続 元・家族は、「ざまぁ」されました。僕はまたもや何もしていない。

ヴィオレッタvioletta

続 元・家族は、「ざまぁ」されました。僕はまたもや何もしていない。

「テオ! あなた、あのに騙されてるのよ!」


 お腹が大きくなった平民の婚約者、サビーヌ。

 叫びながら、婚約者の手が僕の漆黒の髪を掴もうとして空を切った。

 今は兄上の妻だ。

 僕が夜会でサビーヌをエスコートし、会場に入った瞬間に婚約破棄された。

 兄上に寝取られたってわけだ。

 いや、婚約者が兄上に乗り換えたんだ。

 婚約者は村一番の美人だったはずだが、顔がまんまるくなり、かつての面影はない。

 妊娠で太るのは自然なことだと聞いていたので、最初は喜ばしいと思っていた。

 けれど、違った。

 僕の実家で、出された食事を食べ尽くした結果だったらしい。

 実家は、昔から見栄を張っていた。

 三人――父上と母上、兄上しか食べないのに十人前ぐらいの量を料理人に作らせるのだ。

 でも、僕の分はなかったよ。

 たまの休みに実家に戻った時は、自分で狩った魔物の肉を焼いて食べていた。


「その場は俺の場所だ!」


 今度は、門の左端に門番に留められている男が声を張り上げた。

 兄上、トロンだ――騎士爵の子息、長男。

 金眼の僕とは違い、兄上は茶色の眼で睨めつけてくる。

 今は平民となった兄上。

 夜会で僕の婚約者サビーヌが引き起こした損害を弁償できず、爵位を剥奪された。

 爵位に関しては、父上の代で終わることほぼ確定していたから、時期が早まっただけだと思う。

 とはいえ、あと三十年は騎士爵として名乗れたはずだったのに……。

 騎士爵を兄上が正式に継ぐには、授爵から二代以内に何らかの功績を立てる必要があった。

 それは、多分無理だったはずだ。


「エリーゼ様! あいつはガクもなく、字も書けません。領地経営なぞ絶対にできません! 優秀な兄の私であればお役に立てます!」


 ひどいっ!

 確かに僕には家庭教師をつけて貰えなかったよ?

 でも、教会で学んでいたからね。



***



「これも読んでみるといいぞ」


 革の表紙が擦り切れた、いかにも年代物の本を差し出してきた。


「ええ? 前回の本〖愛の贖罪ショクザイ〗は……正直、読むのが苦痛でしたよ」


 僕はカンパーニ司祭様に無理やり読まされた、あのドロドロの愛憎劇を思い出す。


「〖伯爵夫人の不倫が発覚〗〖夫の裏切りへの復讐〗不倫の連鎖が貴族社会を揺さぶる。互いの報復がエスカレートし、五つの名門家がスキャンダルで崩壊。最後は王の裁きで、五家取り潰し! 愛と欲望の代償は破滅だった――」


「いや……内容を口に出さないでくださいよ」


「だが、貴族社会の作法や裏の顔はよく描かれていたろう? ……それはそうと、テオ。あのお嬢さんはどうしてる?」


「え? サビーヌのことですか?」


 サビーヌは僕の婚約者だ。

 幼馴染の婚約者は村一番の可愛い子だった。

 母上が「村民と結婚して、村民を増やしトロンの役に立ちなさい」と見繕ってきた子だった。


「最近は字も習いに来ないし、お主の兄と、よく連れ立って歩いていると聞いたぞ?」


「サビーヌが、兄上とですか?」


「ああ……その、仲良くやってるか?」


「まあ……村に帰っている時は、会ってますが。『テオはたくさん稼ぐために忙しいでしょ。休みは休んでほしい』って」


「……そうか。そう言っているのか……」


 なんか歯切れが悪いな……。


「これは古語だから勉強になるはずだ」


 話題を変えるように、本を押し付けてくる。


「古語なんて必要ないですよ。えっと……〖エル……ンの秘め……手紙〗? 題名からして、もう怪しさ満点じゃないですか」


 ページをめくると、かろうじて読める文字がちらほら。

 まるで暗号みたいだ。


「ほれ、辞書だ」


 ……これを使って、解読しろってこと?

