月花(げっか)

桃咲えりか

第1話 プロローグ

 満月の夜、暗い部屋に一つのランプの明かりが付いていた。とても静かで、この静かな空間ではとても声がひびいた。

「オオカミは吸血鬼きゅうけつきがきらいでした。吸血鬼きゅうけつきもオオカミがきらいでした。そして、オオカミは吸血鬼きゅうけつきからにげるために、その村を逃げ出しました。」

 片耳に三日月の形のピアスをした男の子はゆっくりと、優しく発声しながら絵本を読み上げている。

 ベッドに横たわりその話を聞いていた、男の子と同じ片耳に三日月の形のピアスをした女の子は不思議そうに聞いた。

「なんでオオカミさんはさんがこわいの?」

「そうだな....多分、このお話の吸血鬼きゅうけつきさんは、とても性格がわるくて優しいオオカミさんをいじめてるんだよ。」

「じゃあ、パパもオオカミさんいじめるの?」

「ううん。パパはオオカミさんを愛していて、とっても優しくしているよ。いつもルナにも優しいでしょ?続きはまた今度。今日はもう寝ないといけないよ。」

 男の子はルナの頭をポンポン、と優しく撫でると、絵本を閉じて立ち上がる。

「まって....おにいちゃんは、さんのこときらい?こわくない?」

 男の子は一瞬目を逸らすと、ゆっくり答えた。

「うん。こわくないよ。お兄ちゃんは強いからね。悪い吸血鬼きゅうけつきはお兄ちゃんがたおすよ。」

さん、きっと悲しいんだよ。みんなにきらわれてるから。だから、たおしちゃダメだよ。」

 男の子はそれを聞くと少しうつむいたまま言った

「ルナは優しい子だね.....うん。心配しなくていいよ。ほら、もう寝る時間だよ。」

「おやすみなさい。おにいちゃん。」

「おやすみ。ルナ。」


 ルナが寝ているしんと静まり返った部屋で、かすかに聞こえるの音はなんだろうか。誰かの声だ。

「アウゥーーーーン。」

 犬の遠吠えのようにも聞こえるが、それだけではなく、声も聞こえてきた。

「だれかたすけて。」

 誰の声だろう、とルナは起き上がる。

「ママ?」

 ベッドから降りて、扉に向かって歩き出す。

 扉を開けて廊下に出ると母親と父親の寝室に向かう。

「ママ?パパ?」

 大きめのキングサイズのベッドには、2人の姿があった。小さな寝息を立ててぐっすりと眠っているようだ。

 ルナは目をこすりながら、兄の部屋へと足を運ぶ。

「おにいちゃーん?」

 家具が少なく、無機質な部屋はしんと静まり返っており、ベッドには誰もいなかった。

 どうしていないのだろう、と不思議に思いながら自分の部屋に戻ろうとしたその時、

「たすけて.......。」

 やっぱり聞こえる。とても苦しそうな声だ。そして、ルナはその声を辿たどって歩き出していく。階段を降り、玄関まで来ると、その声は玄関の外から聞こえてきているのが分かった。

 玄関のドアノブに手をかけた瞬間、母親の言葉を思い出す。

「満月の夜は、外に出ないこと。声が聞こえても気にしないこと。ルナ、守れるかな?」

 怒られたらどうしようか、と頭をぐるぐると考えていたが好奇心には勝てなかった。

「ママ、ごめんなさい。」


 ガチャ、とドアノブを回して玄関の外に出る。

「たすけて。」

 またあの声が聞こえる。心臓の鼓動がドクドクドクと脈打っているのが分かった。ダメだと分かっていても考えるより先に、足は勝手に動いていた。


 どれくらい歩いただろうか、声を辿って歩いていたら緑の茂る木々たちが見えてきた。

 森の入り口であろうその場所の先には、暗い真っ暗闇の道が続いていた。

 ルナは森の入り口で足を止め、足は少し震えていた。こんなに遅い時間の満月の夜に外に出たことは無かったからだ。

 しかし、辿たどっていた声は一際大きくなっていた。苦しそうな、嗚咽おえつ混じりの声だ。それと同時に、歩いてる間ずっと感じていた独特な香りが鼻を刺した。この独特の香りは確か、そう、昔、母親が怪我をして、出血している時の匂いと一緒であると確信した。

 もし、助けを求めているのなら誰かが助けてあげなければならない。自分を安心させるように耳のピアスにそっと触れて、真っ暗闇の森の中へと足を進める。


 しばらく歩いていると、狼の足跡のようなモノを見つけた。そして、真っ赤な、血痕。

 その血痕を辿ると信じられない光景を目にした。

 そこには、血だらけになって倒れ込む大きな狼がいた。もちろん、狼を見るのは初めてでは無い。ルナの母親は狼人間であり、よく背中に乗せてもらったものだった。問題は、血だらけになって倒れているということ。

 聞こえていた声の主は、この人だと確信した。

「だいじょうぶ、ですかっ....?」

 恐る恐る声を掛けてみるが返事はない。

さっきまで声が聞こえていたのに。

ふと、兄のことが頭に浮かんだ。

 しかし、確実に言えるのはこの狼は兄ではない。匂いが違う。母親の匂いに似ているような気もした。

「たすけて...くれ.....。」

 返事のなかった狼が声を出し始めた。

 それ聞いたルナは狼をぎゅっと抱き抱える

「たすけますっ!ルナが.....ルナがオオカミさんたすけますっ!!すぐにパパとママを呼びます!」

 顔が涙でぐちゃぐちゃになりながらも必死に狼を安心させようと声をかけるルナ。

「アウゥゥーーーーーー。」

 (ママ、パパ、助けて。)

 一生懸命に遠吠えを続ける。


 そうしていると、すぐに返事があった。

「アウゥーーーーン。」

 (ルナ。そこを動かないで。今向かうからね。)

 ルナの母親だ。来てくれるんだ。きっと助けてくれる。

「オオカミさん、今助けを呼んだよ......。」

 わらにもすがる思いで狼をギュっと抱きしめる

「.......オオカミさん?オオカミさん起きて!?!?ダメだよ、すぐ来てくれるから....」

 返事がない狼の体を強くゆするが、

 狼は、もう息をしていなかった。

 幼いルナは動かなくなった狼をさらに強く抱きしめて、大きな声で、泣きわめいた。


「ルナ?!ルナ、ルナ起きて......」

「ママ......?ママ!!オオカミさんが.....オオカミさんがっ!!!」

「ルナ落ち着いて。そのオオカミさんは、どこに居るの?」

 そう言われて、ルナは自分の腕の中を見る。

 抱き抱えていた狼が居たはず。ルナは意識を失っていたのか、何が起きているか分からない。

 夢を見ていたのだろうか、でもなぜここにいるのだろうと頭の中でぐるぐる駆け巡る。

 ルナの両腕をガシッと掴み、母親は言った。

「この血は、何?!ルナのものじゃないわね?誰のなの?!!」

 こんな表情をした母親は初めて見た。



 あの狼は、どこへ消えたのだろうか。

そして、この日から、兄は忽然こつぜんと姿を消した。










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月花(げっか) 桃咲えりか @momonekochan

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