今日子

御戸代天真

今日子

 今日子はとても可愛らしかった。緑の瞳は宝石のようにつややかで、黒いおさげ髪はきれいに整っていた。いつも同じ笑顔を浮かべ、誰もが思わず「可愛いお嬢ちゃん」と声をかけた。


 今日子は座り、こう聞いた。

「ねぇ、お名前は? って聞いて」

 隣の男は、喉がひっかかったような声で、促されるまま尋ねた。

「あなたのお名前は?」

 今日子は、元気よく答えた。


「今日子」


 今日子は、同じ調子で聞いた。

「ねぇ、あなたいくつですか? って聞いて」

 男は震える手で顔を覆い隠すようにしながら、尋ねた。

「今日子ちゃん。あなたはいくつですか?」

 今日子は目をぎゅっとつむり、貼り付いた笑顔のまま答えた。


「七歳」


 今日子は首をかしげ、可愛らしく聞いた。

「ねぇ……好きな色は、なんですか? って聞いて」

 男は元気のない目で虚空を見つめ、ため息まじりに尋ねた。

「今日子ちゃん。あなたの好きな色は何ですか?」

 今日子は小さな手を挙げ、「はーい」と元気よく答えた。


「可愛い、、ピンク」


 今日子は少し考え、尋ねた。

「ねぇ……好きな、食べ物は、何ですか? って聞いて」

 男は思考を放棄したかのように、今日子の言葉を繰り返した。

「今日子ちゃん。あなたの好きな食べ物は何ですか?」

 今日子は、問われる前から答えが決まっていたかのように、即座に答えた。


「ママが作る、カレーライス」


 今日子は声を落とし、同じ調子で言った。

「ねぇ……将来……何になりたいですか? って聞いて」

 男はほとんど聞き取れないほどの声で、尋ねた。

「今日子ちゃん。あなたは……将来何になりたいですか?」

 今日子は照れる様子もなく、男を見つめ、小さな口から、いつもとは違う、わずかな雑音を混ぜて答えた。


「うーんとねー……うーんとねー、……パパのおよめ……さん」


 今日子は、そこで言葉を止めた。

「ねえ、、ジジ、、なたは……ジジ……の………ジーーーーー。ガコン。…………ブーーーン…」

 今日子はぴたりと動きを止めた。笑顔はそのままに、瞳はぼんやりと一点を見つめ、完全に沈黙した。

 すると、隣の男は、まるで二足歩行を忘れた獣のように、ゆっくりと、不自然なほど静かに立ち上がった。髪はぼさぼさで、顔には長いひげが生え、汚れた服を着ていた。男は這うようにして、部屋の隅の古い木箱へ向かった。何かを右手に握りしめると、ゆっくりと立ち上がり、四つん這いで今日子に近づいた。その足音は、乾いた骨が擦れるような、ぞっとする音だった。

 男の膝下ほどの今日子を、男は枝のように細い腕で抱き上げた。指先はミイラのように乾燥し、ひび割れている。服のボタンを外し、背中を弄った。花柄の服の下には、色が剥げ、くぼんだボタンがあった。男はそれを力任せに押し込んだ。今日子の腰が1ミリ浮いた。男は鋭い爪をその隙間に刺し込み、ギチギチと嫌な音を立てながら、腰を無理やり取り外した。中には赤黒く錆びた電池があった。男はそれを無造作に放り捨て、右手に握っていたセピア色の、これもまた古い電池を、錆だらけの今日子の腰の中へ押し込んだ。骨が砕けるような不快な音を出しながら電池をはめ込み、男は今日子の腰に蓋をした。その動作は、まるで機械を扱うように冷徹だった。

 男は今日子の服を元に戻し、その小さな体を起こした。胸のくぼんだボタンを押すと、今日子は息を吹き返したようにピクンと動いた。何事もなかったかのように、言葉を覚えたての幼児が大人に何度も尋ねるように、また言った。その声は、テープの再生のように平坦で、機械的だった。


「ねぇ、お名前は? って聞いて」


 男は髭に隠された唇を動かし、「今日子……今日子、ごめんな」と、嗚咽混じりのしゃがれた声で尋ねた。瞳は輝きを失い、目の前の人形を虚ろに見つめていた。


「あなたのお名前は?」


 輝きを失った瞳で男を見つめ、動かない唇から、まるで生きている少女がはしゃぐように、元気よく答えた。


「今日子」

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今日子 御戸代天真 @Pegasus

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