 本気で言ってるのか、この司祭様。


「次回までに読んで感想を頼むな」


「これ、百ページもあるんですか!? 無理ですよ! 僕、騎士なんですよ!?」



***



 懐かしい……。

 ……じゃないっ!

 この頃には、カンパーニ司祭様も、婚約者のサビーヌの浮気を認識していたじゃないか!

 知らなかったのは僕だけだったんだと改めて思い出した。

 だって、村人にも「……結婚は止めておいた方が……あっ、いえ」と。

 でも、あの当時は騎士爵である両親は絶対で、その事実を知っても結婚はするしかなかったんだけど。

 それは、貴族の家に生まれた人間の使命。

 勉強は教会でカンパーニ司祭様に教えてもらったし、本を借りて読んでいたので字も読める。

 本は、経典……だけでなく、少しタダれた司祭様だったので、不倫物だったり、司祭と見習いの道ならぬ同性愛の小説が借り放題だった。

 しかも、それらは古語で書かれていたので、自然と古語も読めるようになった。

 手書きの写本だったから、きっと高価な本だったと思う。

 今は、メルギス伯爵家の後継者として必死に教育を受けている。

 僕は、色々あってメルギス男爵を賜った。

 そして、家族と別れて、これも色々あってメルギス伯爵の子息でもある。


 リゼは、室内で優雅にお茶を楽しんでいる。

 柔らかな金髪が陽光に透け、エメラルドの瞳が僕を見つめていた。

 リゼ――エリーゼ様から愛称で呼ぶようにとお許しを頂いている。

 エリーゼ・エゲルダ。

 エゲルダ辺境伯の三女、婚約式は12月にする予定だけど僕の婚約者。

 僕はもちろん、リゼとティータイム中だった。


「失礼します。申し訳ございません。門にテオ様のご家族様がいらしております」


 僕の従騎士セルヒンが、「どのように対応いたしますか?」と伺いにきたのだ。

 で、僕は門の内側に立っているってわけ。

 リゼも「私も見に行きたいわ!」とワクワクした目で僕を見たけど、断った。

 言うことはいつも同じだから。

 僕が婚約破棄されたあの夜会から、ちょうど一ヶ月が過ぎた頃。

 彼らは別々に毎週1回来るようになった。


「おい! サビーヌ! なんでこんなところにいるんだよ!」


「あんたこそ、どうりで馬車が見当たらないわけよ!」


「馬車……修理中だ!」


「修理中? それで、あのボロボロの荷馬車で来たの? 信じられない!」


「うるさいっ! そんなことより、俺のエリーゼ様を《ば》・呼ばわりしたか?」


「あんたこそ! 私とお腹の子がいるのに、あの女に媚び売ってたじゃないの!」


 目の前で取っ組み合いが始まった。

 僕……何を見せられているんだろう。

 戻っていいかな?

 でも、さっきの「俺のエリーゼ様」って言葉だけは、聞き流せなかった。


「僕のリゼだよ」


 僕の静かな主張は、取っ組み合いに夢中な二人の耳には、当然届くはずもなかった。

 代わりに隣のセルヒンが、頷いている……恥ずかしいっ!


