2046最適化の果て

Dostoicski

2046最適化の果て

指の腹で剃り残しの顎髭を気にしながら、人混みのうねり合うオフィス街を行く。

『ALT-00WA02b6……』

肩をぶつけ掛けた相手から睨みと共に送られる警告信号。

私は頭を下げながら謝罪の信号を送り返す。


「危ないだろう」

「すみません」


20年前、私が20代の頃まではこんなやりとりをしていた覚えがあるが。

AIがシンギュラリティを迎えた2026年を境に、人間は限界を突き付けられてしまった。

右耳を塞ぐ20グラム。このイヤホン型装置によって人々は従来の60倍の処理速度を手に入れた。

それでも枯渇することなく湧き続ける思考とタスク。何もかも最適化が求められた末、言語は統一・圧縮され、無機質なプロトコルとなった。

ささやかな挨拶すら、かつての言葉を発して交わされることは無い。

イヤホンを介して記号化された信号を送り合うだけの2046年に、私は右耳に手を被せて、急ぎ足で歩くだけだ。


『HLO-00AF01b1……』


こちらの受信態勢に構いなく流れてくる信号に、目を細めながら視線を上げる。

向こうからやって来た女性と視線が合った。


「こんにちは。こんな所で、偶然ですね」


かつてなら立ち止まって直接交わしたであろう、おそらくそんな信号を。

彼女から受信した私のイヤホンが、極限まで最適化し、私に届けた。

誰だったろう。そんな疑問を思い浮かべる間も無く。

イヤホンは私の脳の発した僅かな反応を拾うと、無難な返信信号を生成し、彼女に送り返した。


一瞬で終わったイヤホン同士でのやりとり。

彼女の視線が微かに動いたように見えたが、話し掛けられることもなく。

私たちは軽く会釈を交わすと、またそれぞれ前を向いた。


脳が彼女を思い出すことの無いまま、すれ違う。

そしてベルガモットの香りが鼻を掠めた瞬間。

背中が震えて、彼女を振り返った。


『ACT-14B213g100st1……』

青色に変わったことを知らせる信号が、イヤホンから流れ続ける。

私は人混みに消えていく大学時代の恋人を振り返ったまま、その場に立ち尽くした。

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