格差点数社会

@raputarou

格差点数社会

第一章 スコア500の世界


私——佐藤ユイは、今日も自分のスコアを確認した。


『市民スコア: 523点』


腕に埋め込まれたチップから、ホログラム表示される数字。これが、私の全てだ。


2045年、日本は「市民スコアシステム」を導入した。全国民に0点から1000点のスコアが付けられ、そのスコアによって受けられるサービス、住める場所、就ける職業が決まる。


800点以上——エリート層。高級住宅街に住み、最高の教育と医療を受けられる。600点から799点——中流層。普通の生活ができる。400点から599点——下層。限られたサービスしか受けられない。400点未満——最下層。スラムに住み、まともな仕事にもつけない。


私のスコアは523点。下層の上位だ。三十二歳。システムエンジニア。一人暮らしのアパート——D区画、下層居住区。毎日、スコアを上げるために必死に働いている。


スコアは、様々な要素で決まる。職業、学歴、収入、納税額、犯罪歴の有無、社会貢献度——そして、最も重要なのが「評価」だ。他の市民から受ける評価。親切にすれば、スコアが上がる。迷惑をかければ、スコアが下がる。全てが、監視され、記録され、数値化される。


帰り道、D区画の入口でセキュリティチェックを受けた。アパートに着くと、隣人の老婆——山本サチコさんが倒れていた。


「山本さん!」私は、慌てて駆け寄った。「救急車を呼びます!」


だが——『要請却下。対象者のスコアが不足しています』


「え......?」『山本サチコ、スコア298点。緊急医療サービスの利用には、最低スコア400点が必要です』


「そんな......!」私は、システムに抗議した。「命に関わるんです!」『却下されました』


冷たい、機械的な声。私は自分の車で山本さんを病院に連れて行ったが、同じ対応だった。「申し訳ありません。スコア400点未満の方は、基本治療のみとなります」


結局、山本さんは簡単な処置だけ受けて、帰された。「ユイちゃん......もういいんだよ。私のような低スコアは、生きてる価値がないから」「そんなこと、ありません!」


