・岸本佐知子)
* * *
A:『おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。』<了>
審問 河村 塔王 @Toh_KAWAMURA
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