星降る無音の海

夏目よる (夜)

第1話 灰色の海と錆びた鍵

港町・汐見町の雨は、いつも塩気の混じった潮風の匂いを纏って、髪の梢や袖口にべとりと絡みつく。


高校二年生の秋也は、三十七日連続の陰雨の中、表紙の擦り切れた古い詩集を抱えて、校舎屋上の片隅に佇んでいた。屋上の鉄の扉はずいぶん前から壊れており、錠前には赤い錆が一面に生え、まるで世界から忘れ去られた秘密のようだった。秋也はここが好きだ。風が強くて教室の騒がしい人声を吹き飛ばしてくれるから。それに、周末の水族館や海岸の花火をわいわいと語り合うクラスメイトたちと、自分の間には無音の海が隔てられているような気がして、落ち着くのだ。


彼の世界は灰色だった。


漆黒のように濃密な闇ではなく、雨に濡れてふやけたような、霞がかかった色合い。まるで机の引出しにしまってある褪色した写真のように——写真の中では若い女性が幼い彼を抱きしめ、汐見町の灯台の下で春の陽射しのように柔らかな笑顔を見せている。だがその陽射しは、三年前の一場の海難事故で、凍てつくような海の底に永遠に沈んでしまった。


それ以来、秋也は「無口な秋也」と呼ばれるようになった。


担任の先生が優しい口調で話しかけてきた。「秋也くん、クラスメイトたちと話してみたらどうだい?書道部や文芸部の新入部員募集を見てみないか?君にぴったりだよ」彼はただ頭を垂れ、詩集の背表紙を指でこすり続け、一言も返さなかった。隣の席の女の子がこっそり机の中にイチゴ味の飴を入れてきて、顔を赤らめてささやいた。「私……お母さんが作ったの、めちゃくちゃ美味しいよ」彼は飴を返して、やはり沈黙を守った。


返事をしたくないわけではない。喉元には雨に濡れた綿が詰まったように重たく、どうしても声が出せないのだ。


両親が離婚した翌年、母親が彼を連れて汐見町に引っ越してきた。母親はいつも言っていた。「秋也、見てごらん。この海はどんな嵐が来ても、翌日には必ず穏やかになるんだよ」あの頃の彼はその言葉を信じて、波を追いかけて貝殻を拾い、砂の城を作り、笑い声は灯台の最上階まで届いていた。だが今、窓の外で轟く灰青色の波を見ると、ただ冷たさだけが身にしみる。


放課後のベルが鳴った時、雨脚はようやく緩み始めた。秋也は詩集をカバンにしまい、ゆっくりと荷物をまとめて教室を出た。廊下にはクラスメイトたちが三三五五に肩を組み、夜の予定を盛り上がって話している。彼は頭を垂れて壁際を歩き、まるで光を嫌う蝸牛のようだった。


校門を出ると、湿った冷たい風が顔を直撃し、潮の悪臭が鼻を刺す。彼は無意識に海岸の方へ足を運んだ。そこには廃棄された防波堤があり、屋上に次いで彼の第二の秘密基地だ。


防波堤の果てには、小さな古い灯台が佇んでいた。写真の中の灯台とそっくりな姿だが、灯りはもう長い間消えたままで、塔の壁には濃い緑色の蔦が這いつくばっている。秋也は冷たい石段に座り、カバンを胸に抱えて、波が何度も砂浜に打ち寄せては引き返す様子を眺めた。波の跡には、深浅様々な足跡が残されていた。


「あなたがここにいたんですね」


砕けた氷がグラスに当たるような、澄み切った女声が突然、背後から響いた。


秋也は思わず振り返った。


夕陽の残り霞が雲の隙間から射し込み、空の端を淡いオレンジ色に染めていた。少女は防波堤の入り口に立っており、清潔な白いシャツと格子模様のスカートを着て、手には画用紙入れを提げている。黒い長い髪が風になびき、瞳は星屑を湛えているように輝いていた。この灰色の海とは、まるで相容れない存在だ。


「ずっと探していました」少女は笑顔を浮かべて近づき、彼の隣に座り込んだ。「夏森柚と申します。転校生で、今日から二年B組に入ることになりました」


秋也は呆然とした。


彼は少女のことを覚えていた。午前のクラス会で、担任の先生が少女を連れて教室に入り、「こちらは新しいクラスメイトの夏森さんです」と紹介したのだ。少女は講壇の上で堂々と笑い、視線をクラス全員に巡らせて、最後に片隅にいた彼の身上に落とした。


あの時、彼は慌てて頭を下げた。


「担任の先生から、あなたが詩を書くのが好きだと聞きました」夏森柚は画用紙入れを膝の上に置き、顔を向けて彼を見た。「私は絵を描くのが好きで、特に海の絵が得意です。ほら、今日の夕陽は本当に美しいですよね」


秋也は少女の指さす方向を見た。


本当に美しかった。


灰青色の海面が夕陽に照らされて、一面に金赤い光を纏い、波が滾れては燃え上がる炎のように見えた。遠くには帰港する漁船が、長い金色の航跡を引きながらゆっくりと港の方へ向かっていた。


彼はこれほどまでに真剣に海を眺めたことがなかった。


あるいは、母親がいなくなってから、この世界の何もかもの美しさを、じっくりと見つめることをやめてしまったのだ。


夏森柚は画用紙入れからスケッチ用紙を取り出し、彼の手に渡した。紙の上に描かれていたのは、さっきの彼の姿だ——石段に座り、カバンを抱えて海を眺め、背後には蔦に覆われた古い灯台が佇んでいる。線は柔らかく、温かみのある質感があり、彼自身が思い描く陰気で孤独な自分とは、まるで別人のようだった。


「プレゼントです」夏森柚は言った。「あなたが海を眺めている姿は、とても優しいと思いました」


優しい——?


秋也の指が微かに震えた。彼はスケッチ用紙を受け取り、紙面の温度が指先から伝わってきて、胸が一瞬、灼熱のように痛んだ。


三年間、誰かに「優しい」と言われたのは、これが初めてだった。


彼は口を開いた。喉元の綿が少し軽くなったような気がして、「ありがとう」と言いたかった。だが出てきたのは、かすかな吐息音だけだった。


夏森柚はまるでその気持ちを読み取ったかのように、笑顔で目を細めた。「どういたしまして。そうだ、明日の放課後、灯台に一緒に行きませんか?汐見町で一番美しい夕日が見えるんですよ」


秋也は少女の輝く瞳を見つめ、また手の中のスケッチ用紙を見た。紙の上の少年の眉間には、かすかな微笑みがこめられているようだった。


彼は長い間躊躇った後、そっと頷いた。


夕陽はだんだんと海の底に沈み、空のオレンジ色が薄れていき、深い藍色に変わっていった。潮風の塩気が少し薄れ、少女の髪から漂う淡いクチナシの香りが鼻を刺した。


秋也は頭を下げてスケッチ用紙の上の自分を見つめ、突然、その錆びた鍵が何かによって、そっとこじ開けられたような気がした。

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