第2話 俺が隣に必要としているのは会長――あんただけなんだ。

 神奈川高校の朝は、いつも風に乗って運ばれてくるかすかな潮の香りと共に始まる。だけど俺にとって、今朝の香りは勝利の匂い――あるいは、少なくとも無謀に近い勇気の匂いがした。


「悠っち!おはよー!随分とガチガチな顔しちゃって。東大入試にでも行くわけ?」


 キンキンと響く明るい声。エリカが校門の真ん前で俺を出迎えた。相変わらず、彼女はそこで缶コーヒーをすすりながら、短いスカートをなびかせ、ギャル全開のスマイルを浮かべている。


「エリカさん、今日はただの日じゃない。今日は『審判の日(ジャッジメント・デイ)』ですよ」俺は視力に問題はないが、ただ賢く見せるためだけに掛けている眼鏡をくいっと直して答えた。

「100回目の告白。準備はすべて整いました」

「うわぁぁ、マジで言ってる?作戦は何?ヘリでも飛ばしちゃう?それとも全校集会で、みんなの前で告っちゃう感じ?」エリカはドラマを渇望する瞳を輝かせながら、俺の腕を突っついた。

「しーっ!内緒ですよ。でもはっきりしているのは、場所は学校じゃないってことです。『女王』を中立地帯へ誘い出すんです」


 俺たちは生徒会室へと向かった。ドアを開けた瞬間……冷たい空気が骨の髄まで刺さる。

 大きな机の向こうで、水原森川はすでに背筋を伸ばして座り、サッカー部から提出された企画書を鮮やかな手つきでチェックしていた。


「ふん……3分の遅刻よ、鏡悠。佐々木エリカ」彼女は顔を上げることなく言い放った。その声は北極の氷のように冷たい。

「門の前で油を売る暇があるなら、その埃を被った体育倉庫の備品報告書を片付ける時間くらいあるはずでしょ」

「厳しいなー、会長は。悠っちはただ、愛しの君に挨拶したかっただけなんだよ?」エリカは会計の椅子に自分のバッグを置きながら茶化した。


 会長はペンを止めた。彼女は顔を上げ、普通の男なら震え上がるような鋭い視線で俺を射抜いた。だが俺にとっては?これこそが神奈川で一番の絶景だ。


「鏡。また始めようっていうの?」彼女は低く脅すように言った。「今この場で『好きだ』なんて一言でも口にしてみなさい。あんたの役職を今すぐトイレの清掃担当に降格させてあげるから」


 俺は薄く笑った。歩み寄り、彼女の好みであるブラックコーヒーを砂糖なしで机に置く。


「今は言いませんよ、会長。仕事のエチケットくらいわきまえています」俺は、滅多に見せない真剣なトーンで言った。「ですが、今日の放課後、生徒会の仕事が終わった後に少し時間をいただけませんか?役員間の協力関係に関する『緊急の』問題について、学校の外で話し合う必要があります」 会長は片方の眉を上げた。

「学校の外で?ここで話せない緊急の問題って何よ」

「それは……副会長の心理的な福利厚生に関わることです。それを説明するには、江の島の潮風が必要なんです」


 会長の顔が突然変色した。磁器のような白から、対照的な鮮やかなピンク色へ。彼女は俺の意図を完全に察したらしい。江の島?潮風?そんなの、デートの強力な符丁(コード)でしかない。


「あ、あんた……よくもまあ、そんな不遜な口が叩けるわね!?あんたみたいな変な男とデート――じゃなくて、話し合いに応じる人がどこにいると思ってるのよ!?」

「へぇー。会長、今さらっと『デート』って言ったよね?ウケる!」エリカがニヤニヤしながら割って入る。

「黙りなさい、エリカ!」会長は一喝し、再び俺を睨みつけた。彼女は乱れ始めた呼吸を整えようとしている。ここからでも伝わってくるほどに。

「……いいわよ!あんたの努力がいかに無駄か、思い知らせてあげるわ!100回目として、公式に振ってあげるために行ってあげる。あんたを諦めさせて、仕事に集中させるためにね!」

「ご了承ありがとうございます、会長。夕方5時、片瀬江ノ島駅でお待ちしています」俺は礼儀正しくお辞儀をし、勝利の笑みを隠しながら自分の机へと戻った。


[————————]


 夕方。太陽が神奈川の地平線に沈み始め、海面の上に目が眩むような黄金のグラデーションを作り出していた。

 俺たちは太平洋を一望できる展望デッキに立っていた。潮風が森川の黒髪を弄び、まるで天から降り立った女神のように見せた――もし、彼女の顔があんなに強張っていなければの話だが。


「それで?早く言いなさい。私には一日中付き合っている暇なんてないのよ」彼女は胸の前で腕を組み、今日に限っていつもより香りのいい香水をつけている事実を隠そうとしていた。


 俺は深く息を吸い込んだ。彼女の美しい瞳を見つめると、10年前の海岸にいたあの少女の姿が重なる。


「水原森川さん。あの海岸で出会ってから、そしてこの学校で再会してから……俺の気持ちは一度も変わっていません」俺は一歩前へ踏み出した。「これが100回目の告白です。副会長という肩書きも、学校からの評価もいらない。俺が隣に必要としているのは、あんただけなんだ。俺の彼女になってくれ、森川!」


 沈黙。下の方で岩にぶつかる波音だけが響いている。


 森川は俯いた。その肩が微かに震えている。そして、彼女は顔を上げた。瞳には涙が浮かんでいたが、その唇は彼女らしい、見下すような笑みの形を作っていた。


「馬鹿ね。あんたは本当に馬鹿よ、鏡悠」彼女は囁いた。「100回目なら特別だとでも思った?私にとって、100回振るのも1000回振るのも同じよ。私の答えは……『いいえ』よ!」


 ああ、また振られた。真っ赤になった顔で、今にも溢れそうな涙を堪えながら、彼女は背を向けて潮風の中を走り去っていった。

 俺はしばらく立ち尽くしていたが、やがて小さく笑った。「100回目の失恋、か。最高に面白い。エリカの言う通りだ。さっきのあいつの目……本当にとろけそうだった」

 道はまだ遠い。だけど、確信していることが一つある。本当に嫌いな相手の前で、女王様があんなに顔を赤くして逃げ出すはずがないんだ。

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~生徒会長に何度も振られまくってるけど~ 俺は彼女を好きでいることを諦めない。 ミハリ | カクヨム @Mihari_Kakuyomu

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