「テオ様? なぜ、もっと強く追い返さないのです?」


「あぁ。そうだよね。理由は簡単。もうすぐ、彼らのお金が底をつくんだ」


「……お金、ですか?」


「先立つものがなければ、もうここにはこれないだろう?」


 ここは、領都から遠く離れた山の中腹に築かれた、エゲルダ辺境伯の城。

 彼らが、気軽に歩いて来られるような場所じゃない。


「金の無心が激しくなるだけでは? それに……手負いの獣は恐ろしいものです。どこかで牙を剥いて、襲いかかってくるかもしれません」


「そうだね。その通りなんだよ。たぶん、襲い掛かってきたところを取り押さえたいんだろうね、エゲルダ様は」


 僕は、手を出すなときつく言われている。

 こっちが手を出したら最後、事実をねじ曲げて、都合よく広められるのが目に見えている。


「えげつないですね、でも、危なくないですか?」


兄上は弱いよ? 今年入隊した騎士見習いでも倒せると思う。一人でさ」


「おい、テオ! 寒くなってきた。さっさと城に入れろ!」


「ねぇ、テオ! お腹の子に障るわ。テオ……ねぇ……私たちの仲じゃない……」


 門にしがみついて喚き散らす二人を横目に、セルヒンと会話が進む。

 正直、もうあの茶番劇には心底うんざりしていた。


「もう、かれこれ二か月ですね。でも、どうして、彼らのお金が尽きるってわかるんですか?」


「そうだね。僕が給金を渡してないからね。家も明け渡したそうだし、馬車が荷馬車になったでしょ。それに前回から十二日空いているからね」


 元家族が騎士爵を賜っていた時に治めていた村は、隣国辺境伯子息が起こしたリゼ暗殺未遂事件の際に片腕を負傷した子爵家の三男の先輩が、爵位と共に引き継ぐことになった。

 利き手を負傷して剣を握れなくなり、騎士を辞めることになったが、村にとっては良かった。

 真面目な先輩だから、きっと村をまとめてくれる。


「もう! 帰るっ!」

「もう! 帰るわ!」


「あの二人、いや、家族どこに住んでいるんだろうね?」


「お調べしますか?」


「いや、いいや。知ったら気持ちが揺らぐかもしれない」


 それは、やはり自分の実の家族だから……。

 知らなければ気にすることもない。

 僕は、薄情なのかもしれないね。



***



「リゼ、今日も綺麗だね」


「おかえりなさい。無事でよかったわ」


「まぁ、無事ではなかったんだけどね……」


「何があったの? 魔物が多かったとか?」


 僕は、第三部隊長として、訓練も兼ねて魔物退治に一週間ほど出ていた。

 魔物が多く潜む森へは、定期的に討伐隊を組んで出向くことになっている。

 魔物は、いつも突然襲いかかってくる。

 でも、それにはもう慣れている。

 ただ最近は、それに加えて夜盗(?)と山賊(?)までが襲ってくるようになった。

 他の部隊に聞いても、そんなことは起きていないらしく……僕の隊だけ、妙に狙われている。

 僕が原因なんだろうな。

 ……でも、家族は刺客を雇うほどのお金はないはずなんだ。

 人を斬る。

 僕たち騎士は慣れている。

 慣れなければ、生き残れない。

 新人騎士は、いずれは越えなくてはいけない壁なのだが、頻発することで心を病む者も出てきている。

 それなのに、他の部隊長たちは「鍛えるチャンスだ」と言って、僕の隊に新人をどんどん送り込んでくる。

 新人の様子を気にしながら、夜盗と山賊を相手に戦う。

 ……ほんと、大変なんだよ!


「人斬りのテオなんて肩書、ついちゃいそうね」


「そんな物騒な肩書、誉め言葉なのかどうか分かんないよ」


 もう、ここに来なくなって二週間が過ぎた。

 何がって?

 もちろん、僕の家族だよ。

 

