アストリア王国戦記――王女と転生令嬢の大陸統一記
司馬波 風太郎
第1話
窓から陽の光が差し込んで来て、私――フィオナ・ウィンタースは重い瞼をあげる。まだ寝ていたいのが正直なところだけれど学院に通っている身ではそんなことは許されないのだ。
「……着替えなきゃ……」
重い体を起こして私は服を着替え始める。
私の家はこのアストリア王国の中でも比較的裕福なほうだ。この国は王様の元で全てが決定される王政で運営されており、その下に貴族達はいるけれど基本的には王様に忠誠を誓っている。私の両親は男爵の爵位を持った家だ、正直そんなに影響力のある家系ではない。
けれど幸か不幸か私には学力はあったらしい。最低限の身分とそれなりの頭のおかげでこの国の最高学府に入ってしっかり勉強することが出来ている。
「はあ……」
それなのに私が大きなため息をついて憂鬱な気分になっているのはやはり肩身の狭さがあった。身分社会は生まれで色々なことが決まってしまう場所だ。個人の実力は余り関係ない。正直家の格が低い私にはあまり友人もいない状況だった。まあ私が周囲と馴染めないのはそれだけが理由ではないけれど。
そんな状態だったから私は学校に行くのも憂鬱だった。けれど両親に迷惑をかける訳にもいかないから学校には仕方なく通っていた。
「さっさと学院から帰ってあれの続きを考えよう」
着替えを済ませた私は陰鬱な気分のまま、部屋を出た。
*
私は陰鬱な気分で午前中の学院の授業を聞いていた。正直学院の授業と言ってもただテキストを読み上げているのとあまり変わらないので内容はつまらないと感じることが多い。
先生がふと時計を見た、どうやら時間が来たらしい、今日の授業はこれまでと告げて先生は教室を出ていく。
生徒達は授業が終わった途端に嬉しそうにしながら教室から出ていく。皆先生の授業は飽きていたらしい。
これからは昼食の時間だ。学院に食堂はあるもののこの時間はいつも混んでおり、私は好きじゃない。いつも利用している場所へと私は向かった。
私が向かったのは人の少ない校舎裏だった、ここは人があまり来ず、静かなため、そういった場所が好きな私のお気に入りの場所になっている。私はなぜかポツンと置かれているベンチの一つに腰掛けた。
そのまま私は用意してきたサンドウィッチに口をつける。手軽に食べれて栄養も取れるこの食事が私は好きだった。
そのままサンドウィッチを頬張りながら私は服のポケットからあるものを取り出す。
見た目は特に変わったところのない筒状のものだ、けれどそれは私の密かな研究の成果だった。
「まあ、この魔導器が評価されることはないだろうけどね」
魔導器。これは私がこっそり生み出した道具だ。
この国では貴族階級が貴族たる理由がもう一つある。それは魔法が使えることだ。私の住んでいるこのアストリア王国の周囲には当然ながらこの国と緊張関係にある国も他にも存在している。
そんな国と戦争になった時に魔法を駆使して国を守るために戦うことを義務付けらたのが貴族階級だ。爵位の授与には魔法の使い手としての力も加味されていると聞く。かくいう私も魔法が少し使えるが飛び抜けた才能があるとは言えない。
この魔導具は私がある思考実験から思いついて作った代物だ、ある思考実験とはなにか。
それは貴族階級の人間以外が魔法を使えるようになったらこの国はもっと豊かになるのではないかというものだ。
どうして貴族階級の私がこんなことを思いついたのか、それは私が転生者だからだ。
私には何故かこの世界ではない世界の記憶があった。その世界では人々が機械と呼ばれるものを利用して豊かな生活を享受していた。少なくともこの世界の生活水準よりは遥かにいい生活を皆が送ることが出来ていたのは確かだ。
正直私が前世でどんな人間だったかははっきりしない、はっきり認識していたのは前世の世界が今の世界より遥かに豊かだったことだけだ。
だからある日、ふと思ったのだ、この世界で前世の私が享受していたものをこの世界で生み出したら一体どうなるかと。
今は正直大したものは作れていない。今日持って来ている紅茶を淹れた保温容器も思いついたから作ってみただけの代物でしかない。他の人間には誰にも魔導器については何も話していなかった。
「これに理解があって普及を手伝ってくれるようないいパトロンになってくれる人間っていないかな」
起きもしないことを期待しているのは分かっているが私は思わず呟いていた、そういう人間がいてくれたら私も退屈せずに済んでいるのに。
そんなことを考えていると足音が聞こえて来た。
(誰? こんなところに人が来るのも珍しいけど……)
普段私以外この場所を利用する人間なんていないに等しい。足音が聞こえてくるなんてまず有り得ない。
少し身構えながら私は足音のしたほうを見る。
「あ……」
私がいることに気づいた相手が小さく声を上げた。長い美しい金髪と青い瞳が大きく見開かれる。
