追放されたのは無能な俺じゃなく、優秀な幼馴染の方だった。(蓋魔の瓶夫:②第二原稿)

酒とゾンビ/蒸留ロメロ

一部

第1話 『斑鳩〈イカルガ〉の剥奪』

 地下墓地・最深部大扉前。


 だだっ広い空洞の真ん中に、全長七メートルから九メートルの、山羊の頭をした巨人が横たわっている。


「ヘルデの数が少ないわね」


 巨人は、ヘルデと呼ばれていた。


 切り開かれた肉の隙間に差し込まれた透明の管を、フォソーラは抜けないように握るうよにして持った。

 管を通ってヘルデの血液が、八リットルの大瓶に流れ落ちている。

 黒い血が五つのガラス瓶を満たすと、フォソーラ、ビョーク、イカルガが手分けして、瓶を手押し車に乗せた。


「ここらはイカルガがほとんど駆除したからな、そのせいだろう」


 慣れた様子でハーレーはヘルデの皮を剥いだ。

 全身の皮を一枚に剥ぎ終えると、荷台の瓶の周りを皮でぐるっと囲み、緩衝材代わりにした。余った皮を風呂敷のように使い、瓶を覆い隠す。

 最後にヘルデの頭を切り落とし、瓶の上にそっと乗せた後、大きな麻布で荷台ごと覆った。

 ハーレーが二回、とんとん、と荷台の角を叩く。


「ハル、いいぞ」


 手押し車がゆっくりと動き出す。

 ここから数日間、手押し車を曳き、これら物資を地上へ持ち帰る。それが瓶夫びんぷであるハルタの役割だ。


「あんたら」


 とハーレーの声が響く。


「残りは適当にやってくれ」


 八リットル大瓶を抱えた男共が、隅の暗がりからぱっと現れ、ヘルデへ群がっていった。


「ありがてぇ、いつも悪いな」


「いいんだ。どうせ、この量はオレたちだけじゃ持ち帰れない。潜りは肩身が狭い。持ちつ持たれつだ。仲良くやろう」


 すでに男共には、ハーレーの声は聞こえていなかった。


「ハーレー、行くわよ」


 フォソーラの声がして、ハーレーは小走りに手押し車へ合流した。


「ここから、またあの坑道を戻るんですか」


 折り返し地点が四つある坂──その聳え立つ壁のような坂を前に、ビョークはため息をついた。

 空洞は、絶壁に囲まれていた。一行は、絶壁の頂上に位置する坑道を通り、この空間へとやってきた。坑道へ戻るには、来た時に下ったこの坂を上るしかない。


「ハーレー、後ろ!」


 イカルガが慌てて言った。

 ハルタの手押し車が坂の前で止まる。

 振り返ったハーレーの目の前に、頭上からヘルデが降ってきた。

 足元が揺れた。

 咆哮──ヘルデが奇声を吐き散らす。唾液が飛ぶ。

 ヘルデの死骸に群がっていた者たちが、その姿を見て暗がりへ逃げていく。


「私に任せて!」


 イカルガがそう言って、先陣を切った。

 ハーレーは下がりながら、「配置につけ」と全体へ指示を出す。

 縮毛矯正したような直毛──腰まである長い黒髪を揺らしながら、イカルガはヘルデと向き合った。そして魔力を喉の奥へ集中し、一気に前方へ吐き出した。

 一点集中の青い熱線が、彼女の口内から放射された。

 熱線が、地面を溶かしながら直線上に伸びて、ヘルデの胸部を貫く。

 奇声のような呻き声に、空間が震えた。よろめくヘルデ。その巨体が動くたび、地面が揺れる。

 ハルタは、手押し車のハンドルを握りながら笑みを浮かべた。

 イカルガに任せておけばいい。彼女になら任せられる。この熱線は、すべてを貫く英雄の一撃だ。彼女ならやってくれる。

 その安心が命取りになるとも知らず、いつものように興奮し、イカルガの勇姿に目を輝かせた。