「もう、ここに来るのを諦めたのかしら? さすがに寒いし、遠いし」


「そうかもしれないね。そうだと、僕としてはありがたいけど」


「じゃあ、お父様とメルギスじいの予想が外れたわけね」


 リゼの手元にある紙。

 その紙には〖二週間以内に来る〗にチェックがされており、掛け棒百本購入と書かれていた。


「私も諦めない方に賭けたのよ」


「リゼ……なんでそっちに賭けたの? リゼが襲われたら危ないんだから、賭けでもよくないよ」


「あら、テオが守ってくれるでしょう?」


 そんな話をしていた十一月の朝。

 僕たちは朝食を終えたあと、婚約式の衣装を探しに領都へ向かった

 エゲルダ辺境伯家では、できるだけ領都に出て、都の空気を肌で感じるのが教えらしい。

 本来、高位貴族なら安全のため邸宅に業者を呼ぶのが常識だが、一般領民から反感を買わないよう清廉な領運営を心がける戒めでもある。


 領都の石畳は、すっかり落ち葉に埋もれていた。


「このままだと危ないね。誰か滑って転びそうだ」


 きっと誰かが足を滑らせて腰を打つに違いない。


「あら、ほんとね。この落ち葉の清掃は、孤児院の子たちの仕事なの。今日はどうしたのかしら?」


「今日は、たまたま遅い時間に掃除するのかもね。リゼ、あとで孤児院にも顔を出してみようか」


 僕たちは、孤児院に月に一度訪問して、寄付を届けている。

 リゼはエゲルダ辺境伯代理として。

 僕はメルギス伯爵代理として。


 領都で婚約式の衣装を選び終えた僕たちは、その足で孤児院へ向かった。

 孤児院の前には、白地に金装飾が施された王家所有のような派手な馬車が一台停まっていた。

 ろくでもない事件に巻き込まれそうな予感がする。

 馬車から下りて、孤児院のドアノッカーを叩いた。


「申し訳ございません、エリーゼお嬢様、メルギス男爵様。院長はただ今、お客様をご案内中でして……」


 あの馬車の持ち主だろう。


「テオ兄ちゃん、遊ぼうよ~!」


「兄ちゃん、俺、あいつ嫌い」


「……嫌い?」


 子供たちの話を総合すると、どうやら商人が寄付の申し出を携えて孤児院を訪れているようだった。


「これ、寄付の申し出をしてくださったんだよ。そんなふうに言っちゃいけないよ」


「エゲルダ様からも多くの寄付を頂いておりますが……少しでも子供たちの食事が良くなるようにと」


「そうなんですのね。寄付をする心を持った人が増えるのは大歓迎ですわ」


「そういえば、兄ちゃんが来たら知らせろって言ってた人たちが、この前来たよ。樽みたいな体型の貴族だった」


「……ん? 樽みたいな?」


 樽……兄上か、婚約者だろうか?

 何をする気だろう?

 まずはリゼの安全を最優先に考えなければ。


「そのあと通行人を集めろってさ」


 あああ……領都で迷惑をかけそう。

 僕はセルヒンを呼び、「迷惑だから子供たちを巻き込むなと家族に」と耳打ちした。

 そして、「このお兄さんの指示にしたがってくれるかな?」と頼んだ。

 ……ん?

 家族の誰かは、村ではなく、領都に住んでいるんだ。

 子供たちが連絡を取れるということはそうなんだろう。


「それは……お金がなくなるはずだ」


 プライドが高い家族のことだ、高級宿に泊まっているのだろうな……。


「兄ちゃん。そんなことより、俺、道の掃除しているだろ。そこであいつを見たんだ。お金で人を叩いていたんだ」


「私も一緒にみた! 絶対悪いやつだよ」


「僕はパンを投げられたよ……。落ち葉の中に落ちたパンをやるって」


「子供たちがこう言って仕事にいかないのです……」


 孤児院の副院長は困った顔をしている。


「嘘を言う子たちじゃないよ、リゼ」


「たしかに子供たちの純粋な勘は侮れないわ」


「リゼ、こういう場合って肩書使ってもいいかな?」


「ええ、これこそ貴族の責務よ」


「では、院長と商人の場所へ案内してもらいましょう」


 院長と商人は、院長室で寄付に関する書類の締結準備をしていた。


「これはエリーゼお嬢様。メルギス男爵様。いかがなさいました?」


「寄付があると聞いたので、私もどのような方かとお会いしたかったのですわ。そんな崇高な方が我が領地にいらっしゃいますもの。お父様にも顔をつなぎたいと思っておりますの」