その夜、私は禁じられた場所にアクセスした。『地下フォーラム』——スコアシステムに反対する人々が集まる、違法な掲示板。


そこで、一つの投稿を見つけた。『スコアシステムの真実を暴く。明日、C区画の廃ビルで会合を開く。午後8時』


翌日、私は廃ビルに向かった。地下には、十人ほどの人々が集まっていた。


「俺は、黒木タケシ。元システムエンジニアだ」四十代、スコア412点の男が言った。「今日、お前たちに真実を教える。このスコアシステムの正体を」


「このシステムは、最初から不公平に設計されている。スコアの初期値は、親のスコアで決まる。親が高スコアなら、子供も高スコアからスタートする」


黒木が続けた。「つまり、生まれた時から格差が固定されてるんだ。どんなに努力しても、低スコアの家に生まれたら、高スコアにはなれない」


「さらに、スコアの算出アルゴリズムは、政治家と大企業が管理している。支配するためだ。低スコアの人間は、安い労働力として使われる」


「そして、最も恐ろしいのは——スコアが一定以下になると、『人口調整』の対象になる。スコア200点未満の人間は、秘密裏に処分される」


全員が凍りついた。「俺の妻も、スコアが150点になった時に、ある日突然消えた」


「俺たちは、このシステムを破壊する。そのために、スコアシステムの中枢——政府のデータセンターにハッキングする」


黒木が私を見た。「佐藤ユイ、協力してくれないか?」


私は覚悟を決めた。「やります」


だが、その時——ビルの外から、サイレンの音が聞こえた。「警察だ!」「逃げろ!」


だが、既に遅かった。武装した警察官たちが突入してきた。「動くな! 全員、逮捕する!」


警察官の中から、一人の女性が現れた。橘ユキコ——私の幼馴染が、警察官の制服を着て立っていた。




第二章 裏切りの記憶


「ユキコ......?」私は、信じられない思いで彼女を見つめた。


橘ユキコ。スコア987点。エリート層の頂点に立つ女性。そして、かつての親友。


「久しぶりね、ユイ」ユキコは、冷たい微笑みを浮かべた。


私たちは全員逮捕され、取調室に入れられた。数時間後、ユキコが入ってきた。「ユイ、どうしてこんなことを?」


「このシステムが間違ってるからよ。人を点数で測るなんて、おかしい」


「おかしい?」ユキコが笑った。「このシステムのおかげで、社会は効率的に運営されている」


「効率的? 低スコアの人は、医療も受けられないのよ!」


「それは、仕方ないことよ。資源は有限なんだから。高スコアの人間に、優先的に資源を配分する。それが、合理的な判断」


「ユキコ......あなた、変わってしまったのね」


私たちは、同じ下層の家に生まれた。だが、十年前——ユキコは、エリート層の男性と結婚した。そして、スコアが一気に上昇した。


「変わったんじゃない。現実を見ただけよ」ユキコが立ち上がった。「ユイ、協力してくれれば——黒木たちの情報を教えてくれれば——罪を軽くできる」


「裏切れと?」


「裏切りじゃない。正しい選択よ」


私は、ユキコの手を振り払った。「お断りする。私は、黒木さんたちを信じる」


ユキコの表情が固まった。「そう。なら、仕方ないわね」


数日後、私は裁判にかけられた。罪状は、「システム反逆罪」。


「被告人、佐藤ユイ。何か、言いたいことは?」裁判官が尋ねた。


私は立ち上がった。「このスコアシステムは、不公平です。生まれた時から、スコアが決まっている。どんなに努力しても、低スコアの人間は上に行けない」


「静粛に!」


「そして、低スコアの人は、医療も受けられない。まるで、人間扱いされていない。私は、このシステムを変えたい」


その時、傍聴席から声がした。「その通りだ!」


スコア530点の中年男性が立ち上がった。「俺の娘も、低スコアで医療を拒否された。そして、死んだ! このシステムは、殺人システムだ!」


他の傍聴人たちも立ち上がった。「そうだ! システムを変えろ!」「低スコアにも、人権を!」


法廷が騒然となり、裁判は中断された。


その夜、拘置所の独房で、黒木が現れた。「脱獄するぞ」


「え!?」


「協力者がいる。今夜、ここから逃げる」


私たちは拘置所を脱出した。外には、バンが待っていた。運転席には——ユキコがいた。


「ユキコ!?」


「早く乗って」


バンはスラムに向かった。廃墟のような建物で、ユキコが説明した。


「私も、このシステムに疑問を持ってたの。私の夫——彼は、スコアシステムの開発者の一人だった。でも、彼は後悔してた。このシステムが、人々を苦しめているって」


「だから、彼はシステムの欠陥を公表しようとした。でも——殺されたの。政府に」


ユキコの目に涙が浮かんだ。「だから、私は復讐することにした。夫の遺志を継いで、このシステムを破壊する」


「ユイ、ごめんなさい。一緒に戦いましょう」


私はユキコの手を握った。「ええ」


だが、その時——建物の外から、爆発音が聞こえた。


窓から外を見ると——政府軍の戦車が、スラムに侵入してきていた。




第三章 スラムの戦い


「政府軍だと!?」黒木が叫んだ。


戦車だけではない。武装した兵士たちが、数百人規模でスラムに侵入してきた。


「全員、逃げろ!」


外は既に戦場と化していた。スラムの住民たちが、政府軍と戦っている。石、棒、火炎瓶——貧弱な武器で、銃を持った兵士たちに立ち向かう。


「スラムの住民たちが、蜂起したんだ」黒木が説明した。「お前たちの裁判がきっかけだ」


一人の少年が兵士に撃たれた。「やめて!」私は走り出し、少年を抱き起こした。「救急車を!」


だが——『要請却下。対象者のスコアが不足しています』


少年のスコアは156点だった。


私たちは地下のシェルターに逃げ込んだ。そこには数十人の住民が避難していた。


だが、シェルターの入口が爆破され、兵士たちが侵入してきた。「全員、拘束しろ!」


その時、奥から一人の男が現れた。スコア87点の老人だった。


「政府の犬どもめ。俺たちを、人間扱いしないつもりか」


「黙れ! 貴様らは、システムに反逆した!」兵士が銃を向けた。


「反逆? 笑わせるな。俺たちは、ただ生きたいだけだ。人間として、尊厳を持って」


老人が合図すると、住民たちが一斉に立ち上がった。「俺たちは、もう逃げない。ここで、戦う。尊厳のために」


だが、その瞬間——シェルターの天井が崩れ落ちた。爆発だ。


私たちは必死に逃げた。地下道を通って地上に出ると、スラムは完全に破壊されていた。建物は燃え、死体が転がっていた。


空には、巨大なホログラムが映し出された。政府の広報官が演説していた。


『本日、D区画スラムにて、テロリストによる暴動が発生しました。政府は、秩序維持のため、これを鎮圧しました。テロリストのリーダー、黒木タケシ、および共犯者たちは、逃走中です』


