ぷろろーぐ 悲しき裏切り者
微睡みの中、誰かの声が聞こえる。
「へへっ……悪く思うなよ、セリオス」
どうにも下卑た声だ。小物臭がプンプン漂っている。悪役であることは考えるまでもない。
「なぜだ……」
こちらは呻くような声だが、本来ならば聞く者に安心を与えるような心地良い声に違いない。
「フンッ……まだ口が利けるなんて、さすがは聖女に選ばれし勇者だけのことはあるな」
再び悪役の声だ。どうやら勇者なるものを相手に話をしているようだ。声だけで判断するのもどうかとは思うが、女にモテそうにもない斜に構えた風貌が目に浮かぶようだ。
「どう見たって、せいぜい十五、六の小娘だが、やっぱ聖女さまっていうのは特別なのかね。不思議な色香がありやがる」
またしても悪役の声。どうやら聖女がピンチのようだ。しかし、勇者は今身動きができない。それでも勇者は絞り出すかのようにドスの利いた声を発する。
「リンに手を出すな……」
話の流れからすれば、リンというのが聖女の名前なのだろう。
悪役が一瞬沈黙する。ビビったのだろう。勇者が五体満足だったならば勝負にもならないに違いない。
そうか、きっと毒を盛りやがったんだ。それで勇者は身体が痺れて動けないのだろう。まったく、いかにも悪役がやりそうな姑息な手だ。
「ハッ、そんなザマで何ができる。魔軍はこの俺なんかよりはるかに狡猾なんだ。こんな方法でしてやられるようなお前が、ここまで戦い抜いてこられたのは、単に運が良かっただけたぜ」
「それは違う」
勇者はハッキリと否定した。
「僕が魔軍の狡猾さに敗れなかったのは、君がいてくれたからだ」
なんと痺れるセリフだろうか。
どうやら悪役は今まで勇者の仲間だったようだ。それなのに聖女にスケベ心を起こして裏切るとは、なんと見下げ果てた男なのか。
ただ、この言葉には悪役もどこか思うところがあったようだ。
「俺もお前のことは気に入ってたんだ……けどよ、やっぱり無理だぜ、人間が魔王に勝てるわけがねえんだ。どう考えたって連中は遊んでやがる」
なるほど、段々読めてきた。
どうやら裏切ったのは、ただのスケベ心ではなく先の見えない戦いに疲れ果てて、膝を屈したからのようだ。軟弱と言えなくもないが、そういう気持ちは理解できなくもない。
けど、だからと言って薬を盛って仲間を殺害し、聖女にいかがわしいことをしようとするなど論外だ。
……なんてことを考えているうちに、いよいよ悪役は最後の一線を超えようとしていたようだ。
「あばよ、セリオス。どうせ俺もすぐに行くって言いてえけど、お前みたいな奴はきっと天国で俺は地獄行きだろうから、これで永遠におさらばだな」
その声は涙で震えていた。一瞬、息が詰まるが次の瞬間には声も音も消えて、オレは唐突にどこかに向けて落ち始める。
何も見えない真っ暗闇の中で感じられるのは、ただひたすら落下しているという事実だけ。
それがあまりにも長く続くものだから次第に恐怖も消え去り、オレはぼんやりと考えた。
これだけ長く落ちていりゃあ、生存本能から超能力が発現して空を飛べるようになるんじゃないかな……と。
けど、残念ながらそうなる前にオレはどこかに辿り着いちまったらしく、すんごい衝撃を感じて意識も飛んだ。
でも、不思議なことに衝撃を感じたのに痛みはなかった。
それだけが救いだったかもしれない。
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