「ああ、なんと! これは、これは。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか。私は、カゲイス商会のソニドルと申します」


「エリーゼ・エゲルダよ。よろしく」


「そちらの方はメルギス男爵様ですね。噂はかねがね。隣国からの襲撃の際、その腕っぷしだけで男爵位を賜った方ですね。さらに伯爵子息になるとは運がよろしいですな」


 腕っぷしだけ、運がいいだけと馬鹿にされている気がする。

 間違いではないのだけど……騎士爵の次男の時は村人と同じような暮らしだったし、剣一本で生活していたからね……。

 それにしても商人だからか、要人となる情報はしっかりと頭にはいっているんだな……。

 僕ももっと努力しないと。


「私もこの孤児院に寄付をしているの。ご一緒させてもらってもよろしいかしら。そのあと時間があれば、ね」


 リゼは、「時間があれば、(お父様を紹介するわ)、ね」と、わざと誤解させたのだ。

 商人はその言葉をリゼの思惑通りに理解したのかご機嫌だ。


「もちろんですとも! 院長、一緒でも問題ないですかな?」

「ええ。ソニドル様がよろしければ、こちらは問題ございません」


 リゼと僕は、院長室の古びれたソファに座り、一先ずソニドルが本当に怪しい人物かどうか静かに確認した。

 院長の表情も脅されているわけでもないようだ。

 杞憂ならいい。

 ソニドルは、従者から鞄を受け取ると一枚の契約書を取り出した。

 契約書には、上に寄付金額、白印勲章への後押しについてが書かれていた。

 なるほど、ソニドルは名誉が欲しいのか……。

 それぐらいであれば、よくあることだ。

 ……あれ?

 文章の下の方の文字が突然古語で掛かれている。

 何なに……?

 〖寄付先の運営権は寄付者に帰属する〗だって?

 うわぁ。

 これは孤児院の乗っ取りじゃないか!

 こういうのって、小さい文字で書くもんじゃないの?

 堂々と大文字で書くなんて……読める者がいないと思ったのだろう。


「この文字……〖エルヴィンの秘められた手紙〗で見た文字だね」

「〖エルヴィンの秘められた手紙〗ですって!?」


 リゼが頬を赤くしている……。


「〖エルヴィンの秘められた手紙〗とは?」


 商人は目をぱちくりさせ、口を半開きにしたまま固まっていた。

 きっと、何を言っているのかわからないのだろう。


「この形式は〖エルヴィンの秘められた手紙〗で、主人公が慈善事業を隠れ蓑に利権を囲い込んだ場面と同じです。その主人公は人身売買をしていた孤児院から救う立場でしたが」


 商人は、僕が古語を読めたとわかり慌てて契約書を撤回しようとした。


「ハハハ……この書類は何かの手違いですな」


 僕は、剣を抜き、商人の首に当てる。

 鋭い剣先は、触れるだけで切れると思う。

 最近は、剣の稽古よりも研ぐ時間の方が長い……深夜に黙々と研いでいる。

 だって、後継者の勉強は意外に大変なんだよ。

 

「僕、腕っぷしだけなので……」


「そ、そ、そんなことございません。古代語を読めるお方が腕だけなんて! あ、イタっ! やめて! お願い……し……ます……。イタっ! 私が作りました。はいっ! ま、間違いないです!」


「テオ! お手柄ね。……それにしても〖エルヴィンの秘められた手紙〗――」


「リゼ……その話はあとで……」


 呼ばれた憲兵たちが無言のまま、商人を護送馬車へと押し込んでいった。

 古語の解読者として、僕たちも護送隊に同行し、都の中心部へ戻ってきた。

 その道すがら、孤児院の子供たちが手を振りながら、腕でバツ印を作り、不安げな表情を浮かべているのを見つけた。


「あの子たち……何か、訴えようとしてるのかしら?」


 僕は通話窓越しにセルヒンと御者へ、「何が起きるかわからないから、すぐ止まれるよう備えて」と念押しした。


 ……予感は的中し、車道に男が叫びながら飛び出してきた。


「テオ! 我が息子よ!」


「……はぁ」


「あら! もしかして、お父様ではなくて?」


 ……恥ずかしいっ!