画面には、黒木、私、ユキコの顔写真が表示された。『懸賞金: 各1000万円』


「俺たちは、お尋ね者か」黒木が自嘲的に笑った。


私は燃えるスラムを見つめた。多くの人が死んだ。罪のない人々が、犠牲になった。


「戦う」私は決意した。「このシステムを、必ず破壊する」


「政府のデータセンターにハッキングする。最初の計画通りに」


「だが、今は監視が厳しい。侵入は不可能だ」黒木が首を振った。


「いいえ、方法がある」ユキコが自分のチップを見せた。「私のスコアは、まだ987点。システム上、私はまだ政府の味方。私が、データセンターに侵入する」


三日後——作戦決行の日が来た。ユキコは政府のデータセンターに入った。一方、私は廃墟のビル屋上でノートパソコンを開いた。


「ユキコ、準備はいい?」『準備OK。いつでもいけるわ』


「じゃあ、始めるよ」私はハッキングを開始した。


『ユイ、サーバールームに着いた。物理的にアクセスポイントを作るわ』


「よし、侵入できた!」私は政府のデータベースに侵入した。


そして、あるファイルを見つけた。『プロジェクト・ピュリファイ』


開くと、衝撃的な内容が記されていた。


『目的: スコア200点未満の市民を、段階的に排除する』

『方法: 医療拒否、強制労働、最終的には処分』

『実施期間: 2040年〜2050年』

『現在の進捗: 排除済み人数 127,456名』


私は吐き気を催した。政府は、計画的に低スコアの人々を殺していた。


「これを......公開しなきゃ」私はファイルをダウンロードし始めた。


だが——警報が鳴り響いた。『侵入者検知。セキュリティシステム起動』


「まずい! ユキコ、逃げて!」


通信が途切れた。「ユキコ!」


私のいるビルの下に、政府軍の車両が集まってきた。「包囲された......」


だが、ダウンロードは続いている。あと30秒——


兵士たちがビルに侵入してきた。あと20秒——階段を駆け上がる足音。あと10秒——屋上のドアが蹴破られた。


「動くな!」兵士たちが銃を向けた。


だが——『ダウンロード完了』


私はデータをクラウドにアップロードし、世界中に公開した。「終わった......」


その時——全ての電子機器が停止した。街の明かりが消え、車が止まり、チップが機能しなくなった。


空に巨大なホログラムが映し出された。黒木の顔があった。


『市民諸君、聞いてくれ。今、スコアシステムが停止した。そして、真実が公開された』


ホログラムには『プロジェクト・ピュリファイ』の内容が表示された。政府による低スコア市民の計画的殺害。その証拠。


街中が騒然となった。


『これが、私たちが生きてきた社会の真実だ。スコアシステムは、支配のための道具だった』


人々が街に出てきた。低スコアも、高スコアも、関係なく。そして、みんなが政府庁舎に向かって歩き始めた。


「革命が、始まった......」


私はビルを降りて、政府庁舎に向かった。そこには、既に数万人の市民が集まっていた。


「システムを廃止しろ!」「平等な社会を!」「政府は責任を取れ!」


群衆の中に、ユキコの姿を見つけた。「ユキコ! 無事だったのね!」


「ええ。何とかね。黒木さんが助けてくれたの」


政府庁舎のバルコニーに、総理大臣が現れた。「市民諸君! 落ち着いてほしい! これは、誤解だ!」


「誤解じゃない! 証拠がある!」


「プロジェクト・ピュリファイは、一部の過激派が勝手に進めたものだ!」


「嘘をつくな!」「システムを廃止しろ!」「総理は辞任しろ!」


「これ以上の暴動は、武力で鎮圧する!」


群衆はさらに激昂し、一部の市民が政府庁舎に突入し始めた。「革命だ!」「政府を倒せ!」


暴動が始まった。私は恐怖を感じた。これは、私が望んだことなのか?


