魔弾の射手の最期の銃弾

オリーゼ

第1話


 乾坤一擲。

 魔弾の最後の一発は悪魔の望む場所を穿つという。

 口を覆う布をずらしその最後の一弾にくちづけ、冷たく固まった神の手をそっと撫でると彼は旧式の銃をその教えに忠実に構えた。


「俺は絶対に外さない」

 シケモクをくわえライフルを構えて撃つポーズを取った男を、シモンは憧れの目で見つめた。

 彼は、北部戦線に送り込まれたシモンについた先輩スナイパーだ。

 渾名は魔弾の射手。

 伝説の射手がそうだったように、彼は決して狙った獲物の狙った場所を外さない。

 旧式の銃を使っているのに誰よりも敵を屠る。

「おっとやばい。敵がいる」

 雪で煙草の火を消して、男はシモンに伏せるように指示した。

「ベイビーは雪でも食ってろ。あと弾」

 雪を口に含んで白い吐息を消したシモンは、男にライフル弾を差し出した。

 皮膚のように馴染んだ男の革の手袋と自分の手袋越しの手が触れ合う。

 先程と違って本物の銃を構えた男は迷いなく引き金を引いた。

「ほい、いっちょ上がり」

 空気を引き裂く音と共に双眼鏡越しの敵兵が腹を抑えて崩れ落ちた。

「これで時間を稼げるだろう」

「なんで、弾、持たないんですか?」

 男は必ずシモンに弾を持たせて渡させる。

「俺の手持ちは魔弾の最後の一発だからな」

「射手を最も苦しめるものに当たる?」

「ああ。だから撃たずに取ってあるんだ。そして他人に借りる。俺は当て続ける」

 それを世迷いごとと断じるには男の腕は的確すぎたし、ゲンをかつぐ人間も多いのを知っているからシモンは頷いた。

「もう二、三人撃っておくか。ほら練習だ。シモン、そろそろ震えず撃てるようになってくれ」

 覆われていない目元が笑みの形を作ったのを見て、シモンは彼への尊敬の念をあらたにする。

 狙撃銃の使い方も人の殺し方も、北国の過ごし方も彼から教わった。

 軍部の要職を占める一族の末に生まれた自分は、家業とも言えるこの生業に全く適性がなかった。

 団体生活に向かず、人を指揮するのも向かず、人殺しすらいまだに恐ろしくてまともにできない。

『最前線に出て華々しく散り、国威宣揚の礎となれ』

 味方を無駄に死なせた自分に対して厳しい顔をした父はそう告げて、最も過酷だと言われる北部戦線への辞令を投げ渡した。

 部隊と一緒に過ごさなくて良い猟兵への配置、そして最高の師は親としての最後の情だったのだろう。

「照星と照門を獲物に合わせて、ただ静かに……狙いを定めて引き金を引く。それだけだ」

 簡単な事のようにもう一度見本を見せた男はシモンに言った。

「今日こそ敵の頭をぶち抜いてみろ。我が弟子よ」

 冗談めいた口調で指示を出した男にシモンは小さく頷くと男にフォロー用の弾丸を渡し、照準を定めて言われた通りに引き金を引く。

 ライフル弾が空気を切り裂きながら敵に飛んでいく時に、男はすでに銃を構えていた。

 着弾は狙っていた頭でなく、足を打ち抜いた。

 そしてシモンのものではない二発目の弾丸が過たず敵の脳漿を撒き散らす。

「ま、当たらないよりはマシってところだな。シモン」

 帰投の準備を終え、新しい煙草に火をつけた男は人差し指と中指でそれを挟み、煙を肺の奥まで取り込んだ。

「お前のおかげでヤニがうまい」

 今日はシケモクを吸わなくて済むからなと、外した事を責めもせずに男は笑った。

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