 通行人が集まってる……。

 あぁ、これが子供たちの言っていたことか。


「セルヒン……何か言いたいことは、城でって言った?」


「もちろん、そう言づけましたよ」


「じゃあ、いつもの話を自分たちのいいように解釈しただけだね」


「警備は万端です。テオ様」


「リゼ。馬車から下りないでね」


「ええ、特等席から見させてもらうわ」


 父上が声高に叫ぶ。


「我が息子が男爵だ! 誉れ高き我が家の血筋が認められたのだ! 我が家が男爵家だ!」


 その瞬間、セルヒンが静かに告げる。


「男爵位はテオ様個人に授与されたもの。家族との縁は既に断たれております。名乗ることは詐称にあたります」


 領民たちがざわつく。


「え? 詐称?」

「じゃあこの人、嘘ついてるの?」


 兄上が慌てて、領民の言葉を否定しながら走り出てくる。


「違う! 縁なんて切れるわけないだろう? 唯一の家族なんだからな! それに、・・騎士爵の長男、トロンがいなければ領地経営もできないだろう!」


 言い切った瞬間、踏ん張った足が落ち葉で滑った。

 兄上の足がもつれ、見事に前のめりに転倒した。

 なぜそこで転ぶの!

 手をついた先にあったのは、孤児院の伝言を頼んだ子どもの足。

 領民の笑いが起こる。


「うわ、すべった!」

「滑ったじゃなく、太りすぎて転がったんだよ」

「樽みたいな腹してるからか?」

「アハハ! だせぇ!」


 リゼは馬車の窓から、優雅に紅茶を一口飲みながら一言。


「まあ、落ち葉って滑るのよね。名誉も、足元も」


 それに〖〗という言葉を、消え入るような声で囁いたのがずるい。

 兄上が転倒した拍子に、財布が飛び出して中身が散らばってしまった。

 小銭が落ち葉に吸い込まれるように消えていく中、財布に挟んでいたのか紙が目についた。

 領民が、見かねて渋々拾い上げる。


「え? この人、借金してるじゃん!」

「しかも“テオ様の名”の借用書だ!」


 リゼがあきれ顔をしながら言った。


「名乗る前に、借金を返すべきだったわね」


「借りただけよ! 子供は親の面倒をみるものでしょう!?」


「エリーゼ! 私のお腹の子はテオの子よ!」


「あら、テオ。私というものがいながら……」


 リゼは、笑いを堪えながら言う。


「そうよ! 私は愛されてるの! 愛の結晶よ!」


「サビーヌ、テオと通じていたのか!」


 僕が婚約していた当初から通じていたのは君たちだろう!?

 それに、嘘をつくならもっと平和な奴にして!


「もういやだ……」


 また二人、兄上が、婚約者が取っ組み合いをはじめた。

 兄上が、元婚約者を突き飛ばす。


「兄上! なんてことするんだ お腹に兄上の子がいるんだろ!」


「そんなもんいない! こいつの虚言だ!」


「え!?」


「そうよ! 平民の嫁になるなんて嫌だったのよ!」


 僕は騎士爵の次男でいずれ平民になる予定だったからね。

 でも、平民にはなりたくないっていうから騎士になったのに。

 そこをいつも婚約者は忘れるね……。


「結婚前に子供を作るはずだったのに、こいつ種なし・・・だったのよ!」


 婚約者は続けて叫んだ。

 地面を凝視している兄上の顔は真っ赤だった。

 そ……それは、ちょっと男として兄上に同情するよ……。

 なんていうか、色々タイミングが大事って習ったから……。

 まだそうと決まったわけでないよ。

 うん……。


「サビーヌ! あなたって子は騙していたのね!」


「騙したも何も、トロンに乗り換えなさいって言ったのはお義母様でしょ!」


「お腹に赤子もいないのに人の三倍はご飯を食べていたのかっ!」


「どうせ食べなくて余るのに 何がいけないのよ!」


 罵りあいが始まるかと思えば、家族はピタッと止まった。

 そして、全員こちらを向く。

 怖いっ!?

