透明な僕に咲く

とみなが夕

ビニール傘 - 雨と、君と、-

 中学二年の梅雨。今日も朝から雨が降っていた。


 僕は、雨が嫌いだ。みんなも嫌いだって言う。傘を差さないといけないし、裾もシャツも雨に濡れる。

 中でも僕が嫌なのは、この蒸し暑い教室の空気。ジメジメというちょっとした可愛げを帯びた擬音で表すことですら僕には納得がいかない。ほんと、嫌な季節だ。


 それに昨日は、持ってきたビニール傘をクラスメイトに取り違えられた。ビニール傘の価値なんてものはどれもそれほど変わらないとはいえ、自分のものっていうのが奪われるのは良い気がしない。

 だから、母さんお気に入りの傘に付ける持ち手のカバー、あれをわざわざ家から持ってきて、それを朝のうちに自分の傘に付けてやった。これで心配はいらない。



 チャイムが鳴って、教室がわぁっと騒がしくなった。まだ先生の話は終わっていないというのに、自由な奴らだ。廊下からも先に終礼が終わったクラスの話し声。そんなに急いで教室を出てもこれから部活なのに。


 僕は部活がそれほど好きじゃなかった。だって、僕以外に男子がいないから。それでも僕がその部活にいるのは、楽だし、どうせ一つ入らないといけないし。

 はぁ、とため息が出かけたところ、日直の起立という声が聞こえて反射で立ち上がった。考えるより先には立っていた。学生ってこんなものさ。


 部室に行くと、同級生の春川しかいなかった。それもそのはず、この部活で同級生と言えるのは僕と春川の二人。あとは先輩か後輩……今日は校外学習でいないんだったか。

 それにしても、うちのクラスの終礼が一番早いと思っていたから、春川がいたのには少し驚いた。

 ……なんだか、元々狭かった部室が少しだけ広く見える。



 うーっす、と軽く挨拶をすると、窓の外を見ていた春川は振り向いてくれた。彼女とは部室でよく話す。話が合うっていうのもあるし、部活内で唯一の同級生だからか、よく話しかけてくれる。たまに肩を軽くパンチされたことがあったっけな。あれはなんだったんだろう。


「なあ聞いてー。今日ピアス没収されたぁ」


 机に寝そべるようにして、だらけきった様子の春川。いつもこんな感じ。


「まずピアスしてたのか、知らなかった。いやそれより、先生厳しいなっ……て言いたいところだけど、まあ中学だし」

「そうだけどさー、地味な奴だったし……そのくらいよくない? 校則変えてよ、生徒会長」

「そんな権限があるのはアニメだけだ。あと、僕は副会長だ」


 生徒会の活動なんて、毎週水曜の昼会議くらいで、後は行事で裏方。ほんと、ただの内申稼ぎ。


「うわーマジレスされた」

「はぁ、……今日の部活だるいな」

「ほんとそれなー」


 そう返した春川が、しれっとカバンからスマホを取り出して、天気予報を調べた画面を見せてくる。


「今日、夜まで雨だって」

「お、おう」


 スマホの持ち込みは校則違反。……とはいえ他の奴ならともかく、春川に注意はしないが。

 第一、俺に利点がない。


「今日、サボらん?」


 部室の机に休む旨を伝える置き手紙をして、僕たちは廊下へ出た。ほとんど顔を出さない顧問が読むとも思えないが。


 ……?

 部室の外。靴を履いた時、そこにはあったはずのものが無くなっていた。


「あれ、僕の傘が無い」

「どしたん、盗まれた?」

「かも。まあビニール傘だからな。仕方ないか」


 昨日は取り違えで、今日は盗まれて。僕は傘の神か何かに見放されてでもいるのか。


「じゃあ……一緒に入る?」


 春川がにやりと僕の顔を覗き込んで、そう言った。



 学校を出て少ししたところで、春川は足を止める。


「私ここだから、あとは頑張って帰ってもろてー」


 そういえば、春川は家が近いんだった。


「まあ、多少濡れて帰るくらい――」

「もしかしてさー、まだ気付いてないん?」


「え」


 すると、春川は顔を手で隠しながら笑う。


「傘、あるやん」

「え、どこに!?」


 きょろきょろと周囲を見たり、あるはずもないポケットに手を当てたりしていると、左腕に何かが引っ掛かるような感覚を感じて、咄嗟に視線を向けた。


 あ。


 そこには確かに僕の傘があった。どうしてここまで気が付いていなかったのか。ずっと腕にかけておきながら忘れていたなんて。


「……ねえ、今からどこか遊びに行かん? 二人で」

「あ……えっと……」


「今度は入れてよ、そっちの傘。そっちのほうがおっきいじゃん」

「……うん。いいけど」


 なぜかいつになく顔が熱い。春川の顔を見て話せそうにもない。


「あ、あのさ」


 開いた傘は透明なはずなのに。

 どうしてだろう、すこし景色が色づいて見えた。


「あ。雨、止んじゃったね」

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