VTuberに親友を壊されるまで

結弦

手元

俺は、VTuberに親友を壊された。これを読む人が、同じ不幸を背負わないことを祈っている。


高橋は中学からの親友で、無口で冴えないが、ゲームだけは異様に上手かった。俺にとっては数少ない、一緒にいて楽な人間だった。


中学時代、一度だけ問題を起こしたことがあった。違うクラスの女子の手を、いきなり掴んで泣かせてしまったのだ。好きだったらしい。本人は「話しかけようとして、気づいたら手が動いてた」と言っていた。


それ以来、高橋は女子から距離を置かれるようになった。俺は、彼の手を引いて校舎を出たあの日のことを、今でもよく覚えている。


俺たちは、知り合いのいない県外の高校に進学した。

相変わらず友達のできない二人だったが、新しい趣味を手に入れた。それがVTuberだった。


ある昼休み、食堂に誘おうと高橋の机に向かうと、高橋はイヤホンを付けてスマホを眺めていた。 この頃、高橋はそういうことが増えていた。気になって、俺は画面を指差して聞いた。


「何見てんの?」


すると、高橋は画面を俺に向けた。猫耳の女の子が、ゲームをしながら笑っていた。


「VTuberの虎谷トラ。知ってる?マジやばいよ」


高橋はそれだけ言って、また画面に視線を戻した。その目にはただならぬ熱がこもっていた。


それからは何度か、放課後に二人で配信を見た。一度、虎谷トラを一緒に見ている最中に、高橋のコメントが読まれたことがあった。

その瞬間のあいつは、なんと形容すればいいか、とにかく異様だった。手を振るわせ、足を小刻みに鳴らして、自分を押さえつけるようにしていた。それ以降、高橋は一段とそのVtuberにのめり込んだ。


「安心なんだ、現実の女と違って」


ある日、唐突にそう言った。


「どういう意味だよ」


「なんというか、汚い部分がないっていうか……生々しくないっていうか」


その時の俺は言葉の意味がよく分からず、聞き返すことができなかった。今なら、あの時の様子がどれだけおかしかったかわかる。



その日も、俺たちは放課後の教室に残って、虎谷トラの配信開始を待っていた。


配信が始まった瞬間、高橋が息を止めたのがわかった。


「……っ、あ」


低く漏れた声に違和感を覚えた俺は、高橋のスマホを覗き込んだ。


そこに映っていたのはゲーム画面じゃなかった。画面脇で小さく動くバーチャルの体の横に映るのは、現実の、実写の手だった。

包丁を持つ指。光る爪。濡れた皮膚。画面の中央で、それらが生々しく動いていた。間もなく、彼はスマホを机から降り払った。


「なんで……。こんな、だって、バーチャル……」

震える声は、怒っているようでも、泣いているようでもあった。


画面の端では、バーチャルの体がいつも通り笑っている。その端で、知らない女の手が、まな板の上を動いていた。


俺が拾い上げたスマホを差し出すと、彼は目を背けたまま言った。


「それ、消して......」



あの配信から、一週間ほど経っていた。

高橋は普通に学校に来ていたし、俺も、あえて何も聞かなかった。


放課後、教室に残ってスマホをいじっていると、廊下の向こうから女子の声が聞こえた。


「ねえ、昨日のトラちゃんの配信見た?」


その名前に、反射的に俺は高橋を見た。

だが、高橋はスマホから目も上げず、鼻で笑った。


「ああいうの、まだ見てる奴いるんだ」


その言い方が、妙に刺々しくて、俺は一瞬、聞き間違えたのかと思った。


「え? お前、あの子の配信——」


「無理。普通にキモいだろ」


その言葉が、やけに軽く、やけに重かった。


「だって、VTuberったって結局は現実の女と一緒だ。僕が狂わされた中学の、あの手と同じだ。そうだ、あんなの見るなんて、どうかしてた。アレ見てドキドキしてた自分が嫌になる」


「いや、でも......あんなに楽しそうにしてたじゃん。人生の楽しみが増えたって」


「は?お前、アレ見てまだVTuber好きとか言わないよな?あんなの、僕をバカにして、汚した現実と変わらない。安心して推してねって顔しといて、実際は汚く汗かくし、トイレにも行くし、誰かと寝るんだよ」


高橋は唇を強く噛んでいた。


「......高橋」


「こんなの、僕に対する裏切りだよ。......だから、アイツらは僕に何されても文句言えないよな」


俺は、何も言えなかった。



あれ以来、高橋は高校に来ていない。

連絡すると既読はつくが、返事はない。


俺は何となく、虎谷トラの配信を見続けていた。配信はこれまでと同じように続けられていた。ただ時々、同じような文体のコメントがいくつか流れるようになった。


「おい、人間」

「汚れるだろ」

「配信するな 」

「手元映すな」


どれも短くて、執拗で、見覚えのある文章の癖だった。



俺は、VTuberに親友を壊された。


でも本当は、あの日、画面に映った“手”が、

壊れかけていた高橋の中にあった何かを、

決定的に変えてしまったんだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VTuberに親友を壊されるまで 結弦 @enamon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画