「ユイ、大丈夫?」ユキコが心配そうに尋ねた。


「分からない......私たちは、正しいことをしたの?」


「正しいかどうかは、分からない」黒木が答えた。「でも、真実を明らかにすることは、必要だった」


その夜、政府は崩壊した。総理は辞任し、スコアシステムは停止された。


だが、社会は混乱に陥った。




第四章 新しい秩序


スコアシステムが停止してから、一週間が経った。社会は完全な混乱状態だった。


略奪、暴動、無秩序——人々は、どう生きればいいのか分からなくなっていた。


「このままでは、社会が崩壊する」黒木が頭を抱えた。


私たちは臨時政府を立ち上げた。黒木がリーダー、ユキコが治安担当、私がシステム再構築担当。


だが、問題は山積みだった。食料配給、医療、電力——全てが、スコアに依存していたのだ。


その時、一人の男が本部に入ってきた。元政府官僚、藤原ヒデキだった。


「協力させてください。私も、スコアシステムには疑問を持っていました。私の知識と経験を使って、新しい社会を作りたいんです」


黒木は頷いた。「分かった。力を貸してくれ」


藤原の協力を得て、私たちは新しいシステムを構築し始めた。


元スコアに関係なく全員に平等に配給する食料システム。緊急度に応じて治療の優先順位を決める医療システム。全ての子供に無料で平等な教育を提供する教育システム。


「これで、何とか社会が回り始めた」藤原が安堵した。


だが、元高スコアの人々の不満が噴出した。


「なぜ、私たちが低スコアの人間と同じ扱いを受けなければならないんだ!」元スコア900点台の男性が抗議に来た。


「努力、ですか」私は冷静に答えた。「あなたの努力は認めます。でも、低スコアの人たちも努力していました」


「嘘だ! 彼らは怠け者だ!」


「違います。低スコアの人たちは、どんなに努力しても報われないシステムの中で生きていました。生まれた時から、スコアが低かった。親が貧しかった。だから、どんなに頑張っても上に行けなかった」


「でも、これからは違います。全員が、平等にチャンスを得られる社会を作ります」


男性は納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。


その夜、私は街を歩いた。D区画——かつてのスラム。今は、再建が始まっていた。


人々が協力して家を建てている。低スコアだった人も、高スコアだった人も、一緒に。


「佐藤さん!」あの少年——タクマが走ってきた。「元気になったのね」


「はい! 佐藤さんのおかげです。僕、大きくなったら、佐藤さんみたいになりたいです」


タクマの目が輝いていた。「みんなを助ける人に」


「頑張ってね」私は微笑んだ。


だが、その時——爆発音が街に響いた。


「何!?」燃える建物があった。「テロだ!」


「元高スコアの過激派が、新政府に反対して爆弾を仕掛けた!」


黒木が現場に駆けつけた。「犯人は?」「逃走しました。ですが、声明文が残されています」


『スコアシステムを復活させろ。さもなくば、次はもっと大きな爆弾を使う』


その夜、緊急会議が開かれた。「武力で鎮圧すべきだ」「いや、それでは元の政府と同じだ」


議論は平行線だった。


藤原が発言した。「対話をしましょう。過激派の人たちも、不安なんです。新しいシステムで、自分たちがどうなるのか。彼らの声を聞いて、不安を解消する。それが、真の解決策です」


黒木は頷いた。「分かった。やってみよう」


翌日、私たちは過激派のリーダー、神崎レイコと会談した。元スコア950点の女性だった。


「なぜ、テロを起こしたんですか?」私が尋ねた。


「私たちは、不安なんです。スコアシステムがあった時、私たちは安定していた。でも、今は何もない」


「でも、平等になったじゃないですか」


「平等?」神崎が笑った。「平等に貧しくなっただけです。低スコアの人たちは救われたかもしれない。でも、高スコアの人たちは、全てを失った。私の夫は、スコアシステムの下で一生懸命働いて、高スコアを維持していた。でも、システムが崩壊して、全てが無意味になった。私たちも、被害者なんです」