「こ、こんにちは……」
顔を出した相手に私は驚いてしまった、なんと王族の1人だったからだ。彼女の名前はソフィア・アストリア、この国を治めている王家の1人だ。アストリア王国は領土をそれぞれ王族の血筋に連なるものが四つに分けて統治しており彼女は将来的にその役割を担う人間の一人だ。
そんな人間が1人でこんなところになんの用だろう? しかも1人でふらふらしている感じだし。
「あの……こんなところに来るなんてどうしたんですか?」
思わずそんな言葉が口をついて出ていた、言った後に失礼だったと思ったけれど後の祭りだ。
「少し1人になりたくてね、ここは人が来ないことを知っていたから」
私の言葉を彼女は失礼に感じた様子はない、素直に私の質問に答えてくれた。
「そういうあなたはなんでこんなところにいるの?」
相手も私に興味を持ったのか同じような質問を投げかけてくる。国の王女様の1人とこんなきっかけで会話するなんて思ってもみなかった。
「私は……その1人になりたくて……静かな環境で過ごすのが好きだから」
私の答えを聞いたソフィアはくすりと笑った。
「なんだ、私と同じ理由なんだ。似たもの同士だね」
どこか楽しそうに話す彼女はそのまま私の側まで寄って来た。
「隣に座ってもいいかしら?」
「え、ええ。どうぞ」
私の答えを聞いた彼女は軽やかな動作で私の隣に座った。あまり王族であることを感じさせない物腰に私は少し好感を持ち始めていた。
彼女は私の隣に座ると特になにかするわけでもなく、ただぼんやりと前を見つめていた。なんとも言えない沈黙が場を支配する。
「ねえ」
彼女の言葉に私はびくりと肩を震わせる。彼女の視線は私の食べかけのサンドウィッチに向けられていた。
「それはあなたが作ってきたの?」
「うん、そうだよ」
「美味しそうね、私もいただいてもいいかしら?」
「ええ!?」
「冗談よ。それよりもあなたがその右手に持っているものはなに?」
彼女は私が持っている紅茶を淹れてきた保温用の容器に視線を向けた、興味深々といった様子だ。
「こ、これは……その……」
言い淀む私の様子に彼女は首を傾げる。どう説明したらいいのだろうか。
「え〜〜と、これは中に入れたものの温度を一定に保つための道具で……」
「へえ、面白いわね。見せてもらってもいいかしら?」
「ど、どうぞ」
私は逆らうこともできず、大人しく彼女に紅茶の入った容器を手渡した。彼女は容器の蓋を開けて中がどうなっているかをまじまじと観察したりしている。
「これ中に入っているのは紅茶よね? 確かにまだ温かそうだわ」
「そう。これに飲み物を入れておくと温かい状態が保たれて飲み物をいつでも温かい状態で楽しめるんですよ」
誰にも話すことが出来なかった魔導器のことに興味を持ってくれる人間が現れたことに私自身相当舞い上がってしまったのだろうか、相手が王族をいうことも忘れて私は勝手に解説を始めてしまっていた。
「あ……」
我に帰った時にはもう遅い。ソフィアはじっと私のほうを見つめてきょとんとしていた。
「ご、ごめんなさい! 勝手に喋ってしまって……」
「別にいいわ。解説面白かったし、というよりもっと聞きたいわ。よかったら私に話してくれないかしら?」
ソフィアはむしろ不快感を示さず、もっとこの容器の原理について聞きたがった。どうやらこの容器は彼女の興味を引いたらしい。なにが彼女の興味をそこまで刺激したのかは分からないけれど。
「え、ええ。お望みであればいくらでも解説します」
「ふふ、ありがとう」
それから私はソフィアに対して魔導器について説明した。私個人でこの魔導器を作ったこと、魔法の適正のない人間でも何か道具を使って豊かな生活を送れるように出来ないかと思ったことなど魔導器に関わることを彼女に伝えた。
ソフィアは黙って私の話を聞いていた。話を聞いていた彼女は子供のように目を輝かせていた。
「面白い発想だわ、あなたどうやったらそんな発想に行き着いたの?」
ひとしきり話を聞いた彼女は私にそんなことを聞いて来た。
「え〜〜と、それは……」
正直に転生した前に記憶があったからなんて言えるわけもない。伝えたところで頭のおかしい人間扱いされるだけだろう。
「まあ……ある時に閃いたんですよ」
自分でも苦しい理由だと思うが仕方ない、適当な説明で誤魔化すしかなかった。
「……まあ、いいわ」
ソフィアは私の説明を奇妙に思ったようだけれど私にそれ以上何かを聞くことはしなかった。
「それよりもあなたのこの研究は面白いわ。よければこれからもこの魔導器の研究について色々と教えて欲しいのだけれど……いいかしら?」
私は彼女の申し出を奇妙だとは思ったものの断る理由もなかったのでこの申し出を受けることにした。
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