「よせ、イカルガ!」


 というハーレーの声がした。浮かれ気味なハルタの表情が止まる。

 いつも冷静沈着なハーレーの青い瞳が、明らかに動揺していた。唇が震えている。

 何かが起きた。ハルタは、すぐに察した。鼓動が速まる。だが何が起きたのか分からない。視線が右往左往する。


「……フォソーラ?」


 ハーレーが口を間抜けに開けたまま、どこか一点を見つめていた。

 ハルタは彼の視線の先を追った。やがて見つけ、目の奥が脈を打つ。言葉を失い、ハーレーと同じような顔をした。

 ヘルデの後方に、人の下半身が見えていた。地面から隆起した小高い岩の上だ。それがフォソーラなのだとハルタが気づくまでには、数秒かかった。


「ふぉっ、ふぉふぉ、フォソーラの上半身が……」


 ちんちくりんなビョークが、ハルタの隣で尻餅をつく。


 フォソーラの腰から上は消失していた。

 ヘルデの胸部を貫いた熱線は、炭一つ残らないほどに、彼女の上半身を焼き尽くしてしまった。



 ※



 ダックリバーとは町の西側に流れる大河のことであり、この町の名でもある。町にはペントシェスタという正式な名前があるのだが、人々は何故かダックリバーと呼ぶ。

 地下墓地探索を生業とする探索者──潜り。

 彼らが集会場として利用するパブ〈高級な人々ユーベルメンシュ〉の二階、その一室に、探索者パーティー〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉の面々が顔を揃えていた。


「喋らないなら帰らせてもらいますよ」


 ビョークが貧乏ゆすりを止め、テーブルの上から手を下ろした。

 一八歳という年齢でありながら、彼の背丈と風貌は小学生児童が飛び級してきたかのようである。センター分けした深緑色の髪は、毛量が多く、長さは肩まであった。つばの広いロングハットは、本人曰く、叡智の象徴であるらしい。

 イカルガ、ハーレー、ビョーク、そしてハルタ──四人が丸テーブルを囲んでいる。

 どこから話せばいいか──。

 ハーレーがそう切り出してから、しばらくの沈黙が流れていた。


「イカルガを除籍とする」


 両耳が半分隠れるほどの長さに、センター分けされた前髪と、全体に当てられた波打つパーマと金髪は、二三歳の身の丈にあった流行りである。その髪形から、戦闘の腕だけでなく、ハーレーが見た目の美を追求することにも抜かりないことが分かる。


「ま、そうなりますよね」


 納得するビョーク。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。本気なのか? イカルガを除籍って……」


 苦笑いを浮かべるハルタ。


「パーティーも解散とする」


「は?」


「へー、あっそ」


 椅子からひょいっとおりたビョークは、少し不貞腐れているようにも思える口調で「んじゃ、お疲れちゃんということで」と言って部屋を出て行こうとする。


「明日〈幼猫の嘶きキティ・ミュウ〉のサブマスが潜るっていうのに、まったく」


「待てよ、まだ話は」


 とハルタが言いかけた言葉に、


「終わったんですよ!」


 扉の前で振り返ったビョークが被せる。


「考える時間はあったでしょ。僕たちは終わったんです。〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉は存続不可能。ギルドからそう通達があったのでしょう。そういうことですよね、リーダー」