神崎が涙を流した。


私は初めて気づいた。高スコアの人たちも、苦しんでいるのだと。


「分かりました」私は神崎の手を握った。「新しいシステムでは、あなたたちの不安も解消します。でも、暴力は使わないでください」


神崎はしばらく考えてから頷いた。「分かりました。信じます」


私たちは新しい社会システムの最終案を作成した。


『新しい日本の原則』

1. 全ての人は、生まれながらにして平等である

2. 努力した人は、正当に評価される

3. だが、評価は点数ではなく、社会への貢献で測る

4. 医療、教育、住居は、全ての人の権利である

5. 自由と尊厳は、何よりも尊重される


一ヶ月後、国民投票が行われた。新しいシステムに、賛成か反対か。


結果は——賛成: 78%、反対: 22%


圧倒的多数で、新システムが承認された。私は安堵の涙を流した。


「やったね、ユイ」ユキコが私を抱きしめた。


「ええ......やっと、終わった」


「いや、まだ始まったばかりだ」黒木が微笑んだ。


「そうね。これから、本当の戦いが始まる」新しい社会を作る戦い——




第五章 格差のない未来


それから五年が経った。2050年、新しい日本は、少しずつ形になっていった。


私は、今も新政府でシステム管理の仕事をしている。スコアシステムは完全に廃止された。代わりに、『貢献ポイント』という新しいシステムが導入された。


だが、これは強制ではない。ボランティアや社会貢献をした人に、感謝の印として付与されるポイント。そして、そのポイントで、特別なサービスを受けられる。


だが、基本的な生活——医療、教育、住居——は、全員に保証されている。


「佐藤さん、報告書ができました」若い部下が書類を持ってきた。


『貧困率: 2%』五年前は30%だった。大幅に改善された。

『医療アクセス: 98%』五年前は60%だった。これも大きな進歩だ。


だが、まだ課題はある。『元高スコア層の失業率: 15%』新しいシステムに適応できない人たちが、まだいる。


その時、ドアがノックされた。ユキコが入ってきた。今は、教育大臣として働いている。


「ユイ、久しぶり。新しい教育カリキュラムを作りたいんだけど、意見を聞かせて」


しばらく話し合った後、ユキコが尋ねた。「ユイ、後悔してない? スコアシステムを壊したこと」


私は少し考えてから答えた。「後悔はしてない。でも、もっと良い方法があったかもしれないとは思う」


「そうね」ユキコが窓の外を見た。「でも、私たちは最善を尽くした」


「ええ」


その夜、私は山本サチコさんを訪ねた。彼女は今も元気で暮らしている。スコアシステムが廃止されて、適切な医療を受けられるようになったからだ。


「ユイちゃん、いらっしゃい」山本さんが嬉しそうに迎えてくれた。


「あの時、ユイちゃんが助けてくれなかったら、私は死んでいたわ」


「いいえ、当然のことをしただけです」


「ユイちゃんのおかげで、新しい社会ができた。本当に、ありがとう」山本さんの目には涙が浮かんでいた。


帰り道、私は街を歩いた。かつてのD区画——今は『新都心区』と呼ばれている。綺麗に整備され、公園や学校が建っている。


子供たちが、笑顔で遊んでいる。スコアに縛られない、自由な子供たち。


「これが、私たちが守りたかった未来だ」私は微笑んだ。


その時、一人の少年が私に声をかけてきた。「あの、佐藤ユイさんですよね?」


見覚えのある顔——あの時、私が助けた少年だった。もう十五歳になっている。


「覚えてる? 僕、タクマです」


「もちろん、覚えてるわ」


「僕、高校生になりました。そして、将来は政治家になりたいです」タクマの目が輝いていた。「佐藤さんみたいに、みんなを助ける人に」


私はタクマの肩に手を置いた。「頑張ってね」


「はい! 絶対に、良い社会を作ります!」タクマは元気に走って行った。


私は希望を感じた。次の世代が、もっと良い社会を作ってくれる。


その夜、黒木から連絡があった。「佐藤、明日、記念式典があるんだ。来てくれないか」


「記念式典?」


「スコアシステム廃止から、五周年だ」


翌日、私は式典会場に向かった。そこには、数千人の人々が集まっていた。


黒木が壇上でスピーチをした。「五年前、私たちは大きな決断をしました」黒木の声が会場に響き渡った。


