第4話

雨が降ると決まって思い出す歌がある。

何度も歌ってみるのだけど、一番、二番と進むと、途中どうにも歌詞が思い出せなくなって止まってしまう。サビの部分の歌詞さえも怪しい。検索すれば出てくるのはわかってるし、スッキリと通しで歌えることだろう。そうしないのは、面倒なのではなく、結局そうしてそのままにしておきたいだけなのだ。

祖母が歌い、父が歌い、歌番組で年末に誰かが歌った。

いつか、誰かの声とともにどうにか思い出し、歌える日が来るのをどこかで心待ちにしている。

そうして、一年が経ち、数年が経ち、今日も途中で止まってしまった。続きはいつも鼻歌。

雨は止みそうにない。どうせ一日降るだろうし、予定もない。ゆっくりと名残り惜しむように、手繰るように思い出せればいい。

そういえば、歌の題名も忘れてしまった。

雨はそんなことはお構いなく、ベランダの手すりから気ままにテンポを添える。

単調に刻み、急かすように転調、突然静かに嗤っては何処かへ逃げる。

だけど、また鼻歌が繋いでくれる。おだやかに継ぎ接ぎ、継ぎ足す、あたたかい誰かの懐かしい声で繰り返す。

日が暮れてくると、消し忘れたFMから流れてきた話をふと耳がとらえ、聴いていた。

『本当のことを言っても、ウソを言っても許してもらえない人には、どうやって謝れば良いのでしょうか』

なるほど、お困りの様子。少し小さいボリュームに耳をそばだて、何もない空中に目を泳がす。

どうして。

どうして謝るのに理由が要るのだろうか。

詫びたい、弁解をしたい、というより『自分を正当化したい』気持ちが一番に伝わって、相手を許せない気持ちにしてしまうのではないか。これでは『お詫び』が伝わらない。

こういう状況だったから、とか、仕方がなかったの、とか、埋め合せします、とか。

詫びたい気持ちを伝えるなら、シンプルに『ごめんなさい』、『申し訳ない』。きっとその後の言い分は、弱い自分を守るためのものだから、相手に伝えず、心に留める。

『本当にごめんなさい』

あとは、相手の好物を買って、一筆添えれば良い。

頂いた方は、あなたの選んだ好物を味わい、ゆったりとお茶でも飲みながら、丁寧に綴られたあなたの詫び状をゆっくりと繰り返し読むのだ。

気持ちは十分に伝わるだろう。

そして、それはいつか静かに愛おしいエピソードに昇華されるはずだ。

赤の他人のささやかな悩みに、そう思い巡らすうちに、回答を聴きそびれてしまった。

だけど、続いて流れた曲は、あの歌だったのだ。

ああ、この曲。渇いた記憶に一瞬で水が広がり潤してゆく感覚、取りこぼさぬよう歌詞を掬いあげるようにして聴いた。

夕陽が薄れ、やがて安物のカーテン越しに透けて見えるマジックアワーの色を背景に、流れ続けるかすかな声とあたたかな追憶につつまれ、どうかわたしの心よ、身体よ、永遠に忘れないでいて欲しいと願う。

夜が来ても、また新しい朝が来ても。

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ダイアリイ。 @EryHa

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