俺と結婚してくれるなら、誰でもいい

あっぴー

結婚式で嫁の様子がおかしい

 俺の名前は駄木燿太だきようた

 そこそこの会社の一兵卒サラリーマン。

 見た目も冴えないし、仕事ができるわけでもない上に物覚えも悪いから、特に人からは好かれない。


 そんな俺が28歳になったのを機に、親が見合いを持ってきた。

「いい人がいるわけじゃないなら、早めに身を固めて、安心させてちょうだい」

 まあ……

 彼女どころか、好きな人もいないし、

 出世や昇給の見込みも当面はなく、この先今よりモテるようにもならないだろうから、

 この先、ときめくような女性が現れても、アプローチして捕まえるなんて無理だろう。

 なら、この歳になったら、一刻も若いうちに見合いをした方が、少しでも良い人と結ばれやすいだろう。

 結婚することで両親が安心するなら、

 俺でいいと言ってくれる、最低限まともな女性がいるのなら、

 結婚しないの? と言われ続け、心配をかけ続けるよりはいいだろう、と思った。



 紹介されたのは俺と同い年の、浪野仁子なみのひとこさんという、その名の通りの並の女性だった。

 特にときめく訳でもないが、それは向こうも同じだろう。

 面白いわけではないが、静かながら真っ当に会話のできる相手で、大きな欠点もないし、婚活系は最初にマッチングした人が一番なことが多いなんてよく言われるし、充分すぎる相手だろう。



 デートを重ねて、半年後に順当にプロポーズをし、OKをもらった。

 と、会社の総務部に報告すると、

「おめでとう」

「28歳で結婚するぐらいが、ちょうどいい」

「早く身を固めるなんて、思ったよりちゃんと人生と社会のことを考えている」

 と、大絶賛された。

 はじめて会社で主人公になれた気がした。

 ほんとにこの歳で結婚決めてよかったな。



 さあ、いよいよ結婚式

 ……なのだが、本当にもうすぐ本番だというのに、ウエディングドレスを着付けてもらいに行ったはずの仁子が、いつまでも控え室に戻ってこない。

 思わず心配になって迎えに行こうとする

 ……と、道中の廊下の角から、たっぷりとしたウエディングドレスの裾が見えた。


 思わず駆け寄ると、廊下の窓で、しっかりメイクとヘアメイクと着付けをしてもらっていつもより綺麗に見える仁子が、物憂げに頬杖をついていた。

 マリッジブルーなのかな?

 俺が励ましてあげなくちゃ。


「なにを憂いているんだい?

 きみは誰より綺麗なんだから、俺のためにも胸を張ってよ」

 今日は俺が主役だと気が大きくなっていたこともあって、いつもは言わないような歯が浮くような台詞が口をついた。

 すると、仁子の方もヒロイズムに酔ったのか、見たこともないほど瞳を輝かせ、

 聞いたこともないような甘く高い声で囁かれた。


「そんなことを言ってくださる方が、ここにきて私に現れるなんて……!

 生きててよかった……!

 ……ねえ、こんな窮屈な結婚式なんて抜け出して、今すぐどこか遠くのホテルにでも向かいましょうよ」


 妖艶な眼差しで見つめられ、細くなったように思える指で頬をつるりと撫でられ、ゾクリとした直後に、全身が熱くなった。

 仁子って、真面目そうな顔をして、甘く愛を囁かれたら、こんなに愛欲が燃え上がる女性だったのか。


 まあ……

 俺達が急にいなくなれば、それはそれは大騒ぎの大迷惑になるだろうが、

 たしかに結婚式は窮屈な儀式としか感じられないし、

 ここの結婚式場は、ホテルとレストラン併設なせいか、150万円とかなり安かったし、

 しかも俺が全額払ったんだし、

 仁子が言い出したんだから、俺はそんなに怒られる筋合いもないし、

 どうせこの後、入籍は間違いなくするんだから、最終的には両親は納得するだろう。


「よし。

 今なら誰も見てないし、

 ここの窓から出て、ちょっと遠くでタクシーを拾おう」

 お高くて格式のあるものを、情欲に任せて破壊する快感というものを、

 俺は初めて知った。

 いきなりこんな物凄い思い出を作ってしまえば、退屈そうだと思っていた結婚生活にも、少しは彩りがつくだろう。


 殆どドアと言って差し支えのないタイプの、内側から鍵の開くタイプの窓で、ほんとによかった!