「スコアシステムを廃止し、新しい社会を作ると。それは、簡単な道ではありませんでした。多くの困難がありました」


「だが、私たちは諦めなかった。そして、今、新しい日本がここにあります」


拍手が会場を包んだ。


「これは、一人の力ではできませんでした。多くの人々の努力の結果です」黒木が私を見た。「特に、佐藤ユイ。彼女がいなければ、この社会はありませんでした」


全員が私を見た。私は恥ずかしくなった。


「佐藤、壇上に上がってくれ」黒木が手招きした。


私は壇上に上がり、マイクの前に立った。「皆さん、こんにちは。佐藤ユイです」私の声が震えた。


「五年前、私は一人の老婆を助けられませんでした。それが、全ての始まりでした。スコアシステムの不公平さに気づき、戦うことを決めました」


「でも、私は英雄ではありません。ただ、正しいと思うことをしただけです」


私は会場を見渡した。「そして、私一人では何もできませんでした。黒木さん、ユキコさん、そして多くの仲間たちの力があったから、ここまで来られました」


「これからも、課題はたくさんあります。完璧な社会なんて、ありません。でも、私たちは諦めません。少しずつ、より良い社会を作っていきます」


「全ての人が、尊厳を持って生きられる社会を」


拍手が会場を包んだ。私は涙を流した。嬉しい涙だった。


式典の後、私は一人で記念碑の前に立った。そこには、スコアシステムとの戦いで亡くなった人々の名前が刻まれていた。


スラムで戦った名もなき人々、革命で命を落とした市民たち——


「あなたたちの犠牲は、無駄じゃなかったよ」私は記念碑に語りかけた。「新しい社会ができた。まだ完璧じゃないけど、確実に良くなってる」


風が優しく吹いた。まるで、彼らが「ありがとう」と言っているようだった。


私は未来を見据えた。格差のない未来——それは、まだ遠い。でも、確実に近づいている。


そして、私は信じている。いつか、本当の平等な社会が実現すると。全ての人が、幸せに生きられる社会が。


それが、私たちの夢だ。そして、その夢のために——私は、これからも戦い続ける。


数ヶ月後、私は政府の会議室にいた。新しい法案の審議だ。


「次の議題は、『普遍的基本所得制度』です」議長が発表した。


全ての国民に、無条件で最低限の生活費を支給する制度。これが実現すれば、貧困は完全になくなる。


「賛成の方は?」


私を含め、大多数が手を挙げた。


「可決されました」


会議室に、拍手が響いた。また一つ、理想に近づいた。


会議の後、私は一人で街を歩いた。夕日が、街を赤く染めていた。


A区画——かつてのエリート居住区も、今では開放されている。高級マンションは、公営住宅に転用された。


D区画——かつてのスラムは、美しい住宅地に生まれ変わった。


もう、区画による差別はない。全ての人が、どこにでも住める。


「佐藤さん!」


振り向くと、神崎レイコが立っていた。かつての過激派リーダー。今は、社会福祉の仕事をしている。


「神崎さん、お疲れ様です」


「佐藤さんこそ。今日の法案、通って良かったですね」


「ええ。あなたも、協力してくれてありがとう」


神崎は微笑んだ。「最初は、新しいシステムに反対してました。でも、今は分かります。これが、正しかったって」


「私も、まだ試行錯誤中です。でも、一緒に頑張りましょう」


「はい」


神崎と別れた後、私は公園のベンチに座った。そこには、様々な人々がいた。


かつて高スコアだった人、低スコアだった人——もう、そんな区別は意味がない。


みんな、ただの人間として、笑い合っている。


子供たちが遊んでいる。老人たちが談笑している。若者たちが未来を語り合っている。


これが、平和だ。これが、私たちが求めていた社会だ。


私の腕のチップを見た。もう、スコアは表示されない。代わりに、時刻と健康情報だけが表示される。


シンプルだけど、それで十分だ。


人の価値を、数字で測る時代は終わった。


夜、私は自分のアパートに戻った。小さいけれど、温かい我が家。


窓から外を見ると、街の明かりが美しく輝いていた。


かつて、この明かりは格差を象徴していた。明るい場所は富裕層、暗い場所は貧困層。


でも今は、全ての場所が平等に輝いている。


私はベッドに横になった。疲れたけれど、満たされた気持ちだった。