 ハーレーはテーブルの上を見つめたまま、頷くことすらしない。両肘をつき、両手で作った拳を下唇の前に添えている。

 沈黙は肯定だ、とでも言うように「ほら」とビョークが言った。


「本当なのか、ハーレー?」


 返事がない。


「発言を許されていないのでしょう。イカルガを除籍して、パーティーも解散。ま、ケジメってやつですね」


「過失とはいえ、フォソーラが死んだ」


 ハーレーが口を開いた。


「治安維持衛生局は、殺人とは判断していない」


「当たり前だろ、あれは事故だ」


「ギルドからは人殺しだと言われた」


 イカルガの体がぴくっと動いた。

 気づいたハルタは視線だけ向ける。

 俯いた顔は髪で見えない。自分の左肩をさすっていたイカルガの右手が動きを止め、肩をぎゅっと掴んだ。左手が太ももの上で震えている。


「道義的にはそうでしょう」


 とビョークが言った。


「単に、地上の法律が適応できないというそれだけの理由ですよ。地下墓地内のことに治安維持衛生局は不介入ですから。地上なら、過失致死は監獄行きです」


「一般人による地下墓地への立ち入りは、本来禁止されている。探索者資格を持っていようとだ。蓋ノ国の法律では死刑。ギルドも、公式的には認めていない。他の潜りを含め、俺たちは暗黙の了解の下、潜ることができている。フォソーラの件だけなら、ただの事故ということで済んだ。だが最深部への入口を封鎖したことは、見過ごすことができないと言われた。地下墓地は国が管理している古代遺跡だ。俺たちは、その一部を破壊した」


 事故が起きた時、ハルタに名前を呼ばれるまでイカルガは気づかなかった。ハルタが指差した方向に下半身を見つけ、それがフォソーラであると気付いたイカルガは、動揺から熱線を放出したまま首を動かしてしまった。

 熱線が天井を抉り、崩れ落ちた瓦礫が最深部への入口を封鎖した。大量の岩と瓦礫により、今も通行できない状況となっている。


「取り除くには時間が掛かるが、工事の目途が立たないらしい」


 ビョークが鼻で笑って、


「あんな命がいくつあっても足りない場所、普通の人間は近づきませんからね。いくら金を積まれたって引き受ける業者はいませんよ」


「潜りに頼むにも、あの量の瓦礫を取り除くには熟練の魔力使いがいる」


「それこそイカルガに頼めば!」とハルタ。


「ダメだ」


「イカルガなら一発で」


「今後イカルガが地下墓地に一歩でも踏み入れば、次はない」


「次?」


「全員、監獄行きだ」


 ダックリバー監獄のことだ。


「入れば赤子ですら重罪人にしてしまうと聞きます……なるほど。それが、ギルドが出してきた条件ですか」


「ごめんなさい」


 イカルガが俯いたまま言った。


「なんだ、それ……筋が通ってない……そもそも最深部への入口を見つけられたのは、イカルガのおかげだろ! ヘルデの討伐だって、イカルガがいたからこそできたことだ。散々頼って、ミスしたら終わりか!」


 ハルタは声を荒げた。


「むしろ守ってもらえた方でしょ」


 ビョークが呆れるように言った。


「どこがだよ」


「地下墓地は蓋ノ国の重要文化遺産ですよ? その一部を破壊して、変形させておいて、イカルガの除籍とパーティーの解散だけで済んだんですよ? イカルガはもう墓地へ立ち入ることはできませんが、僕らは別に禁止されてない。そうでしょ、リーダー」


