第30話 鉄の山と賢者の報酬
日が傾き、焦げ臭いにおいが漂う大坂には、奇妙な鉄の山が出来上がっていた。 それは、逃げ帰った西の国の騎士たちが脱ぎ捨てていった、数百個もの鎧の残骸だ。 冷やされた鉄はもう熱くはないが、その圧倒的な量は見る者を圧倒した。
「……こいつはすげえや」
ガエルは、積み上げられた鎧の山を見上げ、呆然と口を開けた。 一つ一つが、職人が時間をかけて打った高級品だ。 市場で売れば、城がもう一つ建つほどの金額になるだろう。
「全部、あたしたちのものさ」
カミラが鎧の胸当てを足で軽く叩いた。 カン、と良い音が響く。
「西の国は太っ腹だね。最新式の装備を置いていってくれるなんて。……これだけの鉄があれば、あんたの仲間のジレットって鍛冶屋も、一年は材料に困らないだろうよ」
「ああ。これでお嬢の……いや、賢者様の懐も潤うってわけか」
ガエルたちは、マリウスが手配した荷車に次々と鉄屑を積み込んでいった。 これが、今回の彼らの報酬の一部となる。 敵を倒し、街を守り、さらに大金を手に入れる。 今までの「運び屋」としての仕事とは桁が違う成果だった。
*
塔の最上階。 エリストールは、眼下の広場に運び込まれる鉄の山を見下ろしていた。 マリウスが帳簿を広げ、木製の計算盤を手慣れた手つきで弾いている。
「鎧の売却益と、再利用による鉄資源の確保。……今回の防衛戦にかかった油代を差し引いても、莫大な利益が出ますね」
マリウスは満足げに言った。 彼はこの勝利を黒字として処理したのだ。
「……兵士たちの様子は?」
「火傷を負った者が数名おりますが、死者はゼロです。西の国への『生きた宣伝』として、国境へ放り出しましたよ。『バルガンの街には恐ろしい魔女がいる』とな」
エリストールは小さく息を吐いた。 魔女。 魔法などないこの世界で、知恵だけで大軍を退けた自分には、その呼び名がふさわしいのかもしれない。
「さて、賢者様。今回の功労者への支払いを済ませましょう」
マリウスは机の上に、ずっしりと重い革袋を二つ置いた。 一つはガエルたちへの報酬。 もう一つは、今回前線で指揮を執った傭兵、カミラへの特別手当だ。
「彼女をどうしますか? 優秀な剣ですが、野放しにするには危険です」
「……私が雇うわ。マリウス、あなたの財布からではなく、私の『賢者としての稼ぎ』から出して」
エリストールは即答した。 これから先、もっと強力な敵が現れる。 ガエルの機動力、ファルクの耳、ジレットの技術、トト達の情報網。 そして、それらを守り、敵を粉砕するためのカミラの武力。 すべてが必要だった。
*
その夜、赤竜の爪痕亭の地下。 ガエルたちは、マリウスの使いから届けられた報酬の多さに目を丸くしていた。 今までの稼ぎの数年分が、そこにあった。
「すげえ……! これなら、みんな腹いっぱい食えるぞ!」 「新しい靴も買える!」
子供たちが歓声を上げる中、カミラは自分の取り分が入った袋を放り投げ、受け取った。
「悪くない額だね」
彼女はニヤリと笑い、大剣を背負い直した。
「おい、ガエル。賢者様に伝えておきな。『契約成立だ』ってね」
「契約?」
「ああ。あたしはこの街が気に入ったよ。……いや、訂正しよう。あの塔の中にいる『頭脳』に惚れ込んだのさ」
カミラは空になった酒瓶を指で弾いた。
「腕力だけの馬鹿な指揮官には飽き飽きしてたんだ。戦わずして勝ち、敵を裸にして追い返すようなイカれた軍師の下なら、退屈せずに済みそうだからね」
ガエルは嬉しそうに頷いた。 これで、カミラは正式な仲間だ。 ただの雇われ傭兵ではなく、エリストールを守る剣となったのだ。
「よろしく頼むぜ、姉御!」
「はん、安く使い潰そうとしたら承知しないよ」
隠れ家には、勝利の美酒と、新しい絆を祝う笑い声が夜遅くまで響いた。
*
一方、街外れの暗がり。 西の国の工作員、ザイードは、敗走する騎士たちの背中を苦々しい顔で見送っていた。
「……馬鹿な。鉄甲騎士団が、たった十分で全滅だと?」
彼の計算は狂った。 内部崩壊も失敗。 武力による制圧も失敗。 この街には、常識外れの何かがいる。 物理的な力では、あの塔を崩せない。
「力押しが通じないなら……別の手を使うまでだ」
ザイードは懐から、小さな黒い小瓶を取り出した。 中には、ドロリとした不気味な液体が入っている。 それは、東の国で流行している見えない病の元だった。
「人を動かすのは恐怖だ。だが、剣や炎よりももっと深く、静かに広がる恐怖がある」
ザイードは邪悪な笑みを浮かべ、街の水源がある方角を見つめた。 賢者よ。 目に見える敵は倒せても、目に見えない敵はどうやって倒す?
戦いの熱気が冷めやらぬ街に、次なる悪意が音もなく忍び寄ろうとしていた。 知恵と物理の戦いは、まだ始まったばかりである。
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