第14話 隻眼の女豹と消えた星鉄

パン屋の一件以来、ガエルの元には奇妙な客が増えていた。 彼を「奇術使い」だと勘違いした子供や、「知恵の神様の使い」だと拝みに来る老婆などだ。 だが、今夜、赤竜の爪痕亭のテーブルで向かい合っている客は、そんな可愛らしい連中ではなかった。


「あんたがガエルか。噂の『小麦粉使い』ってのは」


女は隻眼だった。 左目に黒い革の眼帯をし、短く刈り込んだ赤毛が荒々しい印象を与える。 テーブルに置かれた二の腕には無数の古傷があり、腰には使い込まれた長剣を佩いている。 彼女の名はカミラ。 最近、西の国境付近から流れてきたという腕利きの傭兵だ。


「小麦粉使いはやめてくれ。俺はただの便利屋だ。……で、その傭兵様が何の用だ?」


ガエルがエールを煽ると、カミラはニヤリと笑い、懐から重そうな金属片を取り出してテーブルに叩きつけた。


「知恵比べといこうか、便利屋。この『星鉄』の謎が解けるか?」


星鉄。 それは夜空から落ちてくる隕鉄の一種で、通常の鉄よりも遥かに硬く、希少な金属だ。 カミラの話によると、街一番の鍛冶屋が、領主への献上品として預かっていた最高級の星鉄が、昨夜忽然と消えたというのだ。 工房は完全な密室。 窓には鉄格子、扉には頑丈な鍵。 侵入された形跡はなく、鍛冶屋は「神隠しだ」と震えているが、男爵家の衛兵たちは「鍛冶屋が横領したに違いない」と拷問の準備を始めているらしい。


「あの爺さんは、私の剣を打ってくれた恩人なんだ。無実の罪で指を潰されるのは寝覚めが悪い」


カミラは真剣な眼差しでガエルを見た。 粗野だが、義理堅い女だ。 ガエルは溜息をつき、立ち上がった。


「……分かった。現場を見せろ」


工房は静まり返っていた。 床は土間で、天井付近に煙抜きの小さな穴があるだけ。 確かに、人が出入りできる隙間はない。 ガエルは部屋の中を歩き回り、ある違和感を覚えた。 金床(かなとこ)の位置が、最初に見た時よりも少しずれている気がする。 そして、天井の煙抜き付近に、煤が落ちた跡があった。


ガエルはその夜、スレートを走らせた。 状況証拠と、星鉄という素材の特性について、エリストールに問うために。


塔の最上階。 エリストールは、ガエルからの手紙を読み、すぐに答えを導き出した。 父の書斎にある『鉱物図鑑』。 その星鉄のページには、ある特異な性質が記されていた。


『ガエル、星鉄は「磁石」に強く引き寄せられる性質を持っています』 『犯人は中に入る必要はありませんでした。強力な磁石を紐につけ、天井の煙抜きから垂らせば、星鉄を釣り上げることができます』 『金床が動いていたのは、磁力に引っ張られた際、星鉄が暴れたからでしょう』 『犯人は、屋根の上にいます』


翌朝。 拷問の準備を進める衛兵たちの前に、ガエルとカミラが現れた。 ガエルは衛兵隊長に一枚の紙を突きつける。


「おい、拷問は中止だ。犯人は鍛冶屋じゃねえ」


「なんだと? 証拠はあるのか」


「あるぜ。……カミラ!」


ガエルの合図と共に、カミラが身軽な動きで工房の屋根へと飛び乗った。 煙突の影に隠されていた布包みを放り投げる。 中から出てきたのは、拳大の黒い石——強力な磁石(ロードストーン)だった。 そして、その磁石には、盗まれたはずの星鉄がへばりついていた。


「釣りはおしまいだ、コソ泥さんよ!」


カミラは屋根の裏側に潜んでいた男を引きずり出した。 男は隣町のライバル鍛冶屋の手先だった。 星鉄を盗み出し、この街の鍛冶屋の信用を失墜させるのが狙いだったのだ。


「すげえな、便利屋! まさか石ころで鉄を釣るとはね」


事件解決後、カミラはガエルの背中をバシバシと叩いた。 痛い。だが、悪い気はしない。 彼女の笑顔には、裏表のない潔さがあった。 ガエルは苦笑しながら、肩をすくめる。


「俺じゃねえよ。俺の相棒が賢いだけだ」


「相棒? ……ああ、あの噂の『塔の幽霊姫』か」


カミラは意味深に片目を細め、塔の方角を見上げた。


「あんた、面白い女に惚れてるんだねぇ」


「惚れてねえよ。ビジネスパートナーだ」


「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」


カミラは高らかに笑い、ガエルの肩に腕を回した。


「気に入った。これからは私の力も貸してやる。荒事があったら呼びな、相棒!」


こうして、ガエルの元に頼もしい——そして騒がしい——武力が加わった。 だが、その様子を遠くから見つめる視線があった。 男爵の館の窓辺。 老執事マリウスが、オペラグラスを下ろし、静かに呟く。


「……野良犬に、狂犬が加わりましたか」


彼は手元の手帳に何かを書き込み、無表情のままカーテンを閉ざした。 街でガエルの名声が高まるにつれ、塔を取り巻く闇もまた、静かに、しかし確実に濃くなろうとしていた。

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