第3話 『ハルタの素養』

 ひび割れた石の床の上に、かつて柱だったものたちが野ざらしになっている。

 かつてここに壁と天井で覆われた、大きな建造物があったであろうことは、ハルタにも想像できた。

 大昔の蓋ノ人ふたのびとが建てたものだろうか。

 文明を探り出そうにも、ハルタの頭脳では難しかった。

 その中央に、人二人分ほどの狭い階段が地下へと続いていた。地下墓地へと繋がる唯一の階段である。

 参勤交代のような行列が階段を下りていく。飲み込まれていくように。

 正午を過ぎた頃、ハルタと湯葉丸もその列に混ざった。


 地下墓地は階層構造になっている。階ごとに天井の高さや面積が異なり、規則的ではない。

 直下に進むのではなく、階段を下りるように斜めに進んでいく。

 未開拓エリアを除き、いくつかの情報は潜りたちの間で共有されているが、細かな部分においては差がある。当然のことながら大手ギルドほど保持する情報量は多いとされている。

 潜りたちの目的は、墓地から得られる物品、あるいは魔物の素材である。地上で換金することができるからだ。


 狭く探索し甲斐のない、天井の低い空間が続いたかと思えば、急にだだっぴろい空間へ放り出されてしまうこともあり、空間が広ければいいというわけでもなく、



 長い階段を下りたあと、行列は横幅の狭い通路を進んだ。潜りたちの様子は軽快である。

 しばらくすると巨大空間へ出た。

 果ては目視できない闇。天井も見えない。太い柱が規則的な間隔をもって屹立している。数えきれないほど。

 やがて柱は闇に消えて見えなくなる。

 一体どこまで続いているのだろうか?──。

 訪れた潜りたちはしばし疑問を抱くが、果てを確認したという話は聞かない。

 潜りたちの表情は重苦しかった。

 巨大空間を抜けるとまた横幅の狭い道を行列は歩いた。天井は高い。重苦しかった潜りたちの表情は軽くなっていた。

 最前列の方から笛の音が聞こえた──。

 水面でホイッスルを強く吹いたような泡立った音だった。潜りたちがちらほら足を止める。

 ハルタが湯葉丸の腕を引いた。


「見に行こう」


 列の間を縫うように抜け、二人は最前列までやってきた。ヘクターがラキィ・マリアスや数人の潜りたちと何かを話していた。

 ハルタは通路の壁が一部崩れていることに気付く。そこから真下に広がる地下遺跡が見えていた。

 二人は最上階の端の隅からオペラ劇場を覗き込むように見下ろした。スタジアムくらいの広い空間が広がっている。まるで一つの都市のようだ。

 ゆえに地下都市と呼ばれている。


「ヘルデだ」


 ハルタがぼそっと言った。

 山羊の頭をした巨人が、大きな角材を手に大通りを歩いていた。距離が離れすぎておりヘルデは潜りたちに気付いていないようだが、足を止め、犬のように鼻を動かし辺りを窺っている。


「気づいてるのか?」


 とハルタが訊くと、「かもな」と湯葉丸が適当の答えた。


「出発だ。広いエリアは避ける!──」


 ヘクターの近くにいた潜りが号令を出した。どうやらこの遺跡へ下りるかどうかを議論していたらしい。

 二人は列へ戻った。

 狭い方、狭い方へと行列は移動していく。


 しばらくすると最前列から順に戦闘が始まった。

 地下都市にいた巨人ではない。

 背丈は、低いもので一メートル、高いものでニメートルほど。潜りたちと変わらないが、毛深く、顔は山羊。手にはそれぞれ、身の丈にあった角材を持っている。

 外見はヘルデに似ているが、全長が異なる。

 ヘルデルタ──と呼ばれている。


「人が密集して動きづらい。ハルタ、そっちの部屋でおびき寄せよう」


「分かった」


 距離を見ながらサーベルと鎧通しを器用に使い分け、ハルタは湯葉丸と狭い通路から外れ、広間のような開けた部屋へ移った。


「あの、僕らもついて行っても!──」


 声をかけられ、ハルタは足を止めた。

 麻袋のようなポンチョとフードが印象的な二人が目の前に立っていた。

 男と女だ。まだ若い。ハルタには幼く見えた。表情が怯えている。ハルタの鎧通しより、少し刃が長いくらいの短刀をそれぞれ握っている。

 人目で新米であることが分かる。ハルタは戸惑った。 


「別にいいけど」


 と言ってハルタは軽く答え、広間へ急いだ。


「遅いぞ」


 先に入った湯葉丸の後を追って、大量のヘルデルタが広間へ流れ込んでいた。


「悪い」


「なんだ、その二人は」


「知らん。なんかついて行きたいって」


「なんだそれ」


 湯葉丸は、右腕に固定している茜色の楯を左から右へ振り抜いた。扇ぐように。すると横風が吹き、ヘルデルタの群れが宙を舞った。そこへ飛び上がり、ハルタがサーベルで首を斬ったり、心臓を突き刺したりして処理していく。間合いによっては鎧通しを使って一刺しした。