 もう、ほんと、もう何?

 そして、口々に話し出す。


父上は血統「我が血筋は古くからこの地を守っていたのだ。テオは我が息子だ!」

母上はお金「先月と今月あなたの給金はどこかしら? 今月はまだ服を1着も買ってないのよ?」

兄上は名声「俺は〖騎士爵の嫡男〗として、貴族録に載ってたんだぞ! テオじゃなくトロン様がだ!」

婚約者は地位「子供がいないから、いいわよね? テオは私をお姫様にしてくれるんでしょう?」


 ……あの、ここは街中だよ?

 みんな見ているってこと、忘れてない?


「僕を捨てたのは君たちだろう? 現実を見なよ」


 そのとき、セルヒンが拾ったであろう一枚の紙に、場の空気が凍りついた。


「これ、殺人依頼の証拠です。男爵になった暁には、新しい名前と騎士の身分を与える――そう書いてあります」


 護衛が一斉に眉をひそめる。


「これは詐称、名誉毀損、加えて殺人未遂の疑いもあるわね」


 リゼは、僕と護衛騎士に言う。

 うん、知ってる。

 詐称、名誉毀損は、今もされ続けているし。

 殺人依頼を請け負ったのは夜盗や山賊まがいの集団だろう。

 護衛騎士とセルヒンが剣の柄に手をかけながら家族に近づく。

 頼むから大人しく捕まってくれ。


「うわぁぁぁぁあっ!!」


 手をブンブンと回しながらトロンが突撃してくる。

 僕はすっと横に身をかわす。

 兄上の振り上げた手は空を切り、勢いのままエゲルダ様の馬車にガツンとぶつかった。

 鈍い音が響く。

 痛そうだな……。

 でも、僕は手を出せない。

 義父上とエゲルダ様に言われていた「手を出すな。できれば、手を出させろ」と。


「エゲルダ様の馬車を殴るとは……これは立派な犯罪である!」


「よって、この者たちを制圧せよ!」


 リゼの護衛が鋭く命じると、護衛二人、僕の従騎士セルヒン、そして御者までもが動いた。

 御者は兄上を軽々と縛り上げる。

 ……ただ力が強いだけの人らしいけど、兄上、恥ずかしくないのかい?

 家族たちは、あっという間に制圧された。

 抵抗していたのに、まったくの意味がないほど弱かった。


 そして、僕は静かに呟いた。


「僕は、また何もしていない」



***



「ねぇ……テオ。なぜ、〖エルヴィンの秘められた手紙〗を知っているの? もしかして、あなた!」


「リゼ! 違う! 違うよ! あれは……カンパーニ司祭様の愛用本なんだ……」


 カンパーニ司祭を売り渡した気もするけど仕方ない。

 これに関しては自分の身が大事だ。


「〖エルヴィンの秘められた手紙〗は現代訳されたのよ? 1年前に」


 えっ、その本が現代訳されたの?


「あら? これカンパーニ訳ってなってるわ」


 聖職者なのに、こんな本を翻訳して平気だったの?


「あの司祭……なんて本広めてるんだ!」


「でも、話を聞くところ、テオの師なのでしょう? っふふふ」


「そうです。祖父が亡くなってから、礼儀や話し方、文字も司祭様に教えてもらいました」


「じゃあ、若かりしテオにこのような本を読ませた罪は許しましょう」


 いや、許しちゃダメだよ!

 性癖が歪む人もいるよ、絶対!


「ふふふ。よかったわ。男性同士の愛についての本だったから。男性が好きって言われたら、私どうにもできないもの。鞭や蝋燭、手錠は必要かしら? もちろん、私がテオにするのだけど」


「僕にはそんな趣味はないですっ!」

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