「その通りだ。イカルガ以外は今後も潜りを続けられる。イカルガ、悪いことは言わない。探索者免許を置いて、田舎へ帰れ」


 言い方が気に入らなかった。自然と拳に力が入り、ハルタはハーレーへ飛び掛かると彼の右頬を殴っていた。

 椅子から倒れるように落ちて、ハーレーは尻をつく。ビョークが「え、嘘でしょ」とハルタの行動に苦笑いを浮かべた。


「イカルガがいたからここまでこれたんだろぉ!」


「ハルタ、やめてぇ!」


 椅子から立ち上がるイカルガ。

 乱暴にテーブルをどかし、ハルタはハーレーの襟を両手で掴んだ。


「違うかよ、リーダー!」


 床に尻をつけたまま、ハーレーが足でハルタの腹を強く蹴った。みぞおちの辺りを。

 簡単に飛ばされ、ハルタは床を転がった。咽る。息が苦しい。立ち上がろうとした瞬間、室内に突風が吹いた。

 一斉に窓ガラスが割れ、ベッドシーツがめくれて宙を舞った。ひっくり返ったテーブルが床を擦って壁まで移動していく。イカルガの長い黒髪が風に煽られている。


「やめて、ハーレー!」


 ハーレーが、大きな丸い円形の楯を構えていた。曲面が茜色をしている。夕日のようだ。

 ハルタは身動きができない。指一本動かせない。風圧が体全体を真上から押し付けており、骨が軋み、潰されそうだった。

 風がふと止んだ。

 平気そうに立ち上がったハーレーは、平然とした様子で洗面台へ行き、蛇口を捻って口をゆすぐ。吐き出された水には、薄い赤色が混じっている。


「荷物持ちが……誰に向かって口きぃてやがる」


 妙に落ち着いた声だった。ハーレーは見向きもせず、赤くなった頬を鏡で確認する。

 イカルガが肩を貸し、ハルタを起こそうとした。


「大丈夫だ」


 自力で立ち上がるなり、ハーレーへ近づく。顔すれすれまで詰め寄ると、ハルタは睨みつけた。目を合わせ凝視しまま、繰り返し浅く頷く。


「……分かったよ。じゃ、解散な」


 ハルタが部屋から出て行くと、部屋には沈黙だけが残った。ビョークが気まずそうにしている。

 イカルガがすぐに後を追った。


 階段を駆け下りるハルタ。後ろから「待って、ハル」とイカルガが追う。

 一階の丸テーブルで酒をかっ食らっていた潜りたちの視線が、一斉にこちらへ向いたことに、ハルタは気付いた。

 一人、イカルガを見ながらいやらしく舌なめずりしている男が見えた。血の気が引いた。ハルタはイカルガの手を強引に取って階段を下りる。店の外へ出ると腕を離した。


「なんなのよ」


 腕をさすりながら、ハルタの背中を見つめる。

 イカルガは〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉にとって英雄だが、他の潜りたちにとっても英雄のはずだ。熱線は、どんな魔物も一瞬で焼き尽くす。

 彼女に助けられてきたのは、ハルタや〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉だけではない。路地を通り過ぎて行く潜りたちや、店内にいる潜りの中にだって、彼女に命を救われた者は多い。

 それがたった一度のミスで、こうも変わるものなのか。

 ハルタは通行人へ鋭い視線を向けた。

 イカルガに対する見方が変わった。彼女はもう英雄ではない。少なくとも潜りたちの中には、すでに英雄視していない者がちらほらいるように思えた。

 

「おかしいよ、みんな……」


 イカルガへ振り返った。


「ハーレーもビョークも、散々イカルガに頼ってきたくせに」


「私は別に……そんなつもりなかったけど……」


「いや、頼ってたよ。イカルガがいれば百人力だ。どんなヘルデだって一撃じゃないか。それをみんな当てにしてたろ。それがなんだよ……。フォソーラだって、こんな形での解散は望んでないはずだ」


 イカルガが弱々しい笑みを浮かべていた。ハルタの視線が下がる。彼女の手に、探索者免許が握られているのが見えた。


「これ、渡しそびれちゃった」


 そっと受け取ると、ハルタは免許証に映るイカルガの写真に目を落とす。

 二人で、免許を取得しにギルドへ行った日のことを思い出していた。イカルガは写真の写りが気に入らないと言って、カメラマンに何回も取り直させていた。あれから、もう少しで二年が経つ。

 写真の中のイカルガは、凛々しい笑顔を浮かべている。地下墓地でハルタがいつも見る英雄の表情だ。


「私、田舎へ帰るわ」


「は?」


「これ以上、みんなに迷惑かけたくないし」


「いやいやいや、ダメだろ、そんなの……ダメに決まってる。俺たちまだ一九歳だぞ」


「私は二〇歳になったわ」


「そうだった」


 二人は同級生だ。ハルタは早生まれで、数えではイカルガと同い年だ。


「最深部へ行くんだろ? 諦めるには早すぎる」


「みんなを死なせるわけにはいかないわ」


「けど」


「ごめんね、私のせいで……今までありがとう。こんなこと言えたきりじゃないけど、ハルタ……私の分も、頑張ってね」


 かける言葉を探しているうちに、イカルガの背中が遠ざかっていった。

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