第17話 裏通りの精鋭と路地裏の瞳
ガエルは焦っていた。 廃城での西の工作員との遭遇、そして男爵による塩の買い占め。 敵の規模が、個人の手に負えるレベルを超え始めている。 カミラという相棒を得たとはいえ、彼女は剣一本で敵陣に突っ込むタイプだ。 もっと緻密で、組織的な手足と目が必要だ。
ガエルは赤竜の爪痕亭の奥にある貸切部屋に、信頼できる人間を集めた。 テーブルを囲むのは、隻眼の女傭兵カミラと、先日星鉄の一件で助けた老鍛冶屋、ジレット。 そしてもう一人、部屋の隅の暗がりに、気配を消して佇む男がいた。
「……何の用だ、ガエル。俺は森へ帰りたいんだが」
男の名はファルク。 この界隈で一番の腕を持つ狩人だ。 小柄だが全身がバネのように引き締まっており、背中には身の丈ほどある長弓を背負っている。 先日の燻製騒ぎの際、大量のチップ用木材を提供してくれたのが彼だった。 彼は極端に無口で、接近戦は好まないが、森の中で彼に狙われて逃げ切れた獲物はいないと言われる。 その足音は猫よりも静かで、気配を消しての隠密行動はカミラでさえ舌を巻くほどだ。
「帰るなよ、ファルク。森は男爵の兵士たちが演習場にしちまって、獲物も寄り付かないんだろう?」
ガエルが痛いところを突くと、ファルクはフードの下で苦虫を噛み潰したように黙り込んだ。 男爵の軍備増強の余波は、森の生態系さえも脅かしていたのだ。
「単刀直入に言おう。俺はチームを作りたい。この街を守り、男爵の暴走——ひいてはその裏にある戦争の火種を消すための、裏の自警団だ」
ガエルはテーブルに一枚の羊皮紙を広げた。 それは今朝、スレートが運んできたエリストールからの手紙だった。 そこには、戦力不足を懸念した彼女が考案した、ある装備の設計図が描かれていた。
『ガエル、少数で多勢と渡り合うには、機動力が必要です』 『これは「昇降器」のアイデアです。フック付きのロープを、バネの力で射出し、巻き取る装置です』 『これがあれば、高い壁も一瞬で登り、敵の頭上を取れます』
設計図を見た鍛冶屋のジレットが、老眼鏡を押し上げて身を乗り出した。
「ほほう……こいつは面白い。バネの構造が特殊だが、俺の腕なら作れんことはない。星鉄の残りを使えば、強度は十分だ」
「へえ、空を飛べるのかい? 面白そうじゃないか」 カミラが目を輝かせる。
「ファルク、お前には屋根の上や木の上からの援護を頼みたい。お前の弓と隠密技術があれば、敵に気づかれる前に数を減らせる」
「……屋根の上からなら、俺の弓は誰にも邪魔されずに狙える。接近戦をしなくていいなら、悪くない」
ファルクは静かに頷いた。 これで「武力(カミラ)」「遠距離・隠密(ファルク)」「技術(ジレット)」が揃った。 だが、まだ足りないものがある。 「情報」だ。
「よし、最後にもう一組、紹介する連中がいる」
ガエルが指を鳴らすと、部屋の床下収納の蓋が開き、ひょこっと小さな顔が現れた。 泥だらけの顔をした少年、トトだ。 続いて、三人の子供たちが音もなく這い出してきた。 彼らは街の浮浪児(ストリートチルドレン)。 大人たちが「汚い」と目を逸らす存在だからこそ、誰にも警戒されずに街の隅々まで入り込める。
「俺の情報源だ。トト、ルル、ミック、ポチ。こいつらは衛兵の交代時間から、貴族の愛人の家まで何でも知ってる」
「へへっ、ガエルの兄ちゃんには世話になってるからな!」
リーダー格の少年トトが鼻の下を擦る。 彼らは戦えない。だが、街全体が彼らの庭だ。 何か異変があれば、大人よりも早くガエルの元へ知らせが届く。
「すげえな、ガエル。いつの間にこんな軍隊を作ってたんだ?」 カミラが呆れたように、しかし頼もしげに笑う。
「俺一人の力じゃねえ。……塔の上にいる『参謀』のおかげさ」
ガエルは懐のエリストールの手紙を軽く叩いた。 彼女の知恵が人々を救い、その恩が巡り巡って、こうして信頼できる仲間として集まったのだ。 ガエルは全員の顔を見渡した。
「報酬は、男爵の横暴を阻止して得られる『平和な日常』と、俺が稼ぐ依頼料の山分けだ。乗るか?」
三人の大人と四人の子供は、それぞれの流儀で答えた。 カミラは剣の柄を叩き、ジレットは重い金槌を撫で、ファルクは静かに弓の弦を弾き、子供たちは元気よく手を挙げた。
その夜。 塔の最上階で、エリストールは窓の外を見つめていた。 眼下の闇の中、幾つもの影が動いているのが見えた。 屋根の上を疾走する影。 路地裏を素早く駆け抜ける小さな影。 それらは一つの意思を持って連動している。
彼らはガエルの新しい「手足」であり、「目」だ。 直接会うことはないかもしれない。 けれど、彼らは確かにエリストールの知恵を纏い、彼女の代わりに街を走っている。
「……行って、ガエル。私たちの街を守って」
エリストールは胸の前で手を組んだ。 その祈りに応えるように、遠くの屋根の上で、ガエルが塔に向かって小さく手を振った気がした。 孤独だった塔の令嬢は、今や、影の精鋭部隊を率いる「頭脳」となっていた。
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