 俺は仁子の手を取って、一目散に式場を後にした。

 式場より色情だ。


 しかし……

 ほんとに指が細くなったなあ。

 俺との結婚式のために、綺麗になりたいと思って、ダイエットでもしたんだろうか。

 元々普通体型なんだからそんな必要はないのだが、その気持ちが嬉しかった。

 これじゃあ、結婚指輪はブッカブカかもしれないが

 ……リング交換の儀式ごと放棄すると決めた今、そんなのは些細なことだ。



「いいですね、結婚式の帰りですか。

 何らかの理由でお車がないとは、大変でしたねえ」

 飛び乗ったタクシーの運転手さんが、気さくな様子で尋ねてきた。

 衣装がそのままな理由を訊いてこないあたり、ありがたい

 ……まあ、どっちか片方だけならまだしも、新郎新婦が揃っていたら、まず脱走とは思わないだろうし、あんまり詮索して不快にさせてお客さんを逃したくない、という考えなのかもしれない。

「は、はい、まあ」

「どちらまで?」

「え、ええと、」

「このホテルまで!」

 仁子が見せたスマホの画面には、30分ほど走った先にある、温泉地のいかにもな観光用ホテルが映っていた。

 あっ、あれっ……

 ムーディーな所じゃないんだ……

 いかにもな所じゃ恥ずかしくて、新婚旅行ですよ、みたいな形にしたいのかな?



 しかし、いざ着いてみると、仁子がそこを選んだ理由は一発でわかった。

 すぐ隣に洋服屋さん、ついでに着替えられる公衆トイレまであるのだ。

 当日空いてるだけあって古臭い所だが、部屋に本物の温泉がついてるんだから、逃避行先の浪漫としては充分だ。

「Sサイズならどの服でも良いから、私のぶんも買ってきて」

 仁子は建物の影に隠れた。

 まあ、ウエディングドレスじゃ目立ちすぎるからなあ……

 実際、タキシードの俺は、服屋で買い物をしても、ちょっとびっくりされたぐらいで済んだ。



「ふふっ、なかなか大胆ねえ」

 袖なしの真っ赤なワンピースを見て、仁子は悪戯っぽく微笑んだ。

 こんな表情、するんだ……

「やだなあ、一番手早く選んだだけだよ」

 俺も本当に、ただ目の前にあったネルシャツと綿パンを選んだだけだし。

「妙なこと言ってないで、早く着替えてこいよ」

「まっ、男らしい!」

 女性にそんなことを言われて、頬を赤らめられるなんて、初めてだ……


「あれっ、ドレスは?」

「邪魔すぎるし、トイレに脱ぎ捨ててきたわ!」

 結婚式がそんなに嫌だったのか……

 でも、俺のことをこんなに情熱的に好いてくれるなら、それで充分だ。

 しかし……

 仁子、右肩にホクロなんてあったんだな……



 普通の服を着た俺達は、特に受付で疑われることもなく、

 無事にホテルの部屋になだれ込み、一息ついた。

「じゃ、じゃあ……

 まずは温泉に……」

「やだあ、ちょっとがっつきすぎじゃない?」

「そ、そうかなあ?」

「そうよぉ!」

 仁子は恥ずかしそうに、でもたいそう嬉しそうに、俺の背中をパシッ! と叩いた。

 随分と……

 ホテルに温泉、というやつは、人を開放的にするようだ。



「ふふっ、私、そんなに奥さんより魅力的だったんだぁ?」

「……えっ?」

「だからいきなり、綺麗だ、って口説いてきたし、ノってきたんじゃないの?

 ふふっ、でも、あなただってあの人よりだいぶ魅力的よ。

 7歳上のお金持ちのおじさんと結婚しろって両親に言われて、それが幸せだと思ってたけど

 ……あなたみたいな同年代の若い人に情熱的に口説かれたら、こっちがいい! って、

 私の中のオンナが疼いちゃった!

 ねえ、まずは教えてよ、

 あなた、誰なの?」



 う、うそだろ

 ……なんかいつもと雰囲気が違うなあ、とは思ってたけど

 ……本当に仁子じゃないなんて!

 なんの癖もない顔に、見たこともないタイプの化粧されたら、わかんねーよ!

 ……いや。

 自分の物覚えと観察眼の悪さ、

 そして、俺を受け入れてくれるまともな人ならそれでよし、という、寛容なようでいて、どこか投げやりだった姿勢が悪かった。

 たとえ、本当に仁子よりこの人の方が、結婚式マジックがなくても魅力的だとしても、

 それでも、これから起こる面倒事の数々を思い浮かべると、頭が痛くなる方が勝った。

 彼女は一体、誰なんだ。

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