「おい、まだこっちにいるぞ!──」


 入口の方から汚くどもった声が聞こえた。

 潜りたちが広間へ流れ込んでくる。先頭から順に、がむしゃらな荒い戦闘を繰り広げていた。

 ハルタは肘を腋に引き寄せ、サーベルを握った拳の底を胸に当てるように構え、腕を素早く突き出しては何匹ものヘルデルタの心臓を貫いた。

 広間の入口を背にする潜りの集団と、広間の中心を背にしたハルタが群れを挟み撃ちにしている。


「やるな、あの兄ちゃん」


 潜りの集団からそんな声が聞こえた。


「面白くなってきた」


 湯葉丸がにやりと笑って、「〈千羽鶴よ、届けオーバーピグマリオン〉」と叫びながら楯を振った。折り鶴のようなデザインの風が一つ飛んでいき、群れを鶴の翼が切り裂いた。


「ハルタ、もたもたしてると全部殺っちゃうぞ!……ん、ハルタ?」


 まだ敵が十分残っているというのに、ハルタが剣を鞘に納めていた。


「潜りたちを援護する」


 そう言って肩に担いでいた弓を下ろし、手に持った。

 胸ポケットのボタンをパチっと外し、開けて中から長方形のお札のような紙を一枚取り出す。護符と呼ばれるものだ。表面に魔法陣が描かれている。

 親指と中指で挟み持ち、指パッチンする要領で摩擦を起こし、ハルタは慣れた手つきで破いた。紙全体が光る粒子となり拡散し、すぐ収束して矢の束になった。


「何言ってんだ、敵が目の前にわんさかいるんだぞ! 実績を得るチャンスだろ」


「潜りが十分いる状況で、無理して前に出ても事故が起きるだけだ。離れて援護に回った方がいい」


 湯葉丸は唖然とした。ハルタの言葉に目を丸くした。片手間に楯を振り、折り鶴の風で蹴散らす。


「あのなぁ、他人のこと考えてる場合かよ」


「分かるんだ」


「なにが」


「俺は前に出るべきじゃない」


 穏やかな声でハルタは言った。


「……まだそんなこと言って」


「任せられるなら、任せて援護に回った方がいい。その方が事はスムーズに運べる。これまでだってそうしてきた。だから〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉は上手くいったんだ」


 湯葉丸はハルタをじっと見た。睨むような目つきだが、本人は無意識だ。圧をかけている。感情が漏れ出て暗に訴えていた。

 だがハルタの視線は、人が軽い雑談の中で無意識に視線を移すのと同じくらいの性質で移動した。


「俺の後ろに隠れてないで、君たちも戦いに参加しなよ。初陣?」


 ハルタよりも少し背の低い少年少女が同時に頷く。


「そうか……。群れからはみ出た奴だけを狙うんだ。二人がかりでな。無理はしなくていい」


「わ、分かりました!」


 と少年が言うと、少女が「はい」と元気よく返事をした。二人は参戦する。

 まるで昔のイカルガと自分を見ているようだ。

 ハルタは懐かしくなり、笑みがこぼれた。


 潜りの一人が、負傷しているのが見えた。おそらくヘルデルタの角材によってつけられた傷だろう。二の腕辺りの服が破け、流血している。

 ハルタは矢を放った。それは真っすぐに男の肩へ飛び、着弾の瞬間、魔法陣が発動する。光る粒子が拡散すると、収束して二の腕の傷を治した。

 ハルタは次々に矢を放っていく。最初は驚いていた潜りたちも、そのうちに理解し「坊主、ありがとよ」と声をかけた。

 勢いづく潜りへ、ハルタは笑みを返した。

 

 その笑みを見つめる湯葉丸の表情は、曇っていた。じっと見つめている。しばらくして視線を外すと、無言で戦闘に戻った。



 ※



 ハルタと湯葉丸は、にわか作りの屋根の下にいた。

 屋台だ。カウンターの内側で、袴を着た老人が白く太い麺を湯がいている。外の看板には〈はよせなへるで〉と書かれている。

 そこへ「お隣、いいですか」と暖簾から二つ顔が見えた。先ほど共闘した少年と少女だった。ハルタが快く、もちろん、と返すと二人は「お邪魔します」と席に着いた。


「僕はグリスと言います。こっちはログライン」


「ログラインです」


 グリスの奥からひょっこり顔を出し、栗毛の少女が会釈する。真っすぐに伸びた毛先は肩に触れるくらい長い。

 グリスの方は短髪だ。ログラインと同じ栗色。横は耳が少し隠れるくらいで、前髪は眉毛に少しかかっている。

 ハルタと湯葉丸も名乗った。

 

「先ほどは助けていただきありがとうございました。ハルタさんの剣捌きとか、動きとか……その、感動しました」


「大袈裟だな」


「でも他の潜りの方々もリスペクトしてましたよ? なんて言ったらいいのか……あ! 湯葉丸さんの──」


「気遣いは無用だ」


 湯葉丸が言葉に被せて言った。初対面の者には、やや冷たく聞こえる口調だろう。グリスが苦笑いしている。


「気にしないでくれ。悪気はないんだ」


 ハルタがフォローする。


「あの、聞いてもいいですか?」


 とグリス。もちろん、とハルタは返す。


「さっきのあの矢、あれは魔力を使ったんですか?」


「ただの魔法陣だ」


「……護符ですか?」


 ハルタは頷く。


「もしかして、シャフトに癒しの護符が巻き付けてあるんですか?」


「正確にはやじりだ。刃の代わりに、護符で包んだ重さのある緩衝材が付けてある」


「つまり、自作ってことですか?」


 ハルタがまた頷く。


「俺が考えたわけじゃないけどな。考えたのは前のパーティーのリーダーだ。一本あたり二八グラムの重さでないと真っすぐ飛ばないんだとさ」


「なんだか凄いリーダーさんですね」


「二人はこの国の出身か? どこから来た?」


「幼馴染なんです、私たち」


 ログラインが奥から言った。


「生まれはダックリバーの南西の……その、森を越えた先にある小さな村でした」


 ダックリバーはこの街の名だが、同名の大河がすぐ隣にあるので、土地勘のあるものはそれらをまとめてダックリバーと呼ぶ。あとは文脈によってどちらの話をしているのか聞き手側がその都度理解する。

 でした──という言い方が気になったが、あまり詮索しない方がいいかもしれないとハルタは聞き返さなかった。


蓋ノ人ふたのびとなのに、楯は使わないんだな」


「使えないんです。その、学校に行ってなくて」


 グリスが気まずそうに答えると、ログラインが、


「昔、村が咀嚼卿そしゃくきょうに襲われて……」


 咀嚼卿──言葉に聞き覚えがなく、ハルタには意味が分からなかった。何故だか年上ぶった見栄が出てしまい、湯葉丸に確認するわけにもいかず、「なるほど」と理解したフリをする。


「でも、ハルタさんも楯を持ってませんよね。湯葉丸さんは持ってるのに」


「俺はまぁ……」


「お待ちどうさん」


 濁ったハルタの言葉に、タイミングよく年老いた声が被さる。店主がカウンターにお椀を置いた。中には熱々のうどんが入っていた。


「先にどうぞ」


 ハルタがすすめると、一度は断ったのだが、グリスたちはお椀を受け取った。

 四人分行き渡ると、湯葉丸が自分のものに、テーブルに備え付けられていたサービスの青ねぎを加えた。それも大量に。

 うどんと汁が見えなくなるまで盛り付けられた青ネギを、グリスとログラインが呆然と口を開けながら見つめている。


「イカルガがよくこうやって食べてたろ。確か……」


 湯葉丸が言った。


「無限ねぎ、だろ? 浸して食べるんだってな」


「そうだった」


「それおいしいんですか?」


 ハルタが同じようにして青ねぎを盛り付けていると、グリスが訊いた。試してみればいい、とハルタに提案され、ログラインと二人して青ねぎを盛った。うどんと汁が見えなくなるまで。

 食べ終わったあと口がねぎ臭くなるけど、とハルタが補足するが時すでに遅し。二人の手が同時に止まった。

 味が良かったのか、二人は青ねぎを汁に浸し、満足そうにむしゃむしゃと頬張った。うどんと一緒に。


「地下墓地でうどんが食べられるなんて……。汁もおいしいし。何から出汁を取ってるんだろ」


 店主が業務用鍋の中から、素手で何か大きなものをゆっくりと取り出した。


「〈はよせなへるで〉って書いてあるやろ」


 言葉が訛っている。店主が、片手でヘルデルタの頭の角を握っていた。

 山羊の「-」のような横長の黒目と目が合い、グリスとログラインの顔から血の気が引いた。湯葉丸とハルタが麺をすする。

 角席で青ねぎを頬張る湯葉丸を見て、グリスは後に続くように麺をすすった。記憶から山羊の頭の映像を消し去るように。

 感化されたようにログラインも啜る。やがて満足そうな顔をした。やはり味はおいしかったらしい。

 獣臭くないのが売りだ、と店主がさり気なく言った。

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