明日も、仕事がある。社会を良くするための仕事が。


まだまだ、課題は山積みだ。経済格差の完全な解消、教育の質の均一化、医療技術のさらなる向上——


やるべきことは、たくさんある。


でも、私は一人じゃない。黒木、ユキコ、藤原、神崎、タクマ——


多くの仲間がいる。そして、何より、国民全員が協力してくれている。


私は目を閉じた。そして、夢を見た。


十年後の日本。完全な平等が実現した社会。


誰もが笑顔で暮らし、誰もが夢を追いかけられる世界。


スコアも、格差も、差別もない——


本当の意味での、平等な社会。


「いつか、きっと......」


私は、そう呟いて眠りについた。


翌朝、目覚めると、窓の外は快晴だった。


新しい一日が始まる。新しい挑戦が待っている。


私は服を着替え、朝食を取った。そして、家を出た。


街には、もう朝の活気が満ちていた。


人々が出勤し、子供たちが学校に向かい、店が開店準備をしている。


普通の、平和な朝。


でも、この「普通」を守るために、多くの人が戦ったのだと思うと、胸が熱くなった。


オフィスに着くと、部下たちが挨拶してくれた。「おはようございます、佐藤さん!」


「おはよう。今日も頑張ろう」


私は自分のデスクに座った。


メールボックスには、全国から感謝のメッセージが届いていた。


『新しい社会に感謝します』

『私の人生が変わりました』

『子供たちに、希望のある未来を残してくれてありがとう』


一通一通、読んでいくと、涙が出そうになった。


これが、私たちが戦った理由だ。この笑顔のために。


私は、返信を書き始めた。一人一人に、感謝の言葉を伝えたかった。


昼休み、ユキコが訪ねてきた。


「ユイ、ランチ一緒にどう?」


「いいわよ」


私たちは近くのカフェに行った。かつては高スコア専用だった場所。今は、誰でも入れる。


「ユイ、最近忙しそうね」


「ええ。でも、充実してる」


「良かった」ユキコが微笑んだ。「私も、教育改革で忙しいけど、やりがいがあるわ」


「これからも、一緒に頑張ろうね」


「ええ」


二人で、未来のことを語り合った。


次の目標、新しい政策、理想の社会——


話は尽きなかった。


午後、黒木から緊急の連絡があった。


「佐藤、すぐに来てくれ。重要な知らせだ」


私は黒木のオフィスに急いだ。


「どうしたんですか?」


「国連から、正式な評価が届いた」黒木が書類を見せた。


『日本の社会改革モデルが、国際的に高く評価された。他国も、同様のシステム導入を検討している』


私は驚いた。「本当ですか?」


「ああ。私たちの戦いは、世界に影響を与えている」


黒木の目が輝いていた。「これからは、日本だけじゃない。世界中で、格差のない社会を作る動きが始まる」


私は感動で言葉が出なかった。


私たちの小さな戦いが、世界を変えようとしている。


「佐藤、お前はすごいことをしたんだ」黒木が私の肩を叩いた。


「いいえ、私たち全員です」


「そうだな」


その夜、私は一人で記念碑の前に立った。星空の下、静かに手を合わせた。


「みんな、聞こえますか? 私たちの戦いは、世界に広がっています」


「もう、誰も点数で差別されることはない。全ての人が、平等に生きられる世界が、実現しようとしています」


「あなたたちの犠牲は、決して無駄じゃなかった」


涙が、頬を伝った。


星が、優しく輝いていた。


まるで、天国から見守ってくれているようだった。


私は空を見上げた。


「ありがとう。そして、これからも見守っていてください」


風が、答えるように吹いた。


私は微笑んだ。


そして、未来に向かって歩き出した。


格差のない社会——


それは、もう夢ではない。


現実になりつつある。


そして、私は信じている。


いつか、世界中の人々が、笑顔で暮らせる日が来ると。


その日まで、私は戦い続ける。


仲間たちと共に。


全ての人の尊厳のために。


これが、私——佐藤ユイの物語。


格差点数社会を壊し、新しい世界を創った女性の物語。


そして、これは終わりではない。


新しい始まりなのだ。

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