マンションの決まり
黒猫
マンションの決まり
※心理的な不安や違和感を重視した短編です。解釈は読者に委ねています。
このマンションでの一人暮らしも慣れてきた。
だがひとつだけ、この建物には妙な決まりがある。
この異変は、深夜に唐突に発生した。
トイレに行こうと廊下に出たとき、何やら物音が聞こえる。
「ガチャ...ドン」
「ガチャ...ドン」
驚いて耳を澄ます。
おそらくドアを開けようとする音だ。
鍵が締まっているため、「ドン」という音が鳴るのだろう。
金曜日の深夜だ。
大方、酔っ払いがカギを開けられなくて困っているだけだろう。
そう思ってトイレに行こうとしたが、ある違和感にぴたりと足が止まる。
音が近づいている。
入口の方から、ひとつひとつ順番に確かめるように近づいてきている。
そして、ついに自分の部屋のドアノブが回る。
「ガチャ...ドン」
俺の部屋はちゃんと鍵をかけていたため、ドアは開かなかった。
そのまま次のドアへ移動したようだ。
「焦ったぁ...迷惑な酔っ払いだな。」
もし鍵がかかっていなかったら、面倒なことになっていただろうと、ほっと胸をなでおろす。
だが、それだけでは収まらなかった。
翌週も、そのまた翌週も、
毎週金曜日から土曜日にかけての深夜にこの音が鳴り響く。
それは決まって深夜1:30頃のタイミングだ。
スマホが鳴る。
かかってきた電話番号を見て思い出す。
さすがに気味が悪くなったので、管理会社に連絡していたのだった。
「ご依頼頂いていた不審者の形跡なのですが、特に不自然なところは見受けられず...」
「え?いやいや、そんなことはないですよね?
あれだけ毎週、音を聞いているんですから。」
なんて雑な調査なんだ。
内心憤りを感じていたが、次の言葉でゾッとする。
「監視カメラには何も映っておらず、警備会社の巡回結果も異状なしです。
同様のお問合せは頂いており、現在、建て付けの確認をしておりますが...」
それ以降は話半分にしか聞けていない。
スマホを握ったまま固まり、冷たい汗が頬を伝った。
釈然としないまま、日々を過ごしているうちに一つ変化が起きた。
音が一回だけ変わったのだ。
「ガチャ...ドン」
「ガチャ...キィー...」
おそらくドアが開いた音だ。
ちょうど隣の部屋だから、よくわかる。
耳を澄ましたが何も聞こえない。
その日は何もないまま夜が明けた。
数日後、ふと、お隣さんのポストに目が行く。
ポストに入りきらず、郵便物が飛び出している。
面識はなかったが、いつも俺が郵便物を取る頃には、すでに回収されていた。
真面目な人だった印象だ。
不穏な空気が流れ、嫌な考えが頭をよぎる。
そういえば、あのドアが開いた音がした後から、
お隣さんの生活音を聞いていない気がする。
そんな毎日を過ごしていたある日、俺は会社の飲み会で終電まで飲んできた。
完全に酔っぱらっており、同期に肩を借りてようやく部屋に入るなり、ベッドになだれ込む。
「それじゃあ、俺はもう行くからな。ちゃんと鍵かけろよ。」
そう言い放ち、同期は帰っていく。
返事すらできないまま、睡魔に負けて眠りに落ちる。
ふと、頭が痛くて目が覚める。
頭がぼんやりしていて、何も考えられない。
「今何時だよ...」
デジタルの目覚まし時計を見ると、1:30を回っていた。
---- 12/26 SAT 1:30 ----
一気に血の気が引く。
動悸が激しい。冷や汗が止まらない。
「ガチャ...ドン」
また、あの音だ。
もうすぐ側まで来ている。
俺は急いで玄関に駆け出す。
だが、体が思うように動かない。
足が泥沼にはまったように前に進めない。
「ガチャ...ドン」
今にも心臓が破裂しそうだ。
それでも、這いつくばりながら、ようやくドアの鍵に手をかける。
「ガチャ...キィー...」
ドアは、ゆっくりと開けられる。
閉めようと思っても、手に力が入らない。
ドアの隙間から指が。
青白く、不自然に曲がった手が、ゆっくり顔を覗かせる。
体はもう動かない。
手も、足も。呼吸さえもできない。
目を閉じる。
それでも、そこに"いる"ことだけはわかる。
マンションの決まり 黒猫 @nikukyuz
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