第一章:魂を移す器

愛知県、三河。

切削油の鼻をつく匂いと、冬の湿気を孕んだ冷え切ったコンクリート。

熟練工の佐藤は、節くれだった大きな手で、最新鋭のロボットアームを愛おしむように、あるいは検品あらがうように撫でた。彼の爪の間には、数十年の歳月が刻んだ黒い油が染み付いている。

「佐藤さん、あいつらが来ました」

弟子のハルが、タブレットを抱えて駆け寄ってくる。ハルはもともと事務職だったが、今や工場の中枢コアを担う「コードを操る職人」に変貌しつつあった。

工場の入り口には、黒塗りの車。新興AI企業『ゼニス・システムズ』の代理人が、仕立ての良いスーツの裾を汚さぬよう慎重に降りてくる。

彼らは、この工場のAIが生成した「金属を削る軌跡」が自社の特許を侵害していると主張し、法外なライセンス料を要求していた。

「あいつらは、俺たちの『勘』を、ただの計算結果だと思っていやがる」

佐藤は吐き捨てるように言った。彼の背中は、長年の重労働でわずかに曲がっているが、その眼光は旋盤の火花よりも鋭い。

最新の『フィジカルAI』は、人間が手取り足取り教える『ティーチング』を必要としない。三次元の図面を渡せば、AIが勝手に「どう削るのが最短か」を考えて動き出す。それはまるで、料理の完成図を見ただけで、AIが勝手に最高の一皿を調理するようなものだ。

「でも、佐藤さん。ゼニスのAIは効率だけを追って、刃物をすぐ欠けさせる。僕たちのAIは、あなたの『逃げ』の技を学習している。そこが、彼らには模倣できない急所なんです」

ハルが震える指でコードを走らせる。物理的なロボットに、職人の「意志」という魂を吹き込む。それがこの工場の